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第五十六話 『夢見がちな時計台』その5

 天使だった。

 いや、見た目の話だ。

 イタリア風ファミレスの壁に描かれている天使のように美しい子供だった。時計台の近くの洒落た街灯に寄り添うように、ちょこんと佇んでいる。細かくウェーブの掛かった色素の薄い長髪が風に揺れて、そこだけキラキラ輝いていた。

「えぇ……と、時計台。何度も待ち合わせに失敗しているペアの一人って、あの天使みたいな子供のこと言ってるので合ってる?」

「はい!」

 わたしは隣にいる時計台の元気な返事を聞いて、眉毛に変な力が入る。

「……いつもこの時間帯?」

 時計台は何も考えていない感じの声で、普通に教えてくれる。

「もうちょっと早い時間が多いですけど、この時間もあります」

「そう……か」

 わたしはスマホの画面を見る。もう夕方の六時半だ。そして天使っぽい子は小学校の、行ってて中学年くらいにしか見えない。

 高校生であるわたしにとってはともかく、天使っぽい子にとっては結構遅い時間に分類されるだろう。特にここは結構街中だし。

 目についている以上は、わたしも『高校生のお姉さん』として放置してはいけないような気がする。

 そんなことを考えていると、天使っぽい子と唐突に目が合う。かと思えば、天使っぽい子がてててててててと素早くわたしに駆け寄ってきた。意外と足が速い。あっという間に目の前にいる。

 わたしの背丈の半分ほどしかないその子は、慣れた顔つきで言う。

「かぞくと待ちあわせをしているだけなので、ご心配はむようです」

「そ、そう……?」

 思わぬタイミングで近づいてしまったターゲット(ターゲットではないが)にたじたじになっているわたしの代わりに、ローエンが下から口を出す。

「この辺りは待ち合わせを失敗しやすい場所みたいだけど、一人で平気かい?」

「ねこちゃん!」

 天使っぽい子はローエンの言葉を完全に無視して、その真っ黒い体を無遠慮に持ち上げて抱っこする。駆け寄ってきたときといい、なんて行動が早い子だろう。

「ねこちゃぁん……」

 そして、声はやたら高い。イルカがキュイキュイ鳴いているみたいな声だ。

 猫に頬擦りして笑っていると尚天使のようだが、ローエンは苦しそうだ。

「こらこら」

 わたしはそっと手を差し入れて、強く抱きしめるのだけでもやめさせる。

「こうやって、あんまり力入れずに抱っこすればマシだから。多分」

 あまり抱き上げさせてもらったことのないわたしがてきとう(誤用の方)抜かすが、ローエンはてきとうさへの文句よりも状況を進めることを選ぶ。もしくはわたしの指示が合ってた。

「それで、お嬢ちゃん、一人で平気かい?」

「へいき。でもねこちゃんさわりたぁい」

 さっきほど力を込めてなさそうだが、子供はローエンを抱きしめて離さない。

「もう充分触っているだろう……」

 真っ当なツッコミをするローエンは、身体的なものか精神的なものか、ぐったりしている。

「話し掛けに行く手間が省けましたねえ!」

 時計台はどこまでものんびりしていた。



「心配だから、一緒に待ってていい?」

 ねこちゃんフィーバーが少し落ち着いた天使っぽい子に、わたしはやっと訊ねた。

 するとその子は時計台の土台に座り込んだまま困った顔をしてわたしを見上げて、きょろきょろして、ローエンをひと撫でして、また困った顔でわたしを見上げて、またきょろきょろしながらローエンの背中に手を置いた。

「あの……っ」

 言葉はそこで途切れたけど、涙目でわたしを見上げているしローエンからは手を離さない。

「…………」

 きちんと言葉にしてもらってから返事をした方がいいのかなぁと思ったけど、行動が雄弁すぎた。

 わたしは、なんとか高校生のお姉さんをしてみることにする。

「そいつはわたしの使い魔で、今日はわたしと一緒にお仕事してるんだよ」

「おしごと?」

 きょとんと首をかしげる天使っぽい子の目を見つめて、わたしは続ける。

「そう。盲導犬はわかるよね。あいつらと同じで、お仕事中なの。その猫は盲導犬のみんなと違って撫でてもらっててもお仕事できるけど、今日はわたしと離れたらお仕事できない」

 なるべくゆっくり話してみたけど、説明が少し長くなってしまった。

 子供相手の説明は情報量を削るべきだって何かの映画で聞いた気がするけど、実際やってみると端折り方が難しい。

 どこまで伝わったかというのは、どうやって確認すればいいのだろうか。

 わたしが迷っていると、ぽけっとしていた天使っぽい子が、ゆっくり頷く。

「……わかった。いてもいいよ」

 んおぉ? なんでわたしが許可いただく側ぁ?

 でも、子供なんてそんなもんなのかもしれない。子供として優先されることが多いから自分が選ぶ側だと思っている、というのもあるだろう。それに脳の発達がまだかなり途中だし、毎日立場が変わって常に混乱に放り込まれるし……正しい判断が難しいのだ。

 天使っぽい子とわたしとローエンが一緒にいることがなんとなく決まって、わたしは時計台に寄りかかる。

 わたしが黙っていても、天使っぽい子がローエンに名前やら年やらずっと訊ねているから沈黙にはならない。わたしはほっと息をついた。

 そのタイミングで、時計台が口を利く。

「この人と待ち合わせをしている人が誰かも言いますね」

「……わかるよ」

 わたしは静かに言い返す。

 今視線の先にいるのも天使だった。

 いや、見た目の話だ。

 すぐそばで座っている子とお揃いの顔立ちと髪質を持つ、わたしと同世代の男子が、少し離れたところに立っていた。

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