大きな期待を抱いてしまったせいでしょうか。
わたしは思わず少し泣いてしまいました。自分でもびっくりです。
「わ、わー、ごめん! 話の流れがゴチャっちゃったせいだな! たぶんわたしのせい」
魔女さんは大慌てです。
「だいたいはる來のせいだね」
使い魔さんは魔女さんに追い打ちをかけました。仲がいいからそうしていることも見ればわかりますが、原因になってしまったわたしからすればたまったものではありません。
わたしのせいで……という気持ちと、なんでこんな口げんかなんかに……という気持ちでお腹がぐるぐるします。
そうした気持ちを一言で表すと『イチャつくな』でした。申し訳なさから出てきたはずの気持ちが攻撃的です。謙虚でいられません。ちょっとイヤです。
などと余計なことを考えていたら涙も引っ込みました。それを機にわたしは、会話を続けていた一人と一匹の間に入り込みます。
「あの、大丈夫です! 大丈夫なのでっ。他になにか、ほうほう、一緒に考えてください!」
書きかけのラブレターが入ったカバンを両手でぎゅっと握りしめて、わたしは必死です。
さっき、確かに運命だと思ったんです。物語のような。
だったらやっぱり、わたしも、物語の主人公たちみたいに、希望を捨てずにがんばらないといけないのです。きっと。
「お願いします」
わたしはさらにぺこりと頭を下げます。口げんかになっていた魔女さんと使い魔さんはもうクールダウンしていたようでした。
魔女さんは少し気まずそうに頬を掻いていて、使い魔さんはゆっくりまばたきをすると、ぽつりと言います。
「……悪かったね、私の悪癖が出た」
「いえ」
わたしはかぶりを振ります。
魔女さんは何故か、すごい勢いで使い魔さんを二度見していました。もしかしたら使い魔さん、普段はこんな風にすぐに非をみとめるタイプじゃないのかもしれません。ねこってなんとなく気まぐれなイメージがありますし。
魔女さんはごほんとわかりやすく咳払いして、言います。
「じゃ、じゃあ状況整理とこれからの作戦会議! ……と行きたいけど、どっか移動しない? 立ち話もなんだし」
そんな魔女さんの提案には、悩ましいところがふたつありました。
「あの、わたしお財布持ってないです。あと、家も……いろいろあるショッピングモールも、ちょっと遠くて、学校挟んで反対側です」
そう、学校がある場所は、駅寄りのショッピングモールと、山の方まで行ってしまうわたしの家の中間。しかも、どちらに向かうにしろ遠いのです。
「お財布は気にしなくてよしっ。それに――」
魔女さんはにやっと笑いました。
「きゃーっ!」
あ、これはわたしの声です。
悲鳴のような響きで口から漏れ出ていますが、一応歓声のたぐいのはずです。
わたしは今、箒の後ろに乗せてもらって、自転車よりも早く空中を滑っています。地面からは2メートルくらいでしょうか、それでも、それでもすごい!
「飛ばしすぎた?」
「だ、大丈夫です。すごい。すごいすごい」
心配してくれる魔女さんに、わたしははしゃぐ言葉が止まらなくなってしまいます。
「重いスーツケースぶら下げて飛んだ経験が活きてよかったよ。お尻痛くない?」
魔女さんに聞かれて、しがみつくのに必死だったわたしは改めてそこを意識します。
「い、痛くないです!」
確かに、痛くないです。よく考えたら箒の柄一本に体重が掛かったら色々痛そうなのに、なんともない。何かしているんでしょうか?
その疑問を魔女さんにぶつければいいのかなとも思いますが、なんて言って聞こうか迷って、結局わたしは何も言いません。
でも、お喋りを始めなくてよかったかもしれません。
だって、本当にひとっ飛びでショッピングモールに着いちゃったんですから!
