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第二十六話 『夏の昼の夢』その5

「えぇっ、いいけど……ええぇ…………わたしにできるかな……」

 わたしの申し出に、魔女さんはちょっと照れて、それから言います。

「こういうの、お友達とかには相談してないの?」

「はい」

 わたしは即答しました。理由だってすぐに言えます。

「先輩のことが好きなのもずっと、秘密にしてます。もしも、もしもですけど、からかわれたら……って」

「ああ……中学生だもんね」

 その光景を想像したのか魔女さんが言いますが、わたしはもう一歩踏み込むためにかぶりを振ります。

「からかわれたら、わたしはきっと嫌な気持ちになります。そんな嫌な気持ちが重なったせいで、先輩への気持ちが霞んじゃったら……それが、いちばんいやです」

 こんなこと、初めて話しました。

 そんなわたしに、使い魔さんは余裕たっぷりに言います。

「おや、そんなに曖昧な恋なのかい、お前の気持ちは」

 わたしは、その言葉に、べつに傷つきませんでした。

 顎を引いて、ただはっきりと答えます。

「自分でも、不安定で気が変わりやすい年頃なのはわかってるんです。だからこそ、ちっちゃい火みたいな気持ちを大切に、先輩に渡すまで、守ってたいんです」

 わたしのある意味での告白に、魔女さんはちょっと顔を赤くして言います。

「わたしたちには、手伝わせて平気……なの?」

 わたしは、もう一度はっきりと頷きます。

 友達にも親にも言えない、気持ちの芯。人間関係というものの外側で出会った魔女さんたちだから、相談出来ると思ったんです。

「魔女さんたちになら」

 わたしは、俯きがちだった視線を上げて、少しだけ背の高い魔女さんのことを、はっきり見つめました。



 その後、手紙の続きを書くために、わたしたちはしきりなおしをすることにしました。

 魔女さんはずいぶんと遠くから来ているみたいでしたけど、箒でひとっ飛びすればそんなに遠くないらしいです。箒ってすごいです。

 でも、もしそれが大嘘で来るの自体は大変でもわたしにはわからないので、あまり言葉に甘えておくのも違うかもしれません。つまり、渡す段になってうだうだするのは、はじめからなしということです。

 それで、次の日、わたしと魔女さんは二人きりで、ショッピングモール内のファーストフード店にいました。

「使い魔さんは今日はいないんですか?」

「お店に連れて入れないからね」

 ポテトとシェイクを味わいながら魔女さんが言いました。わたしも同じものを奢られて(いいからいいからって奢られてしまいました……)、一口齧ります。

「それで、手紙で迷ってるのは……?」

 魔女さんの質問に、わたしは書きかけのラブレターを見せます。ついでにシャーペンも出しておきました。

「全体的にこれでいいかなっていうのと、ちゃんと好…………き、気持ちが、伝わる文章が思いつかなくて……」

 季節に似合わない桜の便箋の上に、わたしの丸い字が並んでいます。

 差し出されたラブレターを手に取ろうとして、魔女さんは油のついた指先を紙ナプキンで必死に拭きだしました。

 わたしははたと気づいて付け足します。

「あ、もうこれ、下書きにしちゃうので、いいですよ」

「そう?」

 魔女さんはそう言って、わたしの手紙を手に取って目を滑らせます。

 何秒くらい読まれているでしょうか。きっと数秒だったと思うんですが、心臓に悪すぎて十分くらい見られていたような体感です。

 ややあって、魔女さんは顔を上げて言います。

「綺麗な手紙だね」

「そ、そうですか……?」

 頬が熱くてたまりません。見られたことも褒められたことも、それぞれちょっとずつ別の角度からわたしの頬の温度を上げてきます。

「うん」

 魔女さんは微笑んで、肘をつきます。

「自分で読み返してそう思わん?」

 そして、下書きになった手紙をわたしの前に広げました。

 わたしは、改めて他人の手の中にある自分の手紙を読みます。

『拝啓 夏の盛りも過ぎ去って、秋の風を待つ今日この頃、先輩は去年のことを覚えていますか?

 私は去年の文化祭で助けてもらった一年生です。今は二年生になりました。

 さて、急に驚かせてしまったかもしれませんが、伝えたいことがあって筆を取りました。』

 ここで手紙は途切れています。この次の行、なんていって気持ちを伝えようかで、わたしは悩んでいるのです。

 この手紙は綺麗なんでしょうか。……逆に、綺麗すぎてきもちとちぐはぐだから書けないってこともあるかもしれません。

 眉間に力が入るわたしに、魔女さんは言います。

「でも、ずいぶんきっちりした手紙書くんだな。ラブレターを拝啓から書き出すのって最近流行ってる?」

「それが……手紙の書き方がわからなくて……。普通はなんて書くんでしょう」

 やっぱり、『拝啓』から入るのは普通のラブレターではなかったみたいです。そんな気はしました。よく考えたら漫画とかでも見たことないです。でもどこまで崩していいのかは相変わらずよくわからないです。

「うーん、『なんとかかんとかへ』で、好きなこと書いて、『なんとかかんとかより』くらいしか知らないんだよね。あとは国語の授業で『前略』はやったっけなぁ。でもどっちでもいいと思うよ」

 魔女さんの答えにわたしはうぐっと喉を詰まらせます。

 それに気づいたのか、魔女さんは言い直しました。

「つまり、どっちもいいと思うよってこと。それより中身が大事。伝わるかどうかが一番大事っ」

 気持ちを伝える。それが一番の趣旨なのは確かです。でも……

「中身……先輩のこと……」

 考え込むわたしと、魔女さんは一緒に悩んでくれます。ポテトをがじがじ吸い込むように食べながら考えている魔女さんは、まるで食い意地のはった小動物みたいで可愛らしいです。

 わたしもつられてポテトをがじがじと食べていきますが、口の中がぱさぱさになってきて、すぐやめました。……すごい、魔女さんまだポテトが止まらない。

 魔女さんは、ややあって、ぱっと明るく顔を上げます。

「あ、そうだ、先輩のこと聞かせてよ。わたしはどんな人か知らないし」

 たしかにそうです。魔女さんはわたしが好きな先輩がどんな人なのかも、わたしと先輩の間で起こったことも知らないのです。

 わたしは、お店の中を軽く見回しました。ほどよく混んでいて、同じ学校の子も見当たらないので、盗み聞きの心配は多分ありません。この辺りで遊ぶ場所といえばこのショッピングモールくらいなので、みんな夏休みで遠出しているのかもしれません。

 わたしは、なんの気もなさそうにポテトをかじる魔女さんに、ぽつりぽつりと話し始めました。


 先輩は、園芸部に所属する大人しい生徒です。見るかぎり、園芸部は彼以外いないので、ひとりで活動しています。

 ふちが厚い眼鏡で表情がわかりづらくて、声が小さくて猫背だけど、意外と力持ち。

 そして、

「誰かに声をかけるとか、そういうの、いつでも誰でもうまくできるわけじゃない、し。気づかないことも……どっちも、あることだよ」

 穏やかなままで毅然としていられる芯の強さがある、広い背中の先輩。

 わたしの好きな人は、そんな人です。

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