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第二十八話 『夏の昼の夢』その7

 夜になりました。

 魔女さんとは夕方に解散しています。

 解散するまでは、ファーストフード店でちょっとねばって手紙の文章のアイディアを出し合って、そのあとはウインドウショッピングのようなことをしました。そのあとは家に送ってもらって、三人で暮らしている両親とご飯を食べて……と、普通に。今はお風呂も終わらせて、ほんとうに一日の終わりです。

「…………」

 わたしは勉強机の灯りだけをつけた自分の部屋で、机に向かって紙の上の文字を読んでいました。

 下書きってことにした便箋には、わたしと魔女さんの字で色々な言葉が書かれています。

『シンプルに好きって書いちゃう』『気になっていたとだけ伝えて、連絡先を交換する』『去年格好いいって伝えたのに、受け流された気がしてモヤついてた、でもそれは本当に格好いいと思ったからだ、と素直に伝えてみる』『何か相談事をネツゾウする』『嘘はいやかも』『実際の相談ごとをひねりだす?』『相談候補:受験、勉強、背を伸ばす。植物の世話・夏休みの宿題』『植物は別に好きでもキラいでもない…』『おつきあいは~~一回検討してほしいってくらいのかんじで書く?』

 今目を通した部分以外にも、わたしの字と魔女さんの字、それぞれ同じくらいの数と乱雑さで並んでいます。

 帰り際の魔女さんは、飛び立つ直前に夕日の前で振り返って言いました。

『ま、参考にしてもいいし、しなくてもいいから。応援してるぜ』

 わたしはペンを取ります。

 魔女さんと出会って、先生に嘘をついて、イラッとして、空を飛んで、恋の話をして……この二日間は、すごいことと普通のことを交互にやった気がします。

 今のわたしが、先輩に伝えられること。

 書かなきゃ。今のわたしが。迷ったあとの未来のわたしじゃなくて、今。


 翌日。手紙を書き終えたわたしは、学校の先生に相談して園芸部の活動頻度と時間を教えてもらうことにしました。表向きの理由は『園芸部に興味があるから』です。嘘……ではない、と思います。園芸に興味がないだけで、園芸部の人には興味がありますから。

