止まった時間の中では、できることが限られる。
人が介在することは何もできないし、電気系統も動いていないのだ。
「バッテリー魔法ビビビ……」
喉が渇いたわたしたちは、魔女が小さい魔法陣を書いて電力代わりの魔力を注ぐ自販機から飲み物を買う。
「自販機そのものの機構は動くんだな?」
軽く礼を言ってからジュースを開けてわたしが聞くと、魔女はああそれねと言ってからジュースをぐびぐび飲んで、更にややあって言う。
「そうね…………うーんと、若干違うんだけど、わたしが『停止解除』のつもりで触れば動き出す程度の状態ではある、って思ってくれたらわかりやすいかな。結構特殊で脆い状態だし」
「ふぅん」
しっくりくるようなこないような。
深く突っ込まず理解に努めるわたしに、魔女は続ける。
「たぶんわたしの生存本能によるものだけど、空気は動いてくれているしね。咄嗟だったからいろいろいびつ」
魔女は自販機に寄り掛かって、ぼんやりと帽子のつばの向こうの空を見上げている。本当になんてことなさそうに。
でも、わたしには言わなくてはいけないことがあった。
同じく自販機に寄り掛かっていたわたしは、まっすぐ立ってから改めて魔女に頭を下げる。
「ありがとう。おかげで死なずに済んだ」
すると魔女は何故かバカ笑いしだした。
不審に思ってわたしが顔を上げると、魔女は言う。
「あんたお礼何回目よ〜」
「ちゃんとは言ってなかったから」
わたしがやや拗ねた感じを出してみせると、魔女はいやいやと手を振る。
「覚えてないかもしれないけど、ホームに引き上げてしばらく座り込んでたときさ、途中で『忘れてた!』って顔したと思ったら土下座せんばかりの勢いで言ってたよ」
「……だっけ?」
あんまりはっきり覚えていなかった。ただでさえ死にかけたのに、助かったと思ったら時間は止まっているし、一日止まったままですなんて言われるしでほぼパニック状態だったのだ。
「うん。あれあんたのせいじゃないし、そんなに言わなくていいよ。……むしろ、こう、なんかゴメンねって感じだし」
魔女が謎に口ごもる。照れているんだろうか。
「それよりお腹空いたよね。食べ物買えるとこ探そう!」
わたしの思考を切るような魔女の提案で、わたしたちは食料探しを優先することにした。
魔女の箒へのタンデムで動き回って、食べ物を扱っている自販機を探す。
が、三十分ほど飛び回っても固形物を取り扱っているところに出会えなかった。
「無人販売所があればねぇ……都会すぎてないかぁ」
魔女のぼやきに、わたしは首を傾げる。無人販売所は聞いたことあるけど、でも
「言うほど都会じゃないが」
「無人販売所があるようなド田舎からしたら都会よ」
魔女は飛びながら、無人販売所があるような場所について教えてくれる。山奥の道路脇、畑のすぐそばっていうのが、よくある設置場所らしい。大抵プレハブ小屋みたいなのがあって、そこに野菜と、お金を入れておく箱がついているだけ。人通りはほぼないそうだ。
システムについて聞いたことがある程度だったわたしは、なんだか感心する。確かに、わたしが住んでいるこの町のことなんか完全に都会扱いでいいくらいには長閑だ。
「……ところで、セルフレジって動かせないの?」
コンビニ脇を通ったタイミングでふとわたしが言うと、魔女は急ブレーキをかけたように箒を止まらせた。
「セルフレジ! 忘れてた!」
そして、わたしたちはひとしきり大笑いすると、あっさりコンビニで食料を手に入れた。
……最初のコンビニでポイントカードを読ませようとしてレジをフリーズさせたのはご愛嬌。
わたしたちは食事の心配がなくなると、時間潰しに私立図書館に行って飛び出す絵本の高さで競ったり、ただ箒で高く飛んで町を見下ろしたり、他に何もできないのをいいことにシンプルな遊びで時間を潰した。
そうこうしている間に、『多分本来は夜』ってくらいに時間が経つ(魔女が持ってたアナログ時計参照)。外は明るいままだから、全然実感わかない。
「よく考えるとすごいな。宇宙まで止まってるってことだろ」
わたしの呟きに、魔女はちょっと考えてバツが悪そうに頬をかいた。
「あー、そっか。今の説明だとそういう疑問出るよね。正確に言うと『周りの時間が止まっている』ってわけじゃないんだ実は」
「どういう?」
魔女は説明に苦心するのかいくつか漫画のタイトルを挙げて、わたしの反応が芳しくないことで更に唸ってから、改めて説明してくれる。
「どちらかというと、『わたしたちが動いてる』って感じ? 高速で動いて周りを置いていってるってのが近い」
「あー……速さの違い?」
追いつききれないわたしに、魔女は小さく首を振る。
「うーん、いやー、速さの違いって言いたいけど、その説明の場合は周りもゆーっくりは動いてるでしょ。今わたしたちから見たら周りは一ミクロンも動いてはないのよ。でもそれはわたしたちが動きすぎているだけで、周りは止まったわけではなくて…………なんて言ったらいい?」
わたしに聞くなよ。
でも、
「何が起きてるのかはなんとなくわかった。説明はわたしも無理」
「そっかぁ。何て説明するのがいいんだろう」
まだまだしつこく悩もうとする魔女に、わたしは苦笑する。
「通じたからいいだろ」
正確な説明に未練がありそうな魔女を引きずって、わたしは宿泊場所を探す方向に話を進めた。
しばらくしぶしぶしていた魔女(子供かな?)も、ちょっとすると知恵を絞ってくれて、わたしたちは自動精算式になっている安ホテルに侵入することにする。
自動ドアこそこじ開けさせてもらったが、あとは書いてある手順通りに二名の宿泊を決めることができた。自動化万歳だ。
先払いの料金は、何故か全部魔女が出してくれた。
「今は持ってないけど、あとで自分の分出せないほどじゃないぞ」
あまり甘えすぎるのも違う気がしてわたしが抗議しても、魔女はどこ吹く風。
「いいのいいの。返すとか考えなくていいから」
なんて言ったあとは、さらっと話を流されてしまった。
「ところではる來、魔法に興味ある?」
何もすることがなくなった頃、魔女が唐突に言い出した。
晩御飯はカップ麺で済ませて、上手く使えなかったシャワーは諦めて体だけ拭いて、二人とも寝巻きで、もう寝るかなってところだと思ったのに。
「あるなら、今のうちに全部教えとこうと思って」
「今のうちにって……ああ、今何もできなくて暇だから?」
魔女の追加の言い分に、それらしい理屈をくっつけてみる。
スマホも通信機能全般使えないから、眠れないと退屈する気はするし。
しかし、魔女は気まずそうに首を振った。
「それも……あるんだけど……えぇっとねぇ……」
わたしは首を傾げるジェスチャーだけ返して、静かに話を聞いておく。
「言いづらいんだけど……今回の魔法って、実はかなり対価が大きくてさ」
魔女はそこまで言うと、乾いた唇をちろりと舐める。
そして、『やっちゃったーごめんねー』みたいな顔のままで、とんでもないことを言った。
「わかりやすく言うとね……わたし、この魔法が尽きるとき、消えます」