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第五十話 『映画館で会った魔女だろ』その7

 魔女というと、やはり人間とは少し違う存在らしい。

 だけど、魔女は人間からでもなることができるものだという。

「逆は完全には無理だけどね。とはいえ、ほぼ普通の人間くらいにはなれるし、そもそも魔法を使わなきゃ普通の人と魔女ってそんなに変わらないから、あんま気にすることないかな」

 わたしの目の前の魔女はそんなことを言って、魔女へのなり方のいくつかを軽く解説してくれる。

 一つは魔女のお腹から生まれる子に使える方法。お腹の中にいるうちに母親の魔女が魔力を腑分けする。

 一つは長い時間が必要になるかもしれない方法。魔力がある存在と関わりながら――できれば師事して濃く関わりながら修行をする。

 一つは、一人の先輩魔女が『ほぼ普通の人間くらい』になる方法。誰かや何かに魔力を引き渡す。

「わたしがちゃんと知ってるのはこれくらいかな。今回は三つ目の方法にしようかと思ってるのよね」

 魔女は何故かちょっと得意げだ。

 わたしは重要な選択肢をてきとう(誤用)なノリで手渡されて困惑しながら、小さく手を挙げる。

「……疑問いい? 赤ちゃんに腑分けするときは、母親の魔女は『ほぼ人間くらい』にはならないの?」

 すると、魔女は目を光らせて親指を立てる。

「グゥウゥゥーッドクエスチョン」

 軽く魔法を使ったのか本当にキランと目を光らせてきた。ちょっとこわい。

 演出で完全に滑った魔女は気にせず続ける。

「魔力って一口に言っても使える部分と芯の部分があってね、放出する部分の魔力を音だとすると、芯の部分の魔力は楽器。普通の楽器と違って大きく育てたりはできるけど、他人に引き渡すときはそのまま楽器を渡しちゃうしかない。だけど、お腹から出る前の赤ちゃんって存在がお母さんと繋がっているからね、楽器を演奏可能な状態のまま分割できちゃう」

「……へえ」

 よくわからない身振り手振りを添えて聞かされた内容は……なんというか、今の状況をにわかに忘れそうになるくらいには、面白い。

「面白いでしょ?」

 一瞬前まで自分のためにはしゃいでいるようにしか見えなかった魔女が、わたしを見透かすように目を細めた。

 面白がる自分にも、面白がっていることを見透かされていることにも、ちょっと釈然としないものがある。

 でも、嘘をつくのも変なので、わたしは顎を引く。

「……うん、正直ね」

「だったら余計にはる來は魔女になってみるといい。予定を消化するかはともかく、魔女はきっと向いてる」

 魔女は確信ありげにそう言った。


 魔女は魔法や魔法関連の蔵書のこと、そして使い魔が待っているという隠れ家のことをわたしに教えてくれていた。そんな中言う。

「わたしの秘密基地もあんたにあげるわ。親と折り合い悪いなら丁度いいでしょ」

 譲渡するのもされるのも大変そうなものを簡単に寄越そうとする魔女の手の中で、アナログ時計が鈍く光る。金色のそれは植物モチーフのデザインになっていて、蕾の短針が五を指している。もちろん、朝の五時だろう。

