「だから、わたしに教えられることなら全部今のうちに聞いといてよ」
魔女は平然と話を進めようとしてきた。
でも、サラッと流そうとしてやがるその過程が、聞き捨てならない。
「待って。待て。まず、何。あんたは、わたしが死にそうになって、助けるためにこの今の……この魔法を使ったんだよな?」
わたしが確認を入れると、魔女はこっくりと頷く。
「で、その代償で……消える? で合ってる?」
言葉にしてから怯む。
わたしを助けるための行動で、魔女が、消える。キエルって発音で別の意味の言葉がなければ、そうなる。
「大枠で間違ってはいない。でも、正確に言えば、あんたを助けた代償ってより、時間に関する強すぎる魔法をアドリブで使ったときの事故って感じ」
「事故……」
魔女と出会ってからこっち、何度も言葉の一部を復唱してる気がするが、飲み込みづらさはピカイチだった。
ホームでわたしが押されたのも事故。魔法も事故。偶発的な不幸。
「普通でかい魔法を使うときって魔法陣と対価を用意するんだ。実は理論上は魔法陣って最悪なくてもいいんだけど、ないと対価がバカでかくなりがちなのね」
魔女はそこまで言って、少し黙る。わたしの理解度の進捗を見ているのだろう。
わたしは心をざわつかせたまま、でも頭はついてきていると自覚して、頷いた。
「で、」
魔女は話を続ける。
「わたしは今回魔法陣なしで、人間と魔女二人と結構広い範囲の空気全土の時間にがっつり触っちゃったんだ。しかもコントロールする余裕がなかったせいで無駄に丸一日分の影響を掛けた。だから対価がバカでかくってさ……」
魔女は純粋に未熟を恥じているようで、後頭部をがりがりとかいて俯きがちだ。
「わたしの肉体と魂が、現在と未来からばつんって消える」
指先が冷たい。
「え……いや、いや待て。それって、わたしが死ななかった代わりに……」
喉が詰まって、途中から言葉にならない。
そんなわたしを前に、魔女は無駄に軽い。
「消えるけど、でもさ、逆にわたし寿命伸ばし放題でいつ終わりにしようか迷ってたんだよね。だから別にそこまで気にする話じゃないんだよ。むしろ却ってごめんねっていうか……」
「でも、生きてたし、生きてく気だったんじゃ……」
わたしが話をぶった切って言うと、魔女は泣いてる同級生を前にした男子小学生みたいな顔になる。
「それは……そうなんだけど、色々先送りにするクセがあったせいだからさ。生きてたいぜ! って強く思ってたわけじゃないんだ」
そして、鞄から一冊の手帳を取り出す。
手のひらサイズで、使い込まれている風情はあるのに、折れたり変色したりはしていない古い手帳だ。
「これ、何だと思う?」
果物の苗木じゃないぜ、なんてよくわからない(元ネタがありそうな言い草だけどわからん)ことを言いながら、魔女は無作為に手帳を開く。
そこには『時計台のロマンを叶えてあげる』と書いてある。
「……メモ帳か、何か?」
わたしが首を傾げると、魔女は何故か得意げに言う。
「予定帖! 色々引き受けてるけどどれから手をつけていいかわからなくなってるやつ!」
「はあ……」
魔女の態度があんまりすぎて動揺が引っ込んできたわたしの口から、気の抜けた相槌がこぼれた。
魔女はただ聞くしかないわたしに、今度こそ自分の話をしてくれた。
曰く、本当は二百歳になる前に生存を引退するつもりでいたけど、色々と『やるつもり』を積み重ねているうちに、タイミングを逃しまくっていた。と。
「気づくと予定が増えとる」
「なんでだよ」
わたしが思わず突っ込むと、魔女は安心したように笑う。
そして、寿命伸ばし放題になってから生存本能が薄れ続けていること、どこかで死ぬか消えるかする機会を見つけたかったことを語り聞かせてきた。
「だから、はる來が責任を感じるような重いものはここにはないってわけ。そもそも事故だし」
たぶん、魔女の一番の言い分だった。
でもわたしは納得しきれなくて、魔女に認めさせられるような『わたしの責任』を探そうとする。
「で、でも、ほら、この予定の相手とか、あんたがいなくなったら宙ぶらりんだろ」
「ええー、叶えられなかったとしてもわたしの責任でしょー?」
魔女が相変わらず軽々しく言って、それからうーんと考える。
「まあ、どうしてものやつはあるかぁ」
「じゃあ、」
小さな隙に食いつこうと乗り出すわたしに、魔女はあっさり言う。
「そういうのだけうちの使い魔にやってもらえばいいかも。伝言くらいならまあ方法考えればできるし」
解決できるなら充分いいことなのに、全然喜ばしく感じられない。それはきっと、わたしの信念が『わたしには罰なり責めなりがあるべきだろう』と叫んでいるからだろう。
だけど、魔女がわたしに『罰なり責めなりがあるべきだろう』と考えていない時点で、わたしの信念はわたしだけの意見だ。
わたしはその意見を押し通すことにも怯んで、だからといって納得できるわけでも全然なくて……どうしたらいいのかわからず、歯噛みするばかりになる。
そんなわたしを見かねたのか、魔女はわたしの手を掬い上げるように両手で握った。
つられて顔を上げると、魔女は明るい顔でニッと笑う。
「じゃあこういうのは?」
そして、魔女は軽やかな口調で言った。
「わたしに申し訳ないならわたしのこの手帖にある予定を全部消化して。わたしに恩義を感じているなら、それは他の人に返して。両方なら……両方やっちゃえ!」
あとから考えれば、この言葉がわたしの人生を左右することになる最後の一押しだったのだろう。
ただの人間の少女だったわたしは魔女を継いで、魔女見習いとして『魔女の予定帖』の消化に奔走することになるのだ。