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第五十五話 『夢見がちな時計台』その4

 混乱するわたしの顔を見て、女は相好を崩す。

「マッチングアプリって高校生でも知ってるでしょう? 広告でよく出るやつ」

「え? うん」

 昨日もわたしの隙間時間を見事にすり潰したショート動画の群れに挟まっていた広告を思い出す。確かによく見る。特にログインをサボると出てくる辺り、ゾーニングの対象っぽい。

「待ち合わせしてた人とはマッチングアプリで知り合った人で、初対面だったの」

 言われて女の顔を見る。未成年とは思わなかったけど、なるほど言われてみると大人の女だ。二十代後半くらいだろうか。

 女はうっかり顔の作りに視線を走らせてしまったわたしのことなど特に気にかけず、言葉を続ける。

「一言で言うと、お互い盛りすぎちゃったのよね……」

 やっちゃったわー、と仕種で現す女は、言われてみればデート感のある格好だった。髪もリボンも綺麗に整えられているし、服も膝丈スカートにブラウスを合わせた清楚な雰囲気にまとめられているし、化粧にも隙が見られない。

「だから、別に相手を見つけられなかったわけじゃないの。参考にならなかったでしょう?」

 女は表情筋を豊かに動かして、器用に片目だけ苦そうな表情にする。どう『盛りすぎ』すぎたのかは知らないが、素で魅力ある人物だ。何に対して思うのか自分でもわからないけど、ちょっと惜しいような気さえした。

 でも、今のわたしには関係ない。

 わたしはこれ以上引き留めても悪いと判断して女に頭を下げる。

「ありがとうございました。参考にします」

「なるかなあ?」

 女はファッションのイメージと違って、ぷるぷるに飾った口を大きく開けて快活に笑った。

 それから思い出したように付け足す。

「あ、一応言っておくけど相手にお詫びのメッセージくらいはちゃんと送るから。あと、こういうのはよくない大人がすることだから君は真似しちゃだめよ」

「はぁい」

 わたしは苦笑した。確かに、ドタキャンは真似しない方がよさそうだ。



 わたしが時計台の足元に戻ると、赤い野球帽の男がローエンに見送られて去って行くところだった。男は、さっき白いリボンをつけた女と待ち合わせをしていた人だ。

「よ、どうだった?」

 わたしが背後から声を掛けると、ローエンは特に驚きもせずわたしを見上げる。

「待ち合わせ相手にメッセージでフラれたそうだよ」

「ざんねんですねえ」

 時計台も横からコメントしてきた。

 女は結構すぐにお断りのメッセージを送ったみたいだ。謝るなら早い方がいいもんな。

 ローエンは特に楽しくもなさそうに言う。

「そっちはどうだった?」

「事情は聞いたよ。マッチングアプリで待ち合わせ決めたはいいけどお互い『盛りすぎ』だった、って反省してた」

 わたしが聞いた限りのことを話すと、ローエンは半目になる。

「じゃあ、リボンつけてた女も相手に気づいてたわけかい」

「『も』ってことは男の方も気づいてたの?」

 わたしは思わぬ返答に目を見開いた。

 ローエンは興味が失せたと言わんばかりに座り込んで顔を洗う。

「ああ。待ち合わせた相手に教わった特徴と一致している女がいたけど、顔が違うから声を掛けるか迷ってるうちに相手がいなくなったと言っていたね」

「えええ……」

 引きながら、わたしは女の顔を思い出す。別に普通の人だったはずだ。別人に見えるほど盛る必要なんかあったんだろうか。

「見栄っ張り同士だったみたいだね」

 ローエンの簡潔な総評に、わたしは笑うしかなくなる。

 どうしよう、みんなこの調子だったら。


 果たして、その予想はほぼ当たることになる。

 その日の夜までと、次の日の夕方から、わたしは時計台の下で張り込んだ。二日目はアンパンと牛乳持参だ。

「お前の世代でも知ってるんだね」

 来て早々のときローエンにそんなことを言われたが、わたしは首を振った。

「いや……元の方があるとしたらそれは知らん。わたしとしちゃ『刑事ドラマに憧れてるキャラクターがよく持ってるやつ』ってイメージ」

 とまあ、小道具兼食料のことはさておき、わたしとローエンは時計台の下で延々待っていた。

 結果、二日目の夜になるまでには、もう三組ほど捕まえた。この短期間で随分捕まえられた方だと思う。

 わたしは最初のペアに対してやったのと同じように、ローエンと二手に分かれてそれぞれに事情を聞いた。

 一組は事情を聞けなかったが、もう二組はマッチングアプリとオフ会で、最初のペアと同じように遠目で見たお互いがイメージと違いすぎて黙って解散だった。

 なんともしょっぱいけど、まあまあわからんでもない結果だ。

 ここらあたりは結構栄えているし、土地勘がない人でもわかりやすいランドマークとしては、この時計台が目立つ。初対面の待ち合わせにはうってつけなのだろう。

「サンプル少ないけど、みんなこんなもんなんじゃないか?」

 張り込みに疲れたわたしが言うと、時計台はもごもごと返す。

「確かに。こうして何人かの事情を知って、前まで見かけた人たちのことも思い返してたんですが……同じ事情の人たちが多かったように思えてきましたぁ……」

「ついでに、お前が見たいハッピーエンドを見るのも難しいだろうね」

 ローエンがトドメになりかねない一言を返して、一気に時計台の放つムードがお通夜になる。わかりやすい奴だな。

「…………」

 初めての依頼放棄になるかもしれない。けど正直、ほんの少しほっとしていた。魔女のことまで含めて物語視してくる時計台にちょっとムカついていたのもちょっとあるし、普通に張り込み疲れてきてたし。

 放棄はしないとしても、一旦保留か何かにした方がいいだろう。一つ謎が解けた今がきっといい区切りだ。

 わたしが時計台に何て声を掛けてやればいいのか考え始めたそのとき、唸っていたはずの時計台がまたでかい声を出した。

「あ! 来ました! 何度も待ち合わせに失敗している人たち!」

 丁度、もう一つの謎が飛び込んできたみたいだ。

 わたしは緩んだ気を引き締める。できることがあるならやりたい。それもまたわたしの意思だった。

「よし、じゃあその謎も解こうか」

 謎解きと言いつつ、推理じゃなくてインタビューなんだけどな!

 話してくれるといいな。ついでにハッピーエンドも見せてやれれば上々なんだけど。

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