 魔女に残された時間は、あと十時間くらいだ。

 わたしたちは魔女からわたしへの魔法知識の教授と、それから雑談で、あのまま夜を徹していた。

 魔女を引き継ぐ云々の話が終わったくらいに「一旦ちょろっと寝ちゃいなよー学生よぉー」なんて言われもしたのだが、わたしの神経がささくれ立ちすぎて眠れなかったのだ。

「はる來、眠くない?」

 同じベッドに肘をついて寝っ転がる魔女に聞かれて、わたしは首を振る。

 授業みたいになると堅苦しくてイヤーとか言い出した魔女の要望で、女子会のノリで寝っ転がって話を聞いているのだ。 

「全然」

 こんな状況で眠くなれるほどわたしの神経は太くない。それに、魔女が思いついたように語って聞かせてくれる普通に魔法の世界の話はやっぱり、興味深く、面白い。

 でも今一番尊重されるべきは魔女のことだろう。

「魔女は眠くないの?」

 わたしは隣の魔女の顔を見る。意識して観察すると、少し眠そうに見えた。

「眠いけど寝たくないや」

「…………」

 魔女に残されている時間が少ないからだろうか。

 少し考えてしまったわたしに、魔女は心底楽しそうにくすくす笑う。

「こんなに自分の時間とか眠ってしまうのとかが惜しいの、百年以上ぶりだよ。わたし、結構若いうちから長く生きられる魔法を覚えて使い続けてたし、どんどんせいがぐだぐだになってたからさ」

「……強がりとかじゃない?」

 わたしがストレートな質問を投げると、魔女は少しだけ「うーん」と声に出しながら考えて、やがて枕に半分埋めた口を開く。

「強がりもあるのかねえ。だけどずうっと薄味タイムが続いていたのもマジだし、今楽しいのもマジよ」

 不確定な言い草が逆に本音らしさを感じさせるお陰で、反発心もわかない。

 魔女はマイペースに続ける。

「寿命が定まっている生き物はね、できるだけ長く生きよう、できるだけ長く生きようって頑張るんだけどさ、寿命に定めがない存在って結構そこのところちゃらんぽらんになるんだよね」

 そして、その例外たるクラゲとかの話を交えて、最後にはこう締める。

「だから、あんたも『生きたい』と思い続けたいなら、寿命の際限を取っ払うようなことはやめときなさい」

 言い切った魔女は、わたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「それより恋バナでもしない? 今の子の恋愛観ってどんなの?」

「いやわからんわからん。恋愛明るくないんだわたしは」

 急な話題転換にわたしが若干魔女を邪険にすると、魔女は年甲斐もなく頬を膨らませてベッドを転がって拗ねて見せる。

「あ」

「ぎゃっ」

 転がりすぎてベッドから落ちた。

「二百三歳児……」

 わたしは小さく呟きながら、ベッドの上をハイハイで移動して魔女に手を差し伸べる。

 魔女は拗ね顔を保てず笑いで口元を歪めながら文句を垂れながら、わたしの手を取って立ち上がる。

「別にいいじゃぁん、老人は赤ちゃん返りするもんだよー?」

「若いじゃん」

 わたしが突っ込むと、魔女はベッドにダイブしなおしてぼよんぼよん跳ねながら言う。

「まあ、見た目もお肌もぴちぴちだし、精神的にもいわゆるオトナをやる気が一切ないから若者っぽいかもしれな〜い」

 魔女は体をくねらせて更にベッドを波立たせる。

「振動強い」

 バランスを崩したわたしが苦情を言っても、魔女はしばらく跳ねる楽しさを優先していた。



「あれ?」

 記憶が飛んだ。

 わたしはホテルのベッドの上にいて、辺りには、誰もいない。

 さっきまでベッドの上でビチビチ跳ねていたお肌ぴちぴちの二百歳が、どこにも見当たらないのだ。

 わたしはどれくらい時間が経ったのかを知ろうと反射的にスマホを開いて、時計を見ようとする。わたしのスマホも通信できないなりに一応動いてはいたから、電波での時刻合わせができていないなりに時間は教えてくれるだろうと。

 しかし、スマホも充電を切ってあったから、開くまでに時間を要した。周囲との時間の流れが異なる状況だと、充電ひとつにも魔法が必要だから、電源を落としていたのだ。

 わたしはぼうっとした頭のままトイレやお風呂を覗いて魔女を探す。いない。

 仕方なくベッドに戻る。と、寝起きのスマホが早速忙しそうに動作している。

「え……?」

 新しい通知が、いくつもいくつも、いっぺんに来た。つまり、通信が復旧している。

 とどのつまり、時間が停止したような状態は、終わっていたのだ。

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