この間バズった切り抜きがね、「インタビューの一幕の割には一人で喋りすぎじゃない?」ってネタにされてるみたいなので、今日は短く答えようかな。
……って決意した日に限って普通にフリートークの時間設けられるのは一体なんなんだろうね。普通画家なんかにフリートーク任せたら大事故なのに。
えぇと、今回ちょっとお騒がせしちゃったんだけど、展覧会は予定通り開催できるってことで……まずは、とても有難いです。ありがとうございます。
場所自体も元々すごくいいところだし、照明とか並べ方とか、スタッフさんの協力でいい感じの空間にできたと思うので、楽しみにしててね。
あと、個人的には売店で売ってた焼き菓子が何より気に入ったので、みんなも買って食べてほしい。あれは本当に美味い。びっくりした。
――――と、同席者一同にひと笑い起きたところで、フリートークの切り抜き動画は終わった。
わたしは、夏の数日間を共に過ごした人物の顔を改めて眺める。改めて、本当に有名人だったんだなぁと思う。
「はる來、この駅だよ」
「うん」
ローエンに言われて、わたしは鞄を肩に掛け直しながら電車を出る。風が吹くと流石に少し肌寒い。もう秋だし、カーディガンが薄手すぎたかも。
ローエンとわたし、一人と一匹で連れ立って駅を出て、少しだけ歩く。もう少し遠いイメージだったけど、かなりの駅近にその美術館はあった。
わたしたちは受付で、さそりから送られてきたチケットを提示する。
今日、本人はいない。最近も毎日絵を描いているからと、チケットだけ送ってきたのだ。
「事前に伺っております。ローエンさんは念のため服を着ていただきますが、こちらでご用意しますか?」
「いえ、先に聞いてたので持って来ました」
受付係の案内に従って、わたしは鞄の中に用意していた合羽のようなフード付きの服をローエンに着せる。猫の毛は人の毛よりも細かくて、万が一舞うと大変だからだ。
使い魔は普通の動物と違ってそういうのはある程度、自分の魔法でコントロールできる。特にアレルギー対策は昔の魔女と使い魔が頭を痛め続けてくれたお陰か、ほぼ完璧といえる。でも、抜け毛だけは若干すり抜けてしまうらしいのだ。
「かわ……あ、すみません。どうぞお入りください」
受付係は服を着せられたローエンを見て『可愛い』と言い掛けてから順路をさし示してくれた。耳まで仕舞われて顔以外ほぼ全身覆われたローエンは不服そうだ。
「大丈夫、かっこいいよ、多分」
「思ってないことを言うんじゃないよ」
わたしの心にもない言葉を見透かしたローエンは、珍しく威嚇顔をわたしに向ける。結構本気で気に入らないみたいだ。
とはいえ喧嘩しに来たわけじゃない。わたしはローエンにことわって、イヤホンで音楽を流しながら順路通りに絵を見ていく。
イヤホンの中で流れる音源ファイルとプレイリストは、さそりにもらったものだ。
展覧会の絵の中には、顔の部分が削り取られたように消失した絵が何枚か混じっている。やはり気になるのか、それとも、込められた想いの深さは残っているからなのか、そうした絵には立ち止まっている人が多かった。
わたしは消失した顔の持ち主の歌声を聴きながら、さそりが描き出す世界に浸る。
さそりがくれた音源ファイルとプレイリストには、さそりの想い人が歌ったものだけが詰められていた。
さそりの絵とその想い人の歌は、同時に見聞きするには合わないような、合っているような。視覚と聴覚では世界が違いすぎて、綺麗な共鳴があるかどうかすらわからない。特にわたしにはそういう知見もないし。
だけど、悪くないとは思った。
わたしと、裸になったローエン(この言い方するとやや卑猥だな?)が美術館を出ると、駅前には路上ライブをする青年がいた。
ギターを抱えて小型のアンプを携えた青年は、「ごめん今音でかかった!」とか言いながら、ほんのり声にエコーが乗るか乗らないかくらいの音量に調節し直している。路上ライブの人ってバカでかい音のイメージだったけど、やっぱり美術館の近くだと気を遣うんだろうか。
と、そこでわたしの耳元で流れていた歌声が終わる。プレイリストをやっと再生しきったみたいだ。
わたしは、タイミングがぴったりだったこともあって、青年の歌を一曲、聴いて帰ることにした。ローエンも別に反対するほどではないようで、黙ってわたしの隣で座った。
青年はわたし含めた数人のギャラリーにぺこっと頭を下げると、曲の前に喋り出す。
「実は僕ですね、この間彼女にフラれました。勝手にラブソングのモデルにしたら、『そういうのキッショいんだよ! 勝手に書くな!』ってね。まあ妥当なフラれ方です。いやでもすげえショックだったので……」
そこで、青年はへらっと笑う。
「そのときの気持ちを歌にしました。聴いてください。『フラれ歌うたい(仮)』!」
わたしは笑いながら青年の歌を聴く。ばかばかしくも切実で、なかなかに愉快な歌だった。九割方明日には忘れそうだけど、痛快さだけは持ち越せそうなくらいには。
「アーティストって連中はどうしてこうも身勝手なんだろうねぇ」
間奏中、ローエンはわたしに言った。
「身勝手じゃないやつに怒られるぞローエン」
わたしはそう簡単に言い返してから、少し考えて、もう少し話す。
「でも、みんな自分の想いで生きていくしかないんだから、大なり小なり勝手なもんだよ、きっと」
そして、折角なので最後に図星を突いておく。
「お前だって、魔女の似顔絵、じっと見てただろ」
「…………」
ローエンは言い返せなくて拗ねたのか、座りの姿勢から寝そべりの姿勢に崩れて毛繕いをしだした。
わたしは『身勝手なアーティスト』の一人である青年の歌声を聴きながら、さそりのことを思い出す。
さそりからチケットが送られてきたときには、音源とプレイリストの入ったUSBと――それから、二枚の絵が同封されていた。
絵はどちらも、ハガキ大の画用紙に鉛筆だけで描かれた簡素な人物画だ。
一枚はドジったり大笑いしたりだらけたりしている魔女がコミック調に描かれた絵。コミカルな分、魔女の長所だけじゃなく短所もよく現れているものだ。
ローエンはじっと見つめて離さなかったけど、多分魔女本人が見たら恥ずかしがって怒る。そっくりだけど、その上でものすごい顔してる魔女も含まれていたし。
そしてもう一枚は、女がこちらに笑いかけている絵。魔女と違って写実的な画風で、でもやっぱり簡素には違いなくて……えぇと、素描? ってやつに近い感じのものだ。
後者の絵は、サインのそばにタイトルらしき『かえる』という文字が書いてある。
さそりは変わらず、想い人を描き続けているのだ。
だけどこちらに笑いかけている女がかえるに例えられた『彼女』に似ているのかどうかは、わたしにもわからない。
あの日からもう、この世の誰にも永遠にわからないのだ。