「俺たち兄妹の話ししていい? まあ話す気満々なんだけど」
あの即刻走り出す少女の兄だという説得力に溢れた発言だった。
話したくなさそうなところからの急転直下の態度に、わたしの歯が普段着ている
「後半が余計すぎて聞いてやる気失せる……」
不思議なんだけど、サイトウと話しているとローエンと話しているより思ったことをそのまま喋るような感覚がある。所謂『脳直』って状態だ。
「あれはうんにゃら年前……」
「喋るならちゃんと喋ってくれ」
わたしのツッコミは無視される。けど、サイトウの話す過去の話は結構しっかりした内容だった。
すごく簡単に言うと、彼らは推定異父兄妹らしいのだ。
それぞれ一人っ子家庭で育った二人は、家族から『向こうの家庭とは関わらせないがこれくらいの年のきょうだいがいる』と聞かされていたのだという。
それから、
「俺が学校で組んでるバンドが一曲バズってさ。アイツからメッセージが来たんだ。『お兄ちゃんですか』って、丁寧に写真付きで」
そんなインターネット世代らしい経緯で、兄妹は言葉を交わすことになった。
「親に黙って会うつもりで待ち合わせしてた……ってわけじゃなさそうだけど……」
わたしが相槌代わりの疑問を挟むと、サイトウは静かに首を振る。
「説明すると複雑になるんだけど、会ったことがバレるとまずい。そして妹は俺の妹だから、多分会って話したらその嬉しさを隠せなくって、全部バレる。ただ、やっぱり元気な姿って立体で見たいじゃん?」
「じゃん? とか言われてもわかんないけど、そうなんだな」
わたしはいきなり水を向けられてちょっと困惑しつつ、できるだけあっさりした対応で流れを戻す。
するとサイトウは謎にちょっと笑ってから続ける。
「だから、お互い『見つからないねごっこ』をしながら、『ああ、元気そうだな』ってやってるんだ。俺がこっちに来るには電車賃も掛かるから、たまにだけどね」
「そうか」
時計台の想い描くロマンとちょっと重なるところもあったけど、何かしてやれるかは……少なくともわたしにはわからない問題だった。あとでローエンに聞いてみようかな。できることがありそうなら、どうかなってサイトウに聞いてみてもいいかもしれないし。
と、話しがひと段落したところで、サイトウはこちらのことに興味を持ち出す。
「ところで時計台はどうして待ち合わせして会えない人たちのことなんか気にしてたの?」
「ああ、それなら……」
わたしが時計台の夢見るロマンについて話すと、サイトウは腹を抱えて笑った。
「無理ゲーだろ! なんだそれ!」
うん、わたしもそう思う。
わたしがサイトウを伴って時計台の足元に戻ると、そこではローエンと時計台だけが待っていた。サイトウの妹は、遅くなる前にとサイトウがメッセージを送って帰らせたのだ。
それぞれ軽く自己紹介(時計台だけはサイトウに声が届かないのでわたしが紹介)して、本題に移る。
「事情聴取を済ませてきたけど、もしかしてこっちでも聞いてた?」
わたしがまずローエンに話し掛けると、予想通りの答えが返ってくる。
「だいたいね。そっちが兄で、あっちが妹。家族に隠れてお互いの姿を見てる」
「おお、簡潔」
サイトウが口笛でも挟みかねない感じにコメントを挟んだ。
「それでなんだが、ローエン、」
わたしが切り出そうとすると、ローエンはわたしが言い切る前に手早くその希望の芽を摘む。
「兄妹のことは、そのまま置いとくしかないよ」
「ぐぬ……」
わたしの甘さが容易く見抜かれた。
サイトウはそんなわたしに目を丸くする。
「え、何かしてくれるつもりだったの?」
「……何かできそうで、お前ら兄妹が何かしてほしいっていうんならな。……時計台のロマンのついでに」
わたしは羞恥に目元を熱くさせて、ごにょごにょとしか喋れないわたしに、サイトウはお構いなしだ。
「はい、先生! 魔法って何ができるの?」
そんな質問に答えられないわたしは、ローエン指差して、猫身御供に出す。
「わたしは見習いなのでこっちに聞いてください」
「面倒なことを押し付けるんじゃないよ」
ローエンの抗議はわたしにもサイトウにも無視された。
わたしはずっと黙っていた時計台に寄りかかってみる。話し掛ける代わりだ。
時計台にもそれは伝わったみたいで、自分から口火を切ってくれる。
「『ミステリ』ではなくなりましたけど、『ロマンス』のような何かは難しそうですねえ……」
「そうだな。……ここ数日張ってみたけど、あんたの憧れのシチュエーションを見せられる奴を探すのは、やっぱちょっと無理そうだ。もう張ってみてもいいが、多分変わらない」
わたしが正直に言うと、時計台は残念そうに言う。
「うむむむむぅ〜……! 古典的なことって、現代じゃなかなか起こりませんねえ」
そして、そのままのテンションで続ける。
「あのご兄妹がついに出会うっていうハッピーエンドも、難しそうですねえ……」
わたしは顔を上げて星を探しながら言う。
「あの兄妹が会う光景だったら、いつか時間が見せてくれるかもしれない。でも、そうだな……わたしじゃ何もできない」
これじゃ時計台のロマンを叶えただなんて、口が裂けても言えないな。実質、初めての依頼の挫折だ。
依頼放棄になりそうだと最初に思ったときにちょっとほっとしといてなんだけど、実際にこうなってみると、どうにもマイナスの気分になる。
魔女のことを物語視されたことが遺憾だと感じた気持ちは残っていたけど、だからって、願ったことが叶わなくなってほしいわけではないのだ。
「無力だなあ……」
ぽそりと呟いたわたしに、時計台はさっきまでのしょんぼりはなんだったんだってくらい元気に言う。
「そんなときのことだったら、魔女見習いさんにもオススメがありますよお!」
時計台は一度言葉を切って、とっておきを教えるときのようなタメを作って、言う。
「起こったことを物語として、読者の目で楽しんでみるんですよ! そして、こうなったらいいなあってロマンを想い描くんですう! 何も手出しできない状態のプロであるワタクシが言うんだから間違いありません!」
わたしは目を見開いた。
「…………そうか」
そして、時計台の言葉の中に自分の境遇への折り合いのつけ方を見て、こっそり自分の怒りの無責任さを恥じる。
魔女のことを物語視されたことへの苛立ちの中には「なんてやつ。とんでもないやつ」という時計台への一方的な評価が含まれていたからだ。
勿論、わたしは怒ったっていい。魔女とのことの当事者としては、仕方ないことだから。
だけど、時計台には時計台がすごしてきた時間と、時計台のこれからがあるのだ。
蟲みたいに『完全に別の生き物』なのとは違って、人に作られた無機物は人と心が似ているから。
だからわたしは口の端を上げて、力強く頷く。
「そうだな。案外それもありなのかも」
そのあとしばらく、サイトウがローエンに絡み飽きるまで、わたしと時計台は一緒に街の傍観者をやった。
わたしはそんなふうに穏やかに、初めて魔女の予定帖にあった依頼を放棄したのだった。
それはそれとして。
『魔女さん、次の待ち合わせにはこれを着て行こうと思うんだけど、お兄ちゃんカッコいいって思ってもらえると思う?』
無駄に連絡先を交換してしまったサイトウから、写真やメッセージが届くようになっていた。
『どうでもいい。』
思ったまんまを文字にして、わたしは昼の布団を出ていく。
今日はまた魔法の練習でもしよう。何かしたいと思ったときに何かできるのなら、きっとそれは多いにこしたことはないから。