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第三十二話 『蟲の感謝』その3

 結局、わたしは蟲を箒の穂先に乗せてホームセンターを訪れた。

 蟲なりに花選びは自分でやりたいという気持ちはあるみたいで、かつ、そのこだわりの内容を言葉やジェスチャーで聞いておこうにも上手くいかなかったからだ。

 なんなら色すら絞り込めなかった。というか、蟲から見た色というものには『見えやすい』『見えにくい』の二種類しかなくて、ちょっと魔法が使えるだけの人間にはその二種類の基準もよくわからなかった。

「目立たないようにはなってる……んだよな?」

 ひとかかえほどの大きさがある蟲に、わたしは最後の確認を取る。

「ええ。勘のいい人以外には見えませんよ」

 呑気そうに聞こえる話し方の蟲を連れて、わたしは店先の園芸コーナーに着陸した。

「じゃあ、作戦通り、できるだけ物陰を回ってくれ」

 わたしが声を掛けると、蟲はかさかさとわたしの足元に縮こまる。なんか人見知りする犬みたいだ。

 それにしても、わたしのふくらはぎにちょっとぶつかった蟲の体は、思ったよりも固い毛に覆われている感じがして、不思議だ。見た感じ甲羅でピカピカ、つるつるでもおかしくないのに。

 ……まあ、いいか。

 わたしは蟲を伴って、まずは店先に並べられた商品棚を回る。背が高く幅の大きい棚がだいたい六つくらい並んでいた。

 鉢とか支柱とかの外置きに向いてるものが中心とはいえ、園芸用品がこれだけあれば花の種も外陳列なんじゃなかろうか。

 わたしは、物陰を探してかさこそ隠れてついてくる蟲を伴って棚を回る。外の商品を見ているお客さんは二組くらいだし、今は余裕で隠れられている。

「……うーん」

 けど、外の棚のどこにも花の種はなかった。

「中を探すけど、隠れ方とか……大丈夫?」

 物陰で蟲に一声掛けておく。

「これくらい人間が少ないなら、何とかなります」

「よし、じゃあ行くぞ」

 蟲の余裕っぽい発言を根拠に、わたしは自動ドアの前に一歩踏み出す。

 変に蟲に視線をやらないように、挙動不審にならないようにと、無駄に意識しながら壁際を探す。種って入り口近くかつレジの近くにあるイメージだ。

 店内の薄いBGMに紛れるせいで、蟲の足音というか、動く音が全然聞こえなくて、ちょっとハラハラする。何せ他の客はほとんど見かけなくても、暇なレジ係が近い。超近い。

 その代わり、予想通り自動ドアから数メートルの白い壁に種コーナーが設えられていた。見つけるまでのタイムは十秒くらい。すでにちょっと汗かいてるけど、時間的には上々だ。

「どれがいい?」

 わたしは独り言のように小声で問いながら、どの種を買おうか迷うフリをする。

 種コーナーは半分野菜・半分花の構成で、花の種類はざっと十種類くらい。多いのか少ないのかさっぱりわからないが、この中に蟲が選ぶ花はあるだろうか。

 ややあって、蟲の声が足元から聞こえる。

「袋の模様が花の形ですよね? でしたら、上から三番目の……」

「いらっしゃいませ」

 蟲の声に耳をすませていたわたしの背後から知らない男の声がして、思わず跳ねてビビり倒す。

「は?」

 振り返ると、店員がニコニコ顔で立っていた。

「お花選び、ご相談いただけますよ」

 見れば、店員の胸元、名札ワッペンには名前の代わりに『お花係』という文字が書いてある。名前は書いていない。最近は個人情報保護の関係で名札に名前がない店も増えているらしいが、ここもそうみたいだ。

 いけない、思考が逸れた。

 わたしははたと足元を見回す。この店員の勘が悪いとは限らない。

 しかし、わたしの心配をよそに蟲は影も形も見当たらない。あのでかい蟲が隠れられる隙間や陰なんてちょっと離れた位置にしかないのに。

 まるで溶けて消えたか、小さくなって細い隙間に隠れたかしたみたいな感じだ。

「お客様?」

 店員に声を掛けられて、わたしは蟲に関する思考を中断させられる。

「あ、ああ。大丈夫。自分で選びたいんですよ~えへへへ」

 わたしは店員に返事をして、緊張からの赤面が恥じらいに見えるように祈って、胸の前で両手を振る。なるべくだけど、邪険にしてる感なしで追い払えたらそれが一番いいのだ。

「ああ、それはすみません」

「いえいえ」

 店員とお互いにペコペコしあって別れる。店員もまったくの手すきではなかったようで、店の奥の方へと引っ込んでいった。

 と、

「魔女さん」

「っ」

 いつの間に戻って来たのか、蟲に声を掛けられてまた跳ねそうになる。心臓に悪い!

 足元を見ると、ひとかかえほどの大きさの蟲がわたしの足元にひっそりと寄り添っている。……やっぱり、こいつが隠れるようなところなんかなかったように思うのだが。

 そんなわたしの様子など気にしていないのか気づいていないのか、蟲はマイペースに、先ほど言いかけたことを言い直す。

「花の種ですが、上から三番目の段の、右端から三列並んでいる同じ花がいいです」

 素直に言われた辺りを見ると、三列ほどポピーが並んでいた。色違いで、青とオレンジとピンクだ。意外なことに、赤はない。

 色はこっちで勝手に選んでもよかったが、わたしは少し考えて言う。

「色……は、うーんと、明るい空と同じ色と、元気な色と……あと、可愛い色? かな、がある。どれがいい?」

 蟲は五秒くらい黙って、それから躊躇いの跡など感じさせない平静の声で答えた。

「では、可愛いとされる色にしてください」

「うん」

 ホームセンターでのミッションは、これでほとんどコンプリートだ。

 わたしは蟲に先に出てもらってから、ポピーの種と肥料入りの土と、『植物に良い!』と謳われている少量の水を購入して店を出た。


 後から考えれば、このときに“気づいて”もよかったのかもしれない。

 蟲は本当に蟲であって、わたしたちとは何もかもが違っているのだ。

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