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第二十二話 『夏の昼の夢』その1

『××県にある◯◯中学の学生に一度だけ縁結びの魔法を使ってください。』

 魔女の予定帖のそのページには、魔女とは違う筆跡の字が書かれていた。丸っこくて小さくて薄い、気の小さな女学生って感じの字だ。

 そこに向けて矢印をつけて、魔女の字が続いている。

『この依頼そのうちやる。無期限。』

 無期限。

 いい加減、魔女のいい加減さと先送り癖に慣れてきたわたしは、まずローエンに確認する。

「はる來ちゃんから質問。この中学ってまだある?」

「それは調べないとわからないが、それの件なら私も少し付き合ったから覚えてるよ。確か五年くらい前じゃないかい」

 ローエンは毛づくろいをしながら答える。言ってることは全くその通りだけど、今日も黒い毛玉じみた丸まり方だ、うちの使い魔は。

 わたしはスマホを取り出して、県名と中学の名前で調べる。すぐに公式サイトが出てきて、そこには今年の夏休みの登校日や、二学期が始まる日まで書いてあった。寒い地方だけあって、夏休みが短い。そして登校日が近い。

「まだあった。うーん、わたしの夏休みが終わる前に行っとこうかなぁ」

 わたしの独り言みたいな言い草に、ローエンは人語で話すのも面倒になってきたのか、眠そうにニャアと答えた。

 魔女がのこした予定の消化に少し慣れてきたわたしに課せられた次の予定は、不特定単数の中学生のための、ささやかな依頼だった。



 その日わたしが電車を降りたのは、普段暮らしているところと比べるとかなり北の方の大地だ。だいぶ田舎で、駅の改札も無人だった。

 わたしは駅の前で長くて癖のある髪を解いてウィッチハットを被ると、真夏にしては涼しい気候に合わせて、薄手の上着を軽く羽織る。地上にいるうちはいいとしても、高く飛び上がれば肌寒さくらいは感じそうだった。

 飛ぶ準備を済ませたわたしは、箒に足を引っ掛けて軽く飛び上がってから、ふわりと跨る。ここ数日この乗り方がマイブーム。

「お前ね、そんなことしてて股を打つと痛いよ」

 わたしは、地上低めに浮かせた箒の穂先に飛び乗ったローエンに振り向く。

「えぇー……体ごとふわっと浮かせる練習兼ねてるんだぞ。それこそ手とか尻とかの負担を減らすれんしゅー」

 一応、わたしなりに筋の通った言い分のつもりだ。

 箒に乗り方には、当たり前のように『自分の体を軽くする』という要素が含まれるが、体単体でふわっとさせる感覚だって、覚えた方が負担も減らしやすいだろう。

 しかし、ローエンはわたしの言い分を否定する。

「魔女が昔それで股間を強打してね。いつのまにか人間の男になってたんじゃないかってくらい悶絶してたよ。女でも相当痛いそうだ」

「ひえっ」

 わたしはさっと青ざめる。

 そういえば小学生だった頃、鉄棒を綱に見立てて綱わたりごっこをしていた上級生が救急車で運ばれたという話を聞いたことがあった。確かあれも女子だったはずだ。

「ヤメトキマス」

「賢明だね」

 ガクブルと弱気な声で言い分を撤回したわたしに、ローエンは先生みたいな口調で返した。

 魔女としてのあれこれで病院沙汰になるのは流石に情けなさすぎる。

 わたしは一通り怯えたあと、気を取り直して依頼消化の予定がある中学校へ向かう。結構山の方にあって、駅から箒で一時間ほどのところにある。バスに乗ればもっと近くまで行けたのだが、いかんせん本数が少なすぎた。

 このまま何事もなく飛んで行ければ、着く頃にはお昼前。登校日を終えた生徒たちの様子を見ておくことが出来る。運がよければ恋する中学生も見つかるかもしれない。

「でもさあ、あの中学の学生に縁結びの魔法ーって言ったって、条件緩すぎて逆にわけわかんないよなぁ」

 飛びながらわたしがぼやくと、ローエンはわたしの背中に言う。

「それなら単純さ。はる來は『恩人にそのまま恩を返すより、次の世代に還元する』って考え方はわかるね?」

「ああ、そりゃな」

 わたしは短く返しながら、風の中にこっそりため息を落として、魔女の言葉を思い出す。

『わたしに申し訳ないならわたしのこの手帖にある予定を全部消化して。わたしに恩義を感じているなら、それは他の人に返して。両方なら……両方やっちゃえ!』

 やっちゃえ、は軽すぎだろ。

 過去に心でツッコミを入れるわたしに、ローエンは話を続ける。

「以前あの中学には、卒業する先輩へのラブレター作りで他の先輩たちの世話になった女子がいたんだ。そして、先輩たちには『お礼なら、卒業までに次の後輩ちゃんにしてあげて』と言われていた。でもねぇ……」

 淡々と話していたはずのローエンは、途中でやれやれと、でっけえため息を交える。

「そいつはすごく人見知りというか……俗に言うコミュ障ってやつでね……後輩の恋の面倒を見てやる機会なんか作れなかったのさ」

「わぁ…………。先輩には可愛がられてたのに?」

 わたしが疑問を挟むと、ローエンはサクッと答える。

「あまり人に関わりに行けない代わりに、後輩の何人かには逆に可愛がられていたみたいだよ」

「そういうタイプの人かぁ~」

 わたしは知らない女子中学生を頭に浮かべる。大人しめのコミュ障で害がないタイプなら、そういうポジションに落ち着きがちってこともあるだろう。

 既にほとんど納得してきているわたしに、ローエンは一応は話を続けてくれる。

「だからね、『その子が卒業までできなかった後輩の恋の世話を頼まれた』と、魔女は言っていたよ。あいつ、『コミュ障同士で共感出来すぎて全米が泣いたから引き受けちゃったぜ!』とも言ってたけど、知らない中学生に声を掛けて回るなんて土台無理で、結局後回しにされたんだったね」

 というか、途中から魔女の悪口で饒舌になっていた。魔女も魔女で欠点が面白おかしすぎるんだけど。

「じゃあ本当にあの中学の学生の恋を応援するような縁結びなら何でもいいってわけか」

 わたしは総括しながら、先生方やら片親同士の保護者やらに恋の気配があったとしても無駄なんだなぁとも考える。まあ、登校日に保護者はいないだろうけど。

 と、会話しながら飛んでいたわたしたちに、いつの間にか黒い影とゴロゴロ音が迫っていた。

「え、わ、待ってうそ!?」

 ゲリラ豪雨の雲だ。お喋りに夢中すぎたのかアハ体験みたいな感じで気づかなかったのか、もうほぼ頭上を覆っている。 

 わたしは慌てて高度を下げてスピードを上げる。けど、雲はわたしたちの進行方向の横っ面から迫っていて、あんまり逃げれてない。

「どうしよ」

「あそこにバス停の待合所があるよ!」

 ローエンが前足で少し進んだところの下にある小さな小屋を指す。

 わたしは慌てて、その中に逃げ込んだ。


     *       *       *


 魔女さんにそんな経緯があったとはつゆ知らず、わたしはその日、放課後は図書室に居残ろうときめました。

 このにわか雨が止めば、学校に残る生徒なんてほとんどいなくなります。

 そうしたら、ゆっくりラブレターを書くことができますから。

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