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第五十七話 『夢見がちな時計台』その6

 天使っぽい男子はすぐにわたしたちに気づいた様子だったけど、小さな天使っぽい子と違ってずかずかやってきたりはしていなかった。

 驚いて、その後様子を見ていたっぽい間がかなり挟まって、段々そわそわしてきて、今はスマホに向かって真剣に何かを打ち込んでいる。あ、指が止まった。送信か何かしたのだろうか。

 ちらりと見下ろすと、天使っぽい子がソワソワこそこそスマホを取り出して食い入るように画面を見ていた。わたしには見えないように、スマホの画面を自分の体にぴったり向けている。

「……時計台」

 わたしが小声で時計台に呼び掛けると、存外物分かりの悪くない時計台はさっと答えてくれる。

「ワタクシからもあんまり見えませんが、メッセージアプリっぽい色は見えましたよ!」

「…………くね、おねえちゃん」

 時計台の元気すぎる返事と天使っぽい子の発言がちょっと被る。当然だ、天使っぽい子は魔法と関係ない一般人で、時計台の声なんか聞こえていないのだから。

「あーっと、何?」

 わたしが改めて尋ねると、天使っぽい子はやや焦った様子で言う。

「やっぱり、あたしあっちいくね。えっと……しらないひとといたら、家族きたときに、おこられるかも……だから」

 そしてすくっと立ち上がると、走ってその場を離れようとする。

 二歩で転んだ。

 見守る隙を与えない素早さだ。ちょこまかと危なっかしい。

「うわ大丈夫か?」

 わたしが助け起こそうと手を伸ばすと、天使っぽい子は涙目になりながら自分で上体を起こす。

「だいじょうぶぅーっ」

 人前で転んだ悔しさを堪えるように歯を食いしばって、天使っぽい子は立ち上がった。幸いスカートの下に膝下丈のスパッツを履いているお陰で擦り傷は作らなかったみたいだ。

 でも、これですぐに走ったり歩いたりするのは、ちょっと危なっかしい。転んだ直後はしびれが残っているからもう一度転びやすいのだ。この間魔女の隠れ家の周りで木の根に引っかかって二回転んだわたしが言うんだから間違いない。

「さっきのところ譲るから、一旦座ってな」

「えぇ……?」

 飲み込めていない天使っぽい子に、わたしは『不敵に見えるといいな』と思いながら笑いかける。

「お姉ちゃんはちょっと別の仕事あるから」

 すると天使っぽい子の背後まで来ていたローエンが、意地悪を楽しんでいるときの目をして言う。

「そうそう、『おねえちゃん』はあっち行くからね」

 おねえちゃん、を強調するな。

 しっしっと引率のローエンを追い払って、わたしはすたすた歩く。向かう先さえ決まっていれば、わたしだってそれなりに行動は早い方なのだ。

 わたしは、わたしたちにがっつり視線を向けていた天使っぽい男子の前まで行くと、なるべく笑顔で話し掛ける。

「こんばんは! ちょっと街灯インタビューに付き合ってもらえますか?」

「あ~、ごめんね! 事務所に聞いてください」

 男子は天使のような顔を華やかな笑顔で彩って、真っ白な歯を見せてくる。

 だけどそいつは言葉と裏腹に、わたしの手首を握って『離さねえぞ』の意思を伝えてきた。



「それで、インタビューって何かな?」

 わたしの奢りで入ったファーストフード店で、天使っぽい男子もといサイトウくんはわたしに水を向ける。ちなみに偽名らしい。

 つまり、偽名名乗った上に、乙女の手首いきなり掴んで来といてその事情を自分から話すつもりはないみたいだ。

 わたしは答えてやるのも癪で、腕組みをして言い返す。

「事務所の方はどちらですかねえ? 事務所にちゃんと許可取りしなきゃいけないんでっ」

 自分で意識したよりもつっけんどんな声が出る。

 サイトウくんは言葉の勢いのままにストローにかぶりつくわたしを見て、可笑しそうにはははと笑った。

「一本取られちゃったな。でも、本当に何? 魔女の帽子なんか被ってるし、どういう種類の不審者?」

 サイトウが優雅に小首を傾げてくる。

 不審者に不審者扱いされてカッとなりそうになったわたしは、一旦ナゲットを口に放り込んで気持ちを宥める。美味しい。甘い方のソースにして正解だった。すっぱいやつも美味しいけど、イラっと感に効くのはこっち。

「魔女見習いだよ。あの時計台のお願いで『あの時計台前で待ち合わせをして、待ち合わせの相手が近くにいるのに出会えない人たち』がどういう人たちなのか調べてたの」

 わたしが先に事情を説明すると、サイトウは『ほうほう』と言って、あっさり答える。

「マッチングアプリか何かじゃない?」

「……正解」

 自分が時間を掛けて解いた謎の答えにあっさり辿り着かれてちょっとした敗北感を覚えながら、わたしは低く答えた。自分ばかりがやられっぱなしな気がしてきて、ついでにサイトウの方もつつく。

「あんたたちもマッチングアプリとか言わないよね」

 するとサイトウは少し考え込んで言う。

「……そう言って、納得してもらえるなら、それがいいんだけど、納得してもらえないかな」

 如何にも事情がありそうな横顔。

 わたしはしゅるっと怒りが奥へ行く感覚を覚える。気持ちが消えたわけじゃないけど、優先度が下がった。

「言いたくないならいいけど」

 けど、言ってから自分が知らない男子に突然手首を引っ掴まれたことも思い出す。

「あ、でも唐突に手首引っ掴まれた身としては、そうされた理由くらいは知りたい」

 わたしはサイトウに向けて手をひらひら振った。

 サイトウは笑って誤魔化そうとして、ちょっと考える素振りを見せて、それからわたしにまっすぐ向いて頭を下げる。

「ごめん」

「……いや、いいけどさ」

 見てたらなんとなく察しはつくし、無理に掘り下げようとはわたしも思わない。

 けど、サイトウは頭を上げると、律儀に言う。

「あいつ、俺の妹なんだ。すぐ知らない人に声を掛けられるし、目立つから、心配で……」

 わたしはその物言いに納得する。

 目の前で目を潤ませる男子は、やたらと綺麗で目立つ。

 これそっくりの容姿で小さな女の子、そりゃあ、心配にもなるだろう。


 だったらどうして自分で声を掛けてやらないんだ?

 そんな疑問を口にするか、わたしは数秒、検討した。

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