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第五十三話 『夢見がちな時計台』その2

 心情としてはついていけるか不安にさせられたものの、時計台の依頼自体は、予定帖に残されていた通りのものだった。

「ワタクシのこの体の周りで待ち合わせをする二人が、ワタクシの体の影に隠れたお互いに気づかずに『まだかな、まだかな……』なんて思ってやきもきソワソワしながら何時間も待つ……なーんてことになってほしいんです」

「ああ、書いてあった通りのロマンを叶える願いだな。よかった。でも、このスマホもあるご時世にか?」

 わたしは時計台の真横に浮いたままで、箒に括りつけてあるショルダーバッグのポケットを叩く。わたしだって持ち歩いているぞ、という意味のジェスチャーだ。

 すると時計台は首でも傾げてそうな声で言う。

「それがですね、惜しい人たちもいるんですよねぇ……。ワタクシ目はいいので下にいる人たちのスマホの画面も読めるんですが、明らかにやりとりしてるペア同士が、しばらくお互いを探してるんです」

「うん? じゃあ、あんたのロマンは叶ってるんじゃないか?」

 今度はわたしが実際に首を傾げる。と、時計台は急にまたでかい声を出す。

「違うんですう! 彼らはお互いの姿が見える位置でしばらくきょときょとウロウロしてる上に、ちょっとすると帰っちゃうんですうー!」

「うるさ……っ」

 わたしは思わず率直に言いながら両手で耳を塞ぐ。

 その瞬間、運が悪いことに突然強い風が吹いた。

「わ!」

 両手を離していたわたしは、箒の上でバランスを崩した。ぐりんと視界が回転して、わたしは箒の柄に足でしがみついてなんとか落下を免れる。スカートの下にジャージのハーフパンツを履く習慣がなければパンツも丸見えだ。

「はる來!」

 回転からワンテンポ遅れて、ローエンの焦った声だ。ぶら下がったわたしは、声が聞こえると同時くらいに簡易な魔法がぶつかる感触を覚える。

 そしてその魔法に引き上げられる形で、今度はゆっくりと視界が回転して元いた箒の上に戻る。

 ローエンの魔法だ。

「ありがと、ローエン」

 わたしが箒の穂にいるローエンを振り返ると、ローエンは心配からきているのであろう怒りを顔に滲ませながら言う。

「まったく、お前は……」

「ごめん」

 わたしが礼の上に謝罪も重ねていると、時計台が呑気に口を開く。

「見習い魔女さんは、ドジの方なんですねぇ」

「そこまでじゃないけど……」

 反射的に言い返しながら、わたしは思う。

 魔女の訃報であんな反応するくせに、目の前で落ちかけたのは平気なんかい!

 まあ、箒に乗る体は軽量化の魔法も重ねがけされているから、ちょっとでも箒に引っ掛かってれば落ちないし、落ちても打ちどころさえ間違えなければ多少どうにかなるけども。

「えーっと、なんだっけ。お互いが見えるはずの位置でお互いを探して、すぐ帰る……ってのだとだめなんだっけ?」

 正直言って、わたしには何が駄目なのかわからない。だって時計台が所望する通りすれ違ってるし。

 すると時計台は、ちっちっちーと秒針の音なんだか人差し指を立てる人間の表現なんだかわからない表現を挟んでから、なぜか若干誇らしげに言う。

「そうですよ。ワタクシが求めているのは、お互いを待ち侘びているはずなのに些細なすれ違いでつらい想いをするロマンスのようなもの! 見えるはずのお互いを見つけられないのはただのミステリじゃないですか。本格ミステリにありがちなロマンスも素敵ですが、このシチュエーションだけではただのミステリです!」

 ちょっと早口になった語りを、自分なりに飲み込んでみる。

 確かに、物語のジャンルとして分けると違う。

 でも、

「あんた時計台のくせに、そういう、ジャンルの違いーだなんて判断基準を持ってるんだな……?」

 そんな新しい疑問が沸く。だって、ジャンルの違いで判断するには、ジャンルの分類が自分の中に生まれるほど沢山物語を摂る必要がある。時計台は映画も見ないだろうし、誰かに語り聞かせてもらう機会だってそうそうないだろう。精々流行りの音楽の中に含まれる物語部分をそういうふうに受け取るくらいになるのではないだろうか。

 しかし、わたしの疑問はすぐに打ち消される。 

「まあ、ワタクシのふもとに座って小説や漫画をひたすら読む習慣がある人間がいましたからね。彼がカバーしていたジャンルならそれなりに詳しいですよ! ふふん!」

 なるほど。スマホの画面に写るものが見えるほど目がいいなら、時計台の土台に座り込んで読書をされればその中身も全部見えるわけか。

 ほぉと声を漏らすだけのわたしの後ろから、ローエンも感心の声を上げる。

「時計台にそんな娯楽がねぇ……」

 と、時計台はおしゃべりがしたい気分が高まった女子高生と同じように、喋り続けたいがために言葉を探す。

「それからそれからですねぇー、ワタクシはですねぇー……」

「いや、無理に話さなくていいよ。ほら、まず依頼優先じゃない?」

 わたしたちはおしゃべりを楽しみに来たわけではないのだ。依頼が終わったらおしゃべりくらい付き合うが、依頼のための話ができなければどうしようもない。

 だけどわたしのやんわりとした静止は虚しく無視され、時計台はルンルンでおしゃべりを繰り出す。

「あ、そう! ワタクシ無機物ですが、なんとえっちな描写にも詳しいんですよ!」

「……外で読むなよ」

 わたしは、この場にいない男にツッコミを入れた。



 その後、落ち着きのない時計台から少しずつ話を聞いて、わたしは自分がやるべきことをまとめる。

 時計台のためにしてやるべきわたしの仕事は、暫定二つ。

 一つはミステリの問題編と同じ状態になってしまっている『見えるはずのお互いを見つけられない』の謎を解いて、ミステリモノの状況を終わらせること。

 そしてもう一つは、新しく教わった、時計台の嗜好に沿ったもの。

「ワタクシ、ハッピーエンドが見たいのです! 待ち合わせをするペアに、探し続けた相手を見つけてほしいのですよ」

 つまり、時計台の前ですれ違って終わる人たちを、行き会わせること。

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