 それに、魔女さんに協力してもらっておいて自分から動かないのは、やっぱりなしだと思ったのです。



 そして、

「そういえば、手紙持ってきた?」

「はいっ」

 夏休みも終わりかけの晴れた午前、わたしと魔女さんは校門前に立っていました。

 先生に聞いたところによると、今日は早朝から園芸部の植え替え作業があるようで、それはお昼かお昼前くらいに終わる作業だそうです。

 なので、先輩に差し入れの飲み物と一緒に手紙を渡せたら……と、そういう計画です。少し早めに集まったので、今はちょっとだけ『待ち』です。

「中学って飲み物水筒だっけ?」

 魔女さんに聞かれて、わたしは首を横に振ります。

「夏既刊の休日活動なら、ペットボトルでも大丈夫です。忘れ物をしたとき、緊急用のお金だけ持ってたら買えるようにって」

 熱中症対策です。わたしたちが住んでいる地域は全国的に見ると涼しい方みたいですけど、それでも年々暑くなっているのです。

 わたしは忘れ物の有無を確認するように、スクールバッグからペットボトルのお茶とスポーツドリンクとリンゴジュースとお水と、それから手紙を順々に取り出します。

「多くね……?」

 やや引き気味の魔女さんに言われてしまったので、わたしは弁明するように言います。

「せ、先輩が何好きで、何飲めないか……わからなかったので」

 言いながら飲み物を鞄に戻して、手紙だけを手に残して、そっと輪郭をなぞります。封筒にもしっかりと、先輩の名前とわたしの名前が書いてあります。

「なるほど。……それで、それが清書した手紙?」

 いつの間にか脱いだ帽子でわたしの頭の上に影を作ってくれていた魔女さんに聞かれて、わたしは大きく頷きます。

「はい」

 そしてお礼も言おうとして、でも先に次の言葉を言われてしまいます。

「満足行くの書けた?」

 わたしは、しっかりと封をした手紙の感触を指で感じ取りながら、魔女さんの優しい顔に応えます。

「はい!」

「よし」

 魔女さんはニッと笑ってくれました。

 わたしは嬉しくなって魔女さんの方を見て、手のひらが目に入ってふと気づきました。

「そういえば、魔方陣はまだ書いてないんですね」

「ああー、消えちゃうと困るからね。一応油性ペン持ってきたけど、もうちょっとしたら書こうかなって」

 手のひらに何も書いてない魔女さんは、ポケットから取り出したペンを弄んで、それからすっと戻しました。

 そのとき、丁度使い魔さんが学校内から戻ってきました。

「まだしばらくは作業の後片づけの方が終わらなそうだね」

 使い魔さんはそう言いながら、さり気なく魔女さんのスカートの日陰に入ります。

「どうしよ……わたしちょっとトイレ借りたいな」

 魔女さんは、使い魔さんを脚で追い払いながら言いました。態度がしんらつです。

「じゃあ、もう校内に入っちゃいましょうか」

 今日の魔女さんと使い魔さんのことは、学校には『部活見学の付き添い』ということにして、事前に伝えてあります。

 だからわたしたちはまず校舎内に入る手続きだけ済ませて(魔女さんは簡単だって驚いていました)、校内に入りました。

 魔女さんがトイレに入って、わたしは学校の廊下で初めて使い魔さんとふたり?きりになります。

「あの……暑い、ですね?」

 気まずくて話題を探すわたしに、使い魔さんはゆっくりと瞬きをします。

「気を遣うでないよ。どんなにお喋りできても私は所詮猫だからね」

 どこまで冗句なのかわかりません。

 だからわたしは余計に悩んで、トイレから離れすぎない範囲で校内の話をしようとします。

 迂闊にも、手紙を手に持ったままで。

「あ、そういえばこっちの廊下ずーっと行ったところを上がると美術部があるんですけど、そこの部長がよく猫をモチーフにしてるんですよ。あと、あっちの後者の天文学部の友達が……」

 取り留めない話題を、無駄に大きな身振りで伝える、その拍子、油断した迂闊なわたしの手から、ひらりと手紙が舞いました。

「あ」

 それを目で追った先。女子トイレより手前にある、男子トイレの前。

「あ!」

 そのとき、丁度男子トイレの扉を開けて、先輩その人が現れたのです。

 先輩はまず手紙に気付いて、しゃがんで丁寧に拾って、それからわたしと使い魔さんを見ました。

「あ……どうも」

 先輩はやや猫背気味の背を更にちょっと丸める小さな会釈をぺこっと二回して、それからわたしに言います。

「落としたよ」

 先輩は封筒をわたしに差し出しながら、はたと気づいた様子を見せます。

「あれ、これ、俺の名前……?」

 先輩はぶ厚い眼鏡フレームと前髪に表情を隠したまま、口元には目立った感情の動きを見せないまま、淡く首を傾げました。

 先輩はその手紙が何なのか、本気でよくわかっていない様子です。それはそうです。封を切ってもいない手紙で、わたししか中身を知らない手紙です。

 先輩は半袖の夏の制服を着ていて、麦わら帽子をあごひもで引っかけて背中に垂らした姿で、土汚れが取られている手には先生方が使うような鍵が握られています。

 先輩は、先輩は、先輩は…………先輩はレンズ越しにわたしを見ています。

「せ、せんぱい……」

 先輩はうろたえるわたしをしばらく見てから、ちょっと相好を崩します。

「ああ、去年の文化祭の子か。何か、用事だった?」

 先輩は小さめの歩幅でゆっくりとわたしに近づいてきます。

「あ……えっと……先輩、あの、去年のとき……」

 先輩は拙く詰まり気味のわたしの言葉のことを待ってくれています。

 だからわたしはちゃんと言わなきゃという気持ちだけを大きく、大きく膨らませていってしまいました!

「た、助けてくれて、かっこよくて、素敵で、わたしっ、先輩のことが……先輩のことが好きです!」

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