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第三十九話 『フィルムカメラの頼み』その5

「面白かったぜ」

 わたしはピースサインを見せつけながら、ローエンとフィルムカメラが鞄の番をしてくれていたベンチに戻る。

 空いてるのをいいことにジェットコースターとブランコを梯子してきた。

「普通は誰かと楽しむものなんだろうにね」

 ローエンは薄い呆れと感心の入り混じった平坦な口調で言った。

 わたしもまた、特に気にせずに首肯する。

「だろうなぁ」

 自分と普通の間にある溝のことは、わたしだって理解している。

 今のクラスメイトたちとは上手く付き合えているが、中学時代では一人で平気というかむしろ一人が好きだってことによる行き違いすれ違いなどで色々あったのだ。

 たとえば、わたしは一人が平気かつ気楽だからという理由で一人でいるとする。で、一人でいるのはすごく苦痛だなって思ってる子が、さぞ一人はつらいだろうという純粋な思いやりでわたしに近づく。そういうときに、わたしは何とも思わないをベースに時折鬱陶しく思うし、相手は思いやりが報われないしですれ違いが生じる。そして、中学という狭い箱の中では、その小さな綻びが大きな意味を持つ機会に溢れているのだ。

 ……わたしも、悪いことをしたなぁくらいのことは、思う。あれも優しさには違いなかったろうに。

「魔女だったらギリギリまで、私についてきてほしいと駄々を捏ねただろうね」

 数秒の無言に何かが溢れおちてしまったように、ローエンが言った。

 言ってから、少し顔を逸らす。

 ローエンと魔女の間には、まだわたしには話していない感情や過去がたくさんあるのだろう。極力見せないようにされている面があることはわたしもよくわかっている。子供って言ったってもう十七なのだ。……だから、うっかり何か言っても別にいいのに。

 とはいえ、今そういう話をし始めてしまうと今度はフィルムカメラが置いてけぼりになる。

「ところでさ、フィルムカメラ、どういう感じの『幸せな記憶』も入れてほしいとかっていう、リクエストみたいなものってないの? 今からでも寄せて探したりできるけど」

 わたしが話しかけると、フィルムカメラは律儀に「うーん」と声で反応を返しながら考え込む。

 それから、ややあって言う。

「『どういう幸せ』っていうのとは違うかもしれないけれど、本当の本当にワガママを言っていいのであれば、今撮ってもらっているような人々の風景の中に、僕も写ってみたいかな」

 流石に無理だよね、とフィルムカメラは笑い声を立てる。

 わたしも、即答はできなかった。わたしがフィルムカメラを見つけたときに入っていたフィルムの残りは二十二枚、幸せそうな瞬間を逃さないように撮って撮ってで残り十枚くらい。わたしが得たシャッターチャンスの回数は半数以上使ってしまっている。その中に、フィルムカメラを一緒に写してあげられるようなチャンスは含まれなかった。

