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第三十五話 『フィルムカメラの頼み』その1

『焼けて壊れたフィルムカメラから、残りのフィルムに幸せな記憶を刻みたいって頼まれた。』

 いつものように魔女の予定帖をランダムに開くと、そんな言葉が載っていた。そして、その真下に走り書きもある。

『叶えるときまでそこの棚に置いとく!』

 どうやら今回の依頼人……依頼もの? は、魔女の隠れ家にいるらしい。

 わたしは自分の周りをぐるりと確かめる。

 今わたしがいるこの場所が、この予定帖の元の持ち主である魔女の隠れ家だ。寝泊まりするのに最低限の家具と設備があるだけの、シンプルでそう広くもないログハウス。一人暮らし向けのワンルームが一軒家として建っていると想像してもらえればだいたいあってる。

 隠れ家の特徴といえば、机と椅子もベッドも使い込まれた木製のものばかりってところくらいだろうか。ほかは――最近はトイレも使えるようにしたし、かなり普通の家だ。

 そんな小屋の中で目につく棚は、机の真正面の壁に取り付けられた、普通サイズの机よりちょっと幅が広いだけの飾り棚だけ。そこには魔法に関する書物と使ってない花瓶と、魔女自身の所持品だったのであろう新品ピカピカのフィルムカメラがある。

「うーん……」

 わたしは、長くて癖の強い髪の毛を後ろの高い位置にまとめる。

 魔女のことだ、もしかしたら棚から移動させてそのまま忘れているのかもしれない。

 それか、か。

 幸い、今日まではギリギリ夏休み。宿題は終わらせたから余裕もある。使い魔のローエンも今は外出しているから、物を落としても転んでも『ねこふんじゃった』する心配はいらないだろう。

「うし、探すか!」


 そして、わたしは段々見慣れてきた魔女の隠れ家を家探しする。

 前までは気づかなかったけど、魔女の隠れ家には魔法による隠し収納がたくさんあった。最近気づくようになったのは、収納や保護なんかの生活魔法をいくつか練習し始めたお陰だ。

 先日も自室で隠し収納魔法を使って、クローゼットの奥にしか置き場がなかった大事な漫画を壁に“収納”したばかりだった。……収納替えの過程で闇医者が主役の名作漫画を全巻通読してしまったのは……まあ、仕方ない。誰だってそーなる。面白すぎるもん。

 それはそれとして、魔女もなかなかに片付けられない女だったらしい。あちこちに仕込まれた隠し収納は、量も多ければ中身も雑多で、仕舞い方もいい加減だ。レコードやカセットテープなんかはあちこちに二、三枚ずつくらいあるし、さっきちょっと開けてみたら平成初期ヒットソングと思しきジャケットのCDケースの中に尼さんたちが歌う映画のDVDが入っていた。

 でも、こうして誰かが家探しすることは昔から考えていたらしい。

 いくつかの収納は、開けた瞬間にメッセージを残して消えたのだ。

『フワーオ! こん中は私以外に見られるとお互いに気まずいぞ! ドロンだぜ!』

 ドット絵で描かれた羊皮紙のような絵がSFじみた雰囲気で空中に浮かんで、丁寧に魔女のアテレコまでついていた。レトロゲームが好きなのか、この魔法を掛けたときの最新のゲームが好きなのか……わからないけど、ゲームっぽくしたかったことだけはわかる仕掛けだった。

 それが、三箇所。

「……一箇所にまとめろぉー」

 流石のわたしも三箇所目ともなると呆れてしまった。

 いざとなったら消すようなものは、普通一箇所にまとめておかないだろうか。わたしも黒歴史ノート的なものは持っているが、そういうのは一つの段ボールに入れている。

 ……あ、いや、エロとかグロとかの収集物がある場合もあるかな。なら分類しておくこともあるかぁ。黒歴史ノート的なものは自分でもそう見返したくないが、エロとかグロとかの収集物は見返すことだってままあるだろうし。

 人の隠し事を詮索するのは止すとして、わたしは家探しの続きを進める。

 魔女は結構お茶目で、未来の自分宛か家探しする他人向けか、『ドロン』以外にも隠しメッセージをいくつか仕込んでいた。

『今日拾った五百円札です。ご査収ください。』というメモと五百円札。……今となってはそれなりにレア物だよ。

『この本は値上がりしそうな気がする!』というメモと本。……それ中古の書店で五十円で見たことあるよ。

『ざんねん! えっちな本ではありませんでした!』というメモと、これまた本。……その詩人唐突にミニスカートの話ししだすから多分ちょっとエッチだよ。

 ある種の魔女との対話にもなる家探しは、結構楽しい。

 まあ、趣味はそんなに合わない。わたしたちは元々同じ映画館、同じスクリーンで上映された映画の観客だったけど、同時に、それくらいしか共通点がなかったのだ。

 でも、そういうのも悪くない。気が合うっていうのと趣味が合うっていうのは意外と別物だ。

 わたしは友達を作らなくても案外楽しく過ごせるタイプだけど、それはそれとして魔女とは友達になってみたかった気がする。……いや、今みたいな時間も含めて魔女との交信を深めているということは、ある種の広義での友達と言ってもいいのかもしれない。

 『結構』改め、『かなり』楽しい。愉快だ。

 だけど、

「……ないなぁ」

 目的のフィルムカメラはどこにも見当たらない。一体どういうことだろうか。

 流石に疲れてきたなと思い、わたしはスマホを取り出す。

 画面を見ると、もう午後三時過ぎ。おやつにしてもバチは当たらないし、ローエンが帰ってきてもおかしくない頃だ。

 わたしは少し考えて、コンビニまで出掛けることにした。

 ローエンに聞いた方が多分早い。



 魔女の隠れ家の周辺環境は、魔女の魔法によってデザインされた森だ。

 文字通り“どんな魔法を使ったんだかわからない”ものだが、ほどよく光を通す、西洋ファンタジー風の緑の森。

 植物の分布も外とは違うし、天気は常に心地よく晴れている。虫もほとんど見掛けない。完全に違う環境だ。

 わたしは魔女の隠れ家を出て数歩、光が差し込む平らなところで、魔女から受け継いだ箒を、でかい鍵みたいに構える。

 すると、空間が開いて、わたしを外に追い出す。

 普通の日本の藪。勾配すらない狭い範囲。コンビニまで徒歩一分のところに、わたしは立っていた。

「うわ」

 わたしは自分のふくらはぎを何度かべしんべしんと叩く。

 何度行き来しても油断する。そう、魔女の『森の中』には虫はほとんど見かけないのだ。特にこいつらは。

「やられたぁ……」

 わたしは四箇所、蚊に刺された。

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