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第三十八話 『フィルムカメラの頼み』その4

 次の日曜日、午前十時くらい。

「はい、ということで本日は遊園地にやってきましたー」

「急に動画配信者風の挨拶するのはなんだい……」

 ローエンの冷静なツッコミを食らって、わたしは恥ずかしくなってハート型のサングラスを外して仕舞う。

 ちょっと水を差されてから考えてみると、制服で遊園地に来ているわたしにハート型のサングラスは合わなかったかもしれない。

 個人的な羞恥心はともかく、わたしは発言通り遊園地に来ていた。正確には今は遊園地の入り口前にいる。動画配信者なら遊園地の看板と外観を撮ってるところ。

 連れはローエンと、それから例のフィルムカメラだ。

 わたしはサングラスを外すときにずれた魔女帽子の位置を直しながら、ローエンに口を尖らせてみせる。

「だって……今からわたし、知らん人たちに声掛けまくって写真撮るんだぞ。途中で人に話し掛ける勢いを見失ったら悲惨だろ」

 既に出鼻挫かれましたけどもー。という気持ちを伝えるためにも、わたしはローエンをじっとり見下ろす。

 けれどローエンはわたしの文句をまともに相手せずに、ふいっと明後日の方に顔を逸らす。

「そんなもん勝手に撮りゃいいじゃないか。表に出すわけじゃないんだろう」

「いいわけあるかい」

 今度はわたしがローエンに突っ込む。

「昔は結構いい加減だったって話聞いたことあるけどさ、今は勝手に他人を撮っちゃうと色々問題が浮き彫りなの。流石に全体の風景に写り込むくらいだったら表に出さなきゃいいだろうけどさ」

 前に消化した魔女の予定の中にも、ネットの海に放たれてしまった顔写真の情報を消すところまで含まれる依頼があった。一度共有されてしまえばどうなるかわかったもんじゃない世の中なのだ、記録が生まれるということ自体のリスクも跳ね上がっている。

「あのぉ……」

 わたしの胸元から声が上がる。

 首掛けのストラップを取りつけられた、依頼人(もう一旦人扱いでいいや)のフィルムカメラだ。

「そんな厳しい世の中になっているなんて知らなかったのだけど……ええっと、大丈夫、なのかな?」

 フィルムカメラは、自分の頼みが聞き届けられるのか心配でたまらなそうなのに、律儀にもわたしを案じるニュアンスも出る言葉選びで聞いてきた。やっぱりめちゃくちゃ人間くさいな。

「大丈夫大丈夫」

 わたしはフィルムカメラを手で持ち上げて、レンズと目線を合わせて笑う。

「幸せなときの記録なら残してほしいって人は結構いるよ」

「…………だと、嬉しいな」

 フィルムカメラはポツリと言った。


 それからわたしたちはちゃっちゃっと入場を済ませた。ローエンは猫だけど、この遊園地はアレルギー対策をしっかりいる使い魔であれば入場可だから、ちゃんと一人と一台と一匹の全員で入れている。……偏見がないことと引き換えに学生一人と特別付き添い人二人分の料金取られたけど。

 早速わたしは売店に行く。

「……何故?」

 そして不機嫌なローエンにペット用のカチューシャを買う。アミューズメント施設特有の耳とかリボンとかのついた派手なやつだ。

 わたし自身は魔女帽子を脱げない(脱いだら魔女だってわからなくなってあんまりよくない)ので、光る腕輪みたいなのを買ってつけた。メチャカラフル。

「動画配信者の真似事なんかしないにしたって、楽しそうな人の方が楽しそうな人に話し掛けやすいでしょ」

 見せびらかしながらわたしはローエンに言った。

 わたしだって、自分が楽しそうな人でいた方が楽しそうな人には話し掛けやすいし、話し掛けられる側の楽しそうな人だって楽しそうな人に話し掛けてもらった方が対応しやすいだろう。

「フィルムカメラにはこれ買ったんだけど、貼っていい?」

 わたしは手に持った小さいシール台紙をフィルムカメラに見せる。いくつか組み合わせてスマホカバーに貼りつけるような、小さいステッカーだ。

「いいのかい?」

 フィルムカメラは、自分にも飾りがつくと思っていなかったのだろう、意外そうだ。

 わたしはグッズの浮かれパワーを借りて自信満々に言う。

「もちろん。剥がれなくなってもよければだけど!」

「はは、じゃあ正面に貼ってもらおうかな」

「あいよ」

 わたしはできるだけ浮かれたキラキラハートを台紙から剥がして、レンズやフラッシュに干渉しない位置にシールを貼り付ける。まっすぐ貼っても面白くないし、だいぶ斜めに。かぶいてるぜ!

「よっしゃいくぜ」

 わたしは宣言すると、フィルムカメラをぶら下げて気が進まなそうなローエンを引き連れて、園内を歩き出した。



 ついついソフトクリームなんか食べつつ、わたしは何組かの人たちに写真をお願いした。

「自由研究で幸せそうな人たちの様子を集めてるんです。写真一枚いいですか?」

 わたしがそう声を掛けると、友人グループっぽい組やデート中っぽいカップルは大体歓迎してくれた。

 反面、家族は子供の顔が写ることを懸念する組が多い。フィルムカメラがちょっと驚いていたので、たぶん昔はそういう懸念を抱かない人が多かったんだろう。わたしからしたら、そりゃそーだーって感じなんだけど。

 家族づれの中には『大人だけなら写してもらって構いませんよ』なんて言ってくれたお茶目なご両親もいたが、子供たちが写真に写ることを羨ましがってまとわりつくので結局写真は撮れなかった。

「フィルムに焼きつけられなくても、ああいうのはいいもんだね」

 フィルムカメラはじんわり感じ入るような声色で言った。

 まったくその通りだ。

 わたしは爽やかな気持ちで息を吸い込んで、フィルムカメラとローエンに言う。

「わたしもジェットコースター乗っていい?」

「……遊びに来たんじゃないだろう」

 ローエンに言われるが、えへへーと笑って誤魔化す。

「フィルムカメラも、ちょっとだけいい? わたしも遊んできて」

「もちろん」

 フィルムカメラの穏やかな声に、わたしは足取り軽く跳ねて移動する。

 来園から二時間くらい、わたしはまだアトラクションには一つも乗ってないのだ。

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