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第二十四話 『夏の昼の夢』その3

 わたしは一呼吸置いて、すっと手を挙げました。

「わたしが、そうです」

 言ってから、『告白を阻止しないと火山が噴火しちゃう』とか言われたらどうしようと思いましたが、そんなこと今思ったって仕方がありません。言われてから抵抗すればいいのです。…………それはそれで漫画みたいですね。

 そこまで考えてから、わたしははたと気づいて、自分の名前と、二年生であることも伝えておきました。

 挨拶で下げた頭を上げたわたしに、魔女さんは言います。

「じゃあわたしと三つしか違わないな。丁寧にありがとう、」

 それからわたしの名前をちゃん付けで呼んで、続けます。

「告白予定あるってことだし、ちょっと詳しい話していい?」

「はい。その…………わからないので一旦聞きます」

「それもそうだ」

 わたしの返事に、魔女さんはたははと笑いました。なんというか、お互いに距離を測りかねている気がします。

 そんなわたしたちの足元にいる使い魔さんが、尻尾でわたしの足に触れて注意を引いてから言います。

「人がいない場所かどこかないのかい? 学校の外でもいいけど、また先生が来たら面倒だろう」

「そっちもそうだわ」

 魔女さんが言って、わたしもこくこくと頷きました。


 そしてわたしたちは図書室から出て、人気ひとけのない場所を求めて、校舎の脇にある駐輪場の近くに落ち着きました。

 駐輪場のすぐ横には別棟になっている校舎同士に隙間があって、そこが日陰でひんやりしていて、ちょうどよかったのです。それにここなら、職員室で許可を取っていない保護者もよく入ってきます。ほんとうはいけないことらしいんですが、慣例的にそうなっているということで、多分見咎められてもそんなに怒られません。

 ほっと落ち着いたところで、魔女さんが改めて口火を切りました。

「じゃあ、まずわたしの事情ね。今、わたしの……先代にあたる魔女が、ここで叶えてなかった依頼が残ってるんだ。それが、」

 説明の途中、魔女さんは斜めがけの小さな鞄から、手のひらサイズの手帳を出して開きました。それから、わたしの目に飛び込んできたものと同じ内容を口にします。

「この『××県にある◯◯中学の学生に一度だけ縁結びの魔法を使ってください。』ってやつ。ここの卒業生がさ……まあ色々あったらしくて、まだ見ぬ後輩の恋のお手伝いをしてほしいって依頼したんだと」

 魔女さんはそこまで言うと手帳を鞄に仕舞います。

「依頼の報酬はもうジュリョウズミらしいし、対価も特にいらないし、平たく言うと恋のキューピッドが空から降ってきた感じだな」

 お話ししてもらいながら、わたしは途中の単語の意味が捉えられません。耳馴染みがない言葉です。

「じゅりょ、うずみ? ってなんですか?」

 わたしが聞くと、魔女さんはあっと気づいた顔をして、地面に木の枝で漢字を書きます。

「字面で伝わるかな?」

『受領済み』

 ああ、受領。あまり耳では聞かないけど、お使いか何かで見た領収書か何かで見たことがありました。記憶はあやふやですが、なんとなく意味はわかります。

「わかります」

 わたしが頷くと、魔女さんはほっとした顔をしてニッと笑います。

「賢くて助かる」

 わたしはぽっと照れてしまいます。わたしは部活にも入っていないので、お母さんやおばさん以外年上のお姉さんに褒められる機会なんて滅多にありませんから。

「ともかく、きみが嫌じゃなければ恋のお手伝いをしたいところなんだけど、どう?」

 魔女さんはつばの広い帽子を避けるように角度をつけたポーズで、俯きがちなわたしと目線を合わせてくれます。

「あの、いいですか?」

 わたしは軽く挙手して言います。

「さっき言ってた縁結びの魔法って、どんな魔法ですか? ……あの、相手の気持ちまで、変えたりするのかなぁって……」

 そこは重要です。キューピッドの矢に射られたり、惚れ薬をまぶたに塗られたりしたみたいに気持ちが大きく変わってしまったら、それは『その人』なのか、わたしには判断できません。

 そこまでしていいのか、というのもあります。倫理というものです。

 目の前の魔女さんは普通の都会のお姉さんに見えるけど、魔女です。わたしとは感覚が違うかもしれないのです。

 すると、魔女さんは少しきょとんと考えてから、少し顔を赤くして言います。

「うわー説明不足恥ずかしい」

 使い魔さんはちょっと呆れた調子ですが、魔法の説明はそのまま魔女さんがしてくれました。

「今回使う『縁結びの魔法』っていうのは、本当にちょっとだけ縁を掬ってきて結ぶだけの魔法。気持ちにはノータッチだし、運命も大きくは変えられない」

 そこで、魔女さんは『期待はずれならごめんね』という言葉を挟んで、更に続けます。

「それで、具体的にどういうことが起こる魔法かというと――『偶然に会う機会』ってやつを少し作れるんだ。あんまり生活圏遠いと無理だけど、同じ学校内ですごしている同士なら、会う機会はすごく増えるよ」

 思っていたよりずっと“縁結び”です。

 わたしはその魔法を使っていただいたときの自分を想像しながら話します。

「その魔法で近づく機会を作っていただいて、それのどこかいいタイミングで告白すればいいってことなんですね」

 夢みたいです。

 最近調べたもので、『単純接触効果』というものもあります。人間は接する機会が多い存在になんとなく好意を抱くという効果のことだそうです。

 もしかしたら、先輩もわたしのこと、少しくらいは好きになってくれるかもしれません。そうしたら、おつきあいできる可能性も……もしかしたら、あるかもしれません。

 わたしは考えてもいなかった可能性の浮上で完全に浮き足立ってしまいました。

 魔女さんもわたしの言葉にそうそうと頷いてくれています。しかし、使い魔さんが言葉を挟みます。

「ただ、魔法を掛けるときには両者の距離が一メートル以内である必要があるからね。十秒ちょっとくらいか、雑談でもしながら引き止めとくれ」

「えっ」

 わたしは凍りつきました。

「あら」

 魔女さんがその様子に気づいて、こちらの表情を窺ってきます。

「それ……は、無理かもしれないです……」

 思わず、泣きそうな声が出てしまいました。

 だって、

「実は、その……去年一度だけ助けてくれた先輩で……そのあと一度もお話しできてないんです」

 先輩は、委員会も部活も違う、寡黙な男子生徒。わたしとは全くかかわりがないのです!

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