 少し考えてから、わたしは言う。

「いや、できそうならやろう。無理だったら諦めるとしても、ハナからやる気なくすのは勿体ないかもしれないし」


 そうして、わたしはさっきまでより気持ちペースを落として、アイディアを探す時間を挟みつつ他人に声を掛けて写真を撮らせてもらう。

「うん、いい写真ばかりだ」

 フィルムカメラは満足げに言った。頷きの代わりなのか「うん、うん」なんて言ってもいる。

 残りフィルム五枚。わたしもカメラ右上についている歯車をジコジコ回すのに慣れてきた。

「そういえばこのジコジコ回すやつってどういう意味なの?」

「今更だねぇ……」

 ふと思い出して聞くと、まずローエンが呆れた。確かに今更ではある。

 フィルムカメラは鷹揚にわははと声を立てて言う。

「フィルムを送っているんだよ。次のフィルムの装填みたいなものだね。そして、装填完了すると、回せなくなる」

「へえー」

 装填と言われると銃みたいでカッコいい。わたしは感心しながら、歯車のジコジコを回らなくなるところまで巻き終わった歯車を撫でる。今撃てる状態。

 雑談のキリもいいし、次のターゲット? に声を掛けようか。

 わたしがそう意気込んだところで、ふいに目の前をカップルが通りすがる。

「あ!」

 わたしは思わず声を上げた。

 すると、カップルの片割れである男子がわたしの方を見て、不思議そうな顔をする。まあ、お互い顔を知らない同士だから、自然な反応ではある。

 その男子は、塩顔って分類されるんだろうか、さっぱりした顔立ちの、すらっとした男子だ。隣の女子の背の低さがより強調される。

 わたしが知ってるのは、背の低い女子の方だった。

 でも、声を掛けていいタイミングかというと違うかもしれない。

 だってどう見てもデート。他校の男子とデートなのだ。

 今更口を塞いでも遅いわたしに、不思議そうな顔をしたままの男子は背を向ける。

 そう、そのままそっち向いて……! などとわたしは願う。馬に蹴られて死にたくないよお!

 しかし現実は非情。浮かれたカチューシャの乗った小さな頭がくるっと回って、分厚いフレームの眼鏡を掛けた顔をこちらに向ける。

「あ、ハルツー」

「……やほー、いいんちょ……」

 カップルの片割れは、わたしに『遊園地』案を出してくれた委員長だった。

 立ち止まった委員長は、幸いにも、気まずそうな顔にはならない。

「ごめん、デート中だったよね」

 わたしが頭を掻くと、委員長は頬を染めつつも一定は落ち着いた様子で、いいよいいよと手を振る。

「私が『遊園地』ってアイディア教えたんだもん、そりゃ会うこともあるよ」

 今日撮ってるんだねえなんて呑気な一言も添える。意外とこういうの隠す派でもないのかもしれない。

「友達?」

 委員長と一緒に立ち止まった男子は特に頬を染めることもなく首を傾げた。こちらも恥ずかしがるタイプではなかったようで、わたしはほっとする。

「そう。クラスメイトのハルツー。魔女やってて、『幸せそうな記憶』? だっけ、を写真に撮るんだって」

 委員長はわたしをあだ名で紹介してから、男子の方を手のひらで指す。

「あ、この人はわたしの彼氏のタコくん〜」

 タコくん。

 休日の委員長ってこう、なんか普段よりふわふわしているというか、いい加減というか、隙が大きいというか、雑というか……こんなんなんだな。新鮮だ。学校では仕事の役割が振られてなくてももうちょっとしっかりしていた気がするのだが。

 人の彼氏をタコくんと呼んでいいものか躊躇するわたしに、彼氏くんはすかさず言う。

「タカオです。高尾山の高尾。名字です」

 タカオが訛ってタコ。なるほどだけど、変わってもいる。

「あ、ああ。わたしはカスガ。春の日って書いて春日で、下の名前がはる來。二回春があるからハルツーです。あ、こっちの猫が使い魔のローエン。首から下げてるフィルムカメラが今回の依頼人。幸せな記憶の写真を収めたいそうです」

 わたしは自分の名前と、ついでにローエンとフィルムカメラを紹介する。

 ローエンはニャアとだけ鳴いて、フィルムカメラは「どうも」と言う。

「……あ、フィルムカメラも『どうも』って言ってる、よ」

 わたしは一瞬呆けて、慌てて補足を入れる。

 そうだ。フィルムカメラからは物理的に声が出ているわけじゃないんだから、魔法関係者以外には声が聞こえないんだ。一般人には通訳しないと会話できない。

「ほぉ〜」

 委員長と高尾くんは同時に声を上げて、それから目を合わせて頷く。

 高尾くんは眉ひとつ動かさずに委員長の手を握ってからピースサインを出して言った。

「カメラさん、幸せそうな写真なら今の俺を撮ればバッチリですよ。シャッターどうぞ」

「ははっ、キャラ濃いなあ!」

 展開が早すぎて笑いながら、わたしはしっかりと二人をフレームに収めて写真を撮る。

 残り四枚だ。

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