……わたしが夢中だっただけといえばそうかもしれないんですけど。
ショッピングモールの公園に降り立ったわたしたちは、一階にあったたこ焼き屋さんの屋台で飲食物を確保して、店外のベンチに座りました。
使い魔さんが入れないそうなので、外です。でも日影を確保できたのと、ミストを撒く機械が頭の上で動いているので、涼しいです。
わたしたちはひとまずたこ焼きをいくつか口にして、それから話しをはじめました。
「提案なんだけどさ……ひとまず、まず最初に告白してみるっていうのはどう?」
「えっ」
わたしは魔女さんの大胆な提案に目を白黒させます。……目を白黒って見た目のことだったっけ。少なくとも、気持ちとしては白黒させました。
「ほら、告白するとなったら、呼び出すじゃん? 近づくじゃん? ちょっと話して、少しくらいは考えたりするじゃん? で、時間確保と」
どうよ、と魔女さんはドヤ顔ですが、わたしはそう上手く行くとは思えません。
「で、でも、返事がノーだったら、その後何度も会ったとき、ただ気まずいじゃないですか」
「それは大丈夫。あんまり詳しく説明してなかったんだけど、縁なんて不確かなものを扱う上に簡易的な魔法だから、いろんな意味で弱いんだ」
弱い……? よく意味がわからないわたしに、魔女さんは割りばしで開いたたこ焼きを半分口に入れて、また木の棒を拾って地面に何か書き始めます。
「そ。魔法を魔女がぶつけるんだけど……」
書かれたのは、三人の棒人間。一人だけ魔女帽子を被っています。そして、魔女帽子の棒人間の手から、ひとりの棒人間にビームが放たれています。
「この、」
ビームを当てられた棒人間に、魔女さんは丸をします。
「当てられた人が、相手との縁を望んでないといけないんだ」
「へぇ……」
知りませんでした。そんな条件がつくことがあるなんて。面白いです。
「今回の場合、きみに魔法を当てることになると思う。そのときに……」
魔女さんは、ビームが当たっている棒人間の胴体にばってんの印をつけます。
「当てられた人が望んでいなければ、魔法は失敗。何も起きないってわけ」
そして、感心するばかりのわたしの顔を覗き込んで言います。
「どう? これなら安心じゃない?」
「は、はい」
わたしは反射的に首肯してから、ちょっと考えて感想を言います。
「その……本当にかんたん? なんですね。教科書だと、有名な魔方陣がいくつか紹介されてたんですけど……どれもむずかしそうでした」
すると魔女さんはちょっとだけ得意げに木の棒を捨てて言います。
「今回に限っては魔女がやることは少ないよ。熟練の魔女なら、ただ箒か杖をかざして、念じるだけ。わたしは補助の魔方陣を手のひらに書いとくくらいした方がいいかなぁ。家で練習してみたけど、この魔法、狙いが逸れやすいんだよね」
「狙いが逸れやすい」
思わず復唱したわたしに、使い魔さんが足元で言います。
「そうさ。特にはる來はまだまだだからね。補助をつけないと危なっかしい」
なんとなくですが、使い魔さんの方が魔女さんよりも先輩のようです。いいえ、物語に出てくる魔女っ子のお話なんかでいったら――
「使い魔さんって、魔女さんの『お目付け役』みたいですね」
わたしは思わず言いました。
すると、使い魔さんは『ねこって肉食なんだなぁ』って感じに大きく口を開けて、大笑いしました。
「はははっ、まあ、当たらずとも遠からずだよ。私はこの子の先代にあたる魔女の使い魔だったからね」
魔女さんは頭を掻いて、冷ましたたこ焼きをひとかけら飲み込んでから言います。
「経験浅くてごめんね」
「いえ……」
何もしてないわたしのために骨を折ってくれる魔女さんに、文句なんかあるわけがありません。
ビームっぽい魔法なのは、こう……ロマンティックさがすくないなぁとは思いましたけど。
わたしは食べ忘れていたたこ焼きを一つ頬張って、飲み込んでから、打ち明けます。
「あの……わたし、その……ラブレターで気持ちを伝えようと、思ってて……。でも、半分くらいしか書けてないんです」
それから、わたしなりに大胆な提案をします。
「お手紙、書くところから、手伝ってもらえませんか?」