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第五十二話 『夢見がちな時計台』その1

『時計台のロマンを叶えてあげる』

 魔女の予定帖のページをいつも通り無作為に開くと、見覚えのある文字が書かれていた。

 思い返したばかりだったそれを見て、わたしはタイムリーな懐かしさに口を歪める。

「なんだい、はる來」

 わたしの様子を気に留めた使い魔の黒猫ローエンが足元にまとわりついて来るので、しゃがんで予定帖のページを見せる。

「魔女がいた頃、見せてもらったページだったんだよ」

 まだ見習い魔女であるわたしの、前の魔女。そいつと出会ったときに見せられたページには、記憶の通り期限も詳細も書かれていない。いつ立てた予定かもわからない。そのテキトーさにもいい加減慣れっこだった。

「ああ、これならあいつにしちゃ最近の依頼だね」

「そうなの?」

 意外な証言にわたしがローエンの頭を見下ろすと、ローエンは小さく頷く。

「確か五年前くらい……」

「全然最近じゃねえー」

 わたしはわざとらしくずっこけてしまった。この黒猫も確か何十年も生きているんだったか。

「よし、明日の放課後はこの時計台のところまで行くか」

 宣言して、わたしは一度予定帖を閉じる。全部明日以降だ。

 今日は高校帰りにまっすぐ魔女の隠れ家に来たけど、三時間ほど昼寝してしまったので。



「……そんなわけで、わたしが魔女の予定を引き継いでここに来たんだ。見習いだけど願いは予定通り叶えるから安心して」

 わたしは、いつものように魔女が消滅したことや、わたしが魔女の次世代の見習いとして代わりに来たことを説明する。

 大人しく説明を聞いているのは、ざっと十メートルはありそうな時計台だ。建物の一部じゃなくて時計単体のタイプで、石造りの灰色ボディに赤茶けた屋根が乗っている。

 こいつが今回の依頼人(もう人でいいや)だった。運と確率に選ばれ意識を得ているだけで、普通の無機物ではある。

 ちなみに、ここは隣町。大通りの中洲のような立地に広場があって、そこにこの時計台が立っていた。

 わたしは箒で飛んで、文字盤のところを顔と見立てて話をしている。もちろん、後ろの穂先にはローエンも乗っている。

「そんな……」

 そこまでしばらく黙っていた時計台が、声を漏らした。

「あー……見習いだけど、仕事はちゃんとするから」

 わたしは自分の存在をフォローするが、時計台は、

「そんなあああ、魔女さんが、あの魔女さんが消えちゃったなんて!」

 わかりやすい涙声でそう叫ぶと、これまたわかりやすくわんわんと泣き声を上げ始めた。

 わたしは、申し訳ないとかよりもまず声のでかさ(物理で聞こえているわけじゃないが、それでも煩い)と初めての反応に面食らう。

 こんな風に魔女自身を惜しまれるのは、実は初めてだった。魔女が絵に描いたような風来坊だったのもあるけど、これまでの出会いが全部ちょっとずつ変わっていたせいもあるだろうか。

 例えば――お隣さんの幽霊が自宅をピッキングしている大学生。軽くお悔やみ申し上げられはしたけど、魔女という存在と縁遠すぎてそんなもんだと思ってそうなのに加えて、死人と関わりすぎてその辺若干麻痺していそうでもあった。

 魔女の友人なんかは、本人は大往生で鬼籍に入っていた。その親族たちとはわたしも話したが、お年寄りの友人がこの世からいなくなっていることに違和感を覚える者はいなかった。

 それから、死んだ好きな女の絵ばっかり描いていた画家。この人も死と向き合い続けていたせいか話を聞いても落ち着いていたし、魔女のいい加減さをよく覚えていたようで軽く笑ってさえいた。

 ラブレターで悩んでいた中学生に至っては魔女と面識はなかったし、蟲は生死の捉え方が全然違ったし、フィルムカメラは自身もこの世を去る身だった。

「はる來……」

 後ろからローエンに声を掛けられて、はたと我に帰る。しまった、思い返すのに忙しくて黙り込んでいた。

 声色からして、かなり心配かけているようだ。

「大丈夫。もう、結構大丈夫になったから」

 わたしは、ローエンに向けてニッと笑って見せる。まだちょっと強がりかもしれないが、今は強がりを本当にするくらいで丁度いいのだ。

 その頃になって、わんわん言うばかりだった時計台は、少し落ち着いてきたようで、すんすん言いながら魔女を惜しむ言葉を紡ぐ。

「長針を確認したあとになって、短針の見忘れでもう一度ワタクシを見てくれるくらい、時間の教え甲斐がある人でした」

「…………」

 言い草、不名誉すぎる。

 一瞬呆れそうになったが、わたしは気を取り直してしっかりと言う。

「悪い。魔女はわたしを助けていなくなったんだ。その分の責任を取らせると思って、依頼については思いっきり言ってくれ」

 そうして、魔女から貰い受けたウィッチハットが乗った頭を下げた。

 すると、

「……そうなんですか?」

 時計台の声色が、明らかに変わる。

 わたしが顔を上げると、無機質な文字盤から感じ取れる声が、突然はしゃぎだした。

「魔女さん、そんなカッコいい居なくなり方をしたんですか⁉︎ 不謹慎だけど、なんか憧れちゃいますね! 素敵だなあ!」

 ええぇー……。

 わたしは今度こそ思いっきり呆れて、ローエンに小声で尋ねる。

「時計台って存在は、こんなノリなのか? それとも……」

「こいつが変わっているのさ」

 ローエンの評は、遠慮なくバッサリだった。


 これまでの依頼は、なんだかんだで上手くやってきた。

 だけど、わたしは初めて覚える類の不安が胸に渦巻くのを感じている。

 『時計台のロマンを叶える』…………わたしは、こんな変わったやつのロマンについていけるのだろうか。

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