目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第五十九話 『だれかの思い出の庭』その1

『友達の思い出の庭の再現を手伝う。一応正式依頼!』

 魔女の予定帖に書かれた古びた字を見て、わたしはちょっと覚悟する。

 この予定帖をわたしに遺した魔女は、別に老化によりいなくなったわけじゃない。でも、結構な長生きだ。前も友人の結婚祝いを届ける予定に沿って行動したら当人が大往生して葬式やってたことがある。

 わたしは息を吸って吐いてちょうどいいところで数秒止めて、背筋を伸ばす。

 見習い魔女も少しずつ板についてきた。動いてみて何もできなかったときの受け止め方も、少しずつ覚えていける。

 それに、わたしは『対象物の記憶をすべての人と記録媒体から消す』なんて大魔法もやり遂げたことがあるのだ。

「次は何をやることになったんだい」

 わたしの足元にいる黒い毛玉が、金色の目をくりんとこちらに向けて話しかけてくる。こいつは予定帖を遺した魔女の頃からの使い魔で、黒猫のローエンだ。

「庭仕事? なのかね」

 あまり自信がないまま、わたしは告げた。

 さて、いつから取り掛かろうか。



 油断していたら衣替え猶予期間が終わっていた。時間が経っている。

 魔女見習いを始めた頃は夏休みだったからすっかり忘れていたけど、わたしの本分は一応女子高生だ。学校の勉強だって一応しなければいけない。魔女とか関係なくサボった分の遅れも自力で取り戻すべしなのだ。一応。

 とまあ、高校生活のだいたいのことを『一応』で済ましているので、マジで油断してただけって面がわりとでかい。

「まったく、いつも夜更かしするからだよ」

 箒の穂に乗ったローエンが後ろから小言を言う。

「貴重な休みに早起きする決心がつかなかっただけだってば」

 言い返しながら、わたしは秋の空に高く飛び上がった状態で県境を越える。風が気持ちいい。

 今回取り掛かる予定にして依頼は、わたしの家から離れた場所でのものだった。その上、相手との連絡先も住所しかわからず、手紙にも返事は来ていない。どう転ぶかわからない以上、日帰りになってもいいように早めから動きたかった。

 そうなると必要になってくるのが早起きだ。貴重な休日の、早起きだ。

 休みの日に早起きという身を引き裂かれるような決断を先延ばししてきた結果、わたしは今、すっかり涼しくなった秋の空を飛んでいる。

「先々週くらいまでは日差しきつくて箒の遠乗りなんてできなかったし、交通費節約だと思えば丁度いいし」

 わたしが自己正当化の理屈を重ねると、ローエンはじとっとした沈黙のあと、聞こえよがしな声付きの溜め息をついた。小言は止みそうだ。

 しかし、箒以外の乗り物も多分全般そうだけど、運転中って退屈だ。危ないからスマホ弄れないし。

 いっそ超有名な魔女アニメでやってたみたいに音楽を流しながら飛べばいいんだろうか。でもわたし今音楽聴けるものなんてスマホしか持ってないし、わたしのスマホで曲聴くとなると通信が要るし、通信制限食らうと不便だ。お小遣いを貯めて音楽プレイヤーでも買うべきだろうか。

 とりあえずわたしは暇に明かして上手くもない歌を歌う。

 ずんちゃちゃっ、っちゃー。


 そうしてギリギリ午前のうちにたどり着いたその住所には、比較的新しい感じの家が建っていた。

「ああー……」

 思わず声が漏れる。これは……依頼人である魔女の友人は、もうここには住んでいないかもしれない。

 飛び疲れてとにかくどこかで休みたいわたしは、片手に持った箒の柄に体重を乗せて、箒に寄りかかる。長袖だけど結構肌に刺さるし、帽子のつばが穂に当たって斜めになった。

「聞くだけ聞いてみるしかないねえ」

「うん」

 ローエンの言葉に頷いて、わたしは白い塀についたグレーのインターホンに手を伸ばす。

 と、そのとき、わたしの両肩に人の手が掛けられた。

「わっ!」

「わっ!」

 まったく同じ音を口に出したのは、手の主とわたし。でも手の主のは『人を驚かすのを楽しむ声』でわたしのは『驚いた声』だ。

「あらら、びっくりしちゃった?」

 いたずらっぽい声にわたしが振り向くと、短めのポニーテールを揺らした女が立っていた。すごく若くも見えるが、成熟しても見えて、不思議な印象の人物だ。

 無邪気な笑顔は子供のようだし、逆に笑顔に歪さやアクがなさすぎて、年月を使って磨き上げたものにも見える。

 わたしは急な脅かしに抗議しようか理由を聞こうかちょっとだけ迷って、それより先に返事だけ投げておくことにした。

「…………すごく」

 するとポニーテールの女はまたけらけら笑って言う。

「うちに何の用かなーと思って、声かけようとしたんだけどさ、あんまり隙だらけだったから……つい、ね!」

「ついって。初対面相手に」

 わたしが思わず突っ込むと、女はまあまあとわたしを宥める仕種をしてから、大袈裟に言う。

「初対面じゃないよ? アナタがこぉーんなちっちゃかった頃に遊んであげたんだからね?」

 女がの言う『こぉーんな』は、人差し指と親指を近づけたハムスターサイズだった。どう考えても嘘だ。

 でも、

「えぇっと……実際に会ったことはある……人……?」

 わたしは、ちょっと揺れていた。

 だって、子供は大人に『小さい頃にねえ』と言われると自信がなくなるものなのだ。何せいろんな大人に言われては見事に覚えていない。高校生になっても、そこはそんなに変わらないのだ。

 考え始めるわたしを前に、女はローエンに軽く目配せをすると、また一段と明るく笑った。

「なんてね、ウソだよー。あたしはここに住む魔女です。あなたたちはどこの魔女と使い魔さん?」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?