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第四十五話 『映画館で会った魔女だろ』その2

 新しくわたしのお気に入りになった映画館(分類上はミニシアターと呼ばれるらしい)では、その日はたまたまちょっと古いアニメ映画を上映していた。普通に完全入れ替えだけど、二本立てだ。

 実写映画ばかりのこの映画館では、アニメ映画だけの二本立ては珍しい。

 支配人に聞いてみれば、孫娘にねだられて気まぐれに一回だけ入れてみたものなのだと言う。

「へー、平日意外と狙い目なのかな? 子供とか入ってる?」

 わたしが尋ねると、支配人はさも面白がるような顔で苦笑する。

「いいえ。入ってみればわかりますよ。どうです?」

「乗った」

 わたしはくじを引く感覚で料金を払う。お小遣い日からそんなに経っていなかったお陰で懐が豊かだったので、こういう遊びもありだと思ったのだ。

 たまにはと飲み物も注文して、早速奥の方のシアターに向かう。奥のシアターってあんまりわたしが見たいもの上映してないから実は一回しか入ったことないけど、箱が小さいのと場所が奥まっているからか、表のシアターより静かに見る場所ってイメージがある。

 わたしは扉を開ける前に一度スマホを見る。ちゃんとサイレントモードで、目覚ましも全部切れてるし音声認識の起動も切ってある。そして、時間も上映時間の数分前。丁度いい頃合いだ。

 そっと扉を開けて中に入ったわたしは、支配人の面白がっている苦笑の意味を理解した。

「…………あぁ」

 わたしと、髪の長い女以外、誰もいなかったのだ。

 髪の長い女はわたしがここにはじめて来たときに声を掛けてきたのと同一人物だ。何度かすれ違っているが、普通に常連の一人。支配人との会話でお客の入れ替わりの話題になったときも、あの人はわたしの次くらいに新しい常連だって言われたから間違いない。

 つまり、支配人の孫娘は来ていない。正直見て見たかったんだが、あの支配人の孫娘。

 折角入れたのに支配人も報われないなとも思うが、本人がああしてちょっと面白がっていたことを考えるに、それほど深刻ではなさそうだ。それが関係性によるものなのか、ここのいない事情によるものなのか、わたしにはわからないけれど。

 ともかく、映画は映画だ。

 わたしは最後尾のやや右側の席につく。髪の長い女も最後尾のやや左側の席に座ってスマホを弄っている。

 見渡す限りの前の席がすべて空席になっている映画館は、なんか不思議な空間で、これはこれで面白い。

 わたしが座り直していると、早速映画の前のロゴやら何やらが流れ始めた。


 映画の上映は普通に進んだ。

 見覚えのある絵と聞いたことのあるタイトルからもわかっていたが、かなり暴力的なギャグが何度も繰り広げられている。血は出ないし誰も死なないが、これで子供向けの仕上がりな辺りに時代を感じる。令和に青春を謳歌する年代のわたしからすると……ちょっと、大人向けだと思って見ないとキツいものがあった。流血ありのバトルアクションの方がなんぼか子供に見せられる。大概の暴力が理不尽だし。

 しかし、そんなことを思わされながらも結局面白いからずるい。テンポなのか動きなのか色合いなのか、小気味よさが大きく上回って、何度か声出して笑わされていた。キャラクターもなんだかんだいってみんなかわいらしい。

 と、そのときだった。

 キャラクターたちの追いかけっこのせいで、大きな花瓶が倒れかける場面になった。

 ぐらっぐらっと揺れる度、揺れに合わせたギュイィンというバイオリンの音が鳴り響いて、視聴者をはらはらさせながら元に戻る。

 そしてもう一度。もう一度。同じことを繰り返す、天丼って手法だ。しかも段々度合いが激しくなっていくタイプの天丼。

 三度目の揺れで、ついに花瓶が落ちるか……といった、その瞬間。

「わっ」

 はらはらしすぎたのか、横から女の声が聞こえた。

 わたしがちらと見ると、髪の長い女は思わずといった調子で両手を突き出してわたわたしている。子供みたいだ。そんなことしたって花瓶が倒れないわけじゃないのに。

 しかし、

「え?」

 わたしが視線を戻すと、花瓶は画面中央に真っ直ぐに立っている。

 いや、それだけなら単に映像の中で『花瓶は倒れませんでした』というだけだったのかもしれない。けれど、周りの絵との整合性が妙なのだ。

 花瓶が載っていたテーブルは、キャラクターたちに完全に破壊されている。花瓶は宙に浮いているのだ。それどころか壊れなかった花瓶が画面の中央を占拠しているせいで、キャラクターたちがせまっ苦しそうに駆け回っている。

 おかしな状況に、わたしは思わず横に座っている髪の長い女の方に視線をやる。

 一緒に変な映像を見ているのは、映写室に籠っているであろうスタッフを除けばその人だけだからだ。

 なんなら声を掛けようかとも思った。「映像おかしくない?」と。

 しかしわたしが視線をやると、前に突き出した手をゆっくり下ろすところだった髪の長い女は、涙目で、心なしかぷるぷる震えている。

 端的にいえば、顔に『私が犯人ですごめんなさい』と書いてある。

「おい、あんた……」

 わたしが声を掛けたのと同時に、思いっきり扉が開いた。

「すんません! 上映トラブルっす!」

 声を張り上げながら両手で扉を開けて仁王立ちしているのは、Tシャツとカーゴパンツを着て首にタオルを掛けた猫背の青年だ。映写室でごそごそやっているところを何度か見かけたことのある、支配人曰くのバイトの人だ。

 青年は観客が二人しかいないことを確認すると、わたしと髪の長い女の間に立って説明しだす。

「なんか今停止もできないんすけど、正しい内容これじゃないんで。一旦確認するんで外出てもらっていいっすか?」

 一旦廊下を経由してスクリーンに入ってきた青年はまだ闇に目が慣れていないのか、髪の長い女の表情に気づいていない。先にわたしを誘導しようと、こちらに向かってくる。

 そのとき、髪の長い女は立ち上がった。

「あの、ごめんなさい! 犯人はわたしです!」

 そして、大声に驚いて注目するわたしと青年の前でゆったりと手を振って、映像と音を止めた。

 そこではじめてピンと来る。

「…………魔法?」

 いかにも間抜けな展開。

 だけどそれは紛れもなく、わたしが人生で初めて目にする『魔法』というものだった。

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