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第五十四話 『夢見がちな時計台』その3

 時計台に初めて会いに行った次の金曜日、わたしは放課後、私服に着替えてから時計台のふもとに来ていた。

 なんでも、『見えるはずのお互いを見つけられない』人たちは金曜の夕方から夜に現れやすいらしい。待ち合わせ自体増えるからっていうのもあるみたいだが。

「そういえば、毎回違う人たちばっかりなの? なんか特徴に偏りとかない?」

 わたしは、今日は飛ばずに時計台の横に立って、聞いてみた。

「ほとんどが違う人たちですけど、男の人と女の人が多いです。一組だけ、何度も来ているペアがいますねえ」

 その間延びした声の説明は、わたしの真横、時計台の柱の部分からはっきり聞こえた。

 前回わたしは時計台の文字盤を顔に見立てて話し掛けていたけど、時計台に顔はない。言葉を発する位置も固定されておらず、好きなところから声をかけられるらしい。

「……何度も来ているペアか……」

「やっぱり気になりますよね!?」

 わたしの呟きに弾む時計台の声をいなすように、時計台の柱をどうどうと撫でる。急にテンションが上がるのにはまだ慣れないが、そういう奴だということは理解できたから、対応はできるようになってきた。

「実際気にはなるな。そいつらだけ何度も来るってことは、他の連中の『会えない待ち合わせ』が『ミステリ』じゃなくなっても、そいつらだけ『ミステリ』のままになる可能性だってあるわけだし」

 言いながら、今回の依頼を叶えるのは結構面倒そうだな……という予想を深めて、わたしは溜め息を吐きそうになる。

 解かなければいけない謎が二つもあるかもしれないのだ。しかも刑事ドラマで刑事さんが言ってたみたいに『足で稼ぐ』必要がある。

 何か、魔法で何とかそのへんスキップできたらしたいけど、対価が要る規模の魔法は、正直あんまりやりたくない。基本的に面倒だし、何より『対価』は願った者が払うべきものなのだ。時計台に払える対価があるとも思えない。

 そのとき、夕闇に紛れた黒い毛並みがわたしの足元に到着する。

「待ち合わせらしき人間、何人かいるね。大抵は普通に会ってるようだけど」

 辺りを見回っていたローエンだ。首元のチャームと瞳が同じように金色に光っている。

「時計台からも見えてるの?」

 わたしが水を向けると、時計台は、うーんと少し唸ってから言う。

「見えてますよ。がんばれーがんばれーって心の中で応援してます。あ、あああ〜一分も経たずにお互いを見つけちゃいましたぁ。残念です」

 応援してるのか見つけてほしくないのかどっちなんだこいつ。

 わたしは心の中でだけ呆れるが、時計台の性格がだんだんわかった気になってきた。

 わたしの考えが合っているとすれば……ようは、現実に存在する相手へのスタンスが『読者』なのだ。ロマンスだのミステリだののジャンル分けも比喩ではない。

『主人公には困難を乗り越えてハッピーエンドになってほしい。でもハッピーエンドまでの間にはハラハラさせて、自分が満足いくまで応援させてほしい』

 だから、魔女の死を思いっきり悲しんだかと思えば、格好いい死に方に沸き立ちもする。

「…………」

「見習い魔女さん?」

 時計台に声を掛けられて、わたしは感情がちょっと顔に出ていたことに気づく。

「なんでもないなんでもない」

 わたしはへらっと返事をしつつ、ああまあムカつくのは確かだな、と自分の感情を認める。同じ現実の上にいる誰かから物語視されるのって、誠に遺憾だ。魔女がどう思うのかは知らんが。

 足元のローエンは、冷静に人波を見つめている様子だった。

「あ、あの二人、同じメッセージ画面を見ていますう!」

 時計台が明るく呑気な声を上げる。

「あの、巻き毛に白いリボンをつけた女性と、赤い野球帽を被り直してる男性です!」

 わたしは時計台の言葉に従って目を凝らす。

 確かに、コテで巻いたっぽい髪に白いリボンをつけた女と、ロゴ付きの赤い野球帽を今頭に戻した男がいる。しかもお互いとの距離はそれなりに近い。五メートルくらいだろうか、間に通行人がいるとはいえ、待ち合わせの知り合いなら気づくまで秒読みの距離だ。

「はる來」

 ローエンが小さくわたしに声を掛けた。

 わたしは待ち合わせの二人から目を離さずに返事をする。

「ん」

「その場を離れたら、建前を使って事情を聞きに行く。それでいいんだね」

「うん。そう。ローエンは男の方を頼む」

 ローエンとやることを確認しつつ、ポケットにメモ帳とペンが入っていることも確認した。単なる小道具だけど、あるのとないのじゃ安心感が違うのだ。

「すっごく会いそうなのにお互いのことを見つけてくれませんねえ」

 すぐ見つけたらそれはそれでガッカリする時計台が白々しく現状を楽しむ。

 そのとき、女の方が、時計台の辺りを見回すのをやめて駅のある方に向けて歩き出した。

 わたしは魔女帽子を被ったまま女の後についていって、時計台から信号一つ離れたところで声を掛ける。

「あの、すみません。時計台のところで待ち合わせしてた人、ですよね?」

「え……ああ、ええ。そうだけど……何ですか?」

 女は明らかに警戒しているが、わたしの顔かたちを見て少しだけそれを緩めた。

 わたしはここぞとばかりに身分を明かす。

「わたしは魔女見習いをしている近所の高校生」

「ん、と……そうじゃなくて、ご用事はなあに?」

 怪訝そうながら柔らかい態度を選んでくれた女を前に、わたしは内心ほっとする。子供には優しいタイプの人のようだ。

 付き合わせて申し訳ないけど……わたしはこれみよがしにメモとペンを取り出して、用意してた建前を口にする。

「この辺で待ち合わせすると高確率で失敗するって同級生から言われてさ、原因が知りたいから、相手が見つからなかった人に理由を聞こうってことで声掛けてるんだ」

 すると、女はちょっと気まずそうに笑った。

「ああ…………なら、きっと参考にならないわ。私は相手に気づいてて、敢えて帰るところだから」

「えっ……?」

 どういうこと?

 わけのわからない部分だらけの証言に、わたしは首を傾げるほかなかった。

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