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第十二話 『花嫁の通夜』その5

 結局、すず子さんの皿はすず子さんのもののまま、わたしの魔法で壊された。そのままだと副葬品にはちょっと大きすぎたからだ。

 ちょっとした破壊魔法だけなら日常魔法とそう変わらないから、対価は要らなかった。

 皿の裏の文字が明らかになった後、はつ江さんは、笑いが落ち着いてからぽつぽつと話してくれた。

「あの人ね、本当に本当に殆ど何も残さなかったの。可愛がってた孫の泰樹にすら、何も。そりゃ家族写真くらいはあるけどね。だから、何か一つくらい形見分けできるものを、分けて持っていたかったのよねえ……」

 泰樹さんはそんなはつ江さんに微笑んで言った。

「それも含めてばあちゃんだったってことですよ、母さん」

 そして、更に持ってきたすず子さんのノートを広げて見せてくれた。

 広げる前にチラっと見えたけどノートの表紙にまで『すず子のノート(死後なら見てよし)』と書いてあった。この『すず子の○○』という書き方は、すず子さんの生前からの癖だったのだろうか。

 ノートの中を見ると、そこには厳格な字でこう書かれていた。

『魔女が結婚祝いの皿を持ってきたら、それは私のものです。私の死後であっても誰にも譲りませんので悪しからず。』

 次の行には、結婚祝いをくれると言っておいてすっかり忘れているであろう魔女についても書いてあった。

『この村では魔女はすず子の友達です。絶対に私より親しくしないこと。』

 無茶苦茶な注文しやがる。でも、この場にいる誰もすず子さんに対して怒りや違和感を抱いてなんかなさそうだ。

 わたしとローエンは傍観者に過ぎないし、ここに集まった親類の四人は、みんなまた泣き笑いを浮かべているからだ。

 はつ江さんはややあって、涙を拭って、大きなため息をついて、そして言った。

「母さんったら。もうっ。どれくらい仲良くしてたかなんて知らないわよ、私」


 わたしはノートの検分と皿の破壊が終わってからは完全に部外者となったため、早々に屋敷を辞す。

 流石の夏でも、空はもう橙色に染まりきって、藍色を待つだけの時間になっていた。

 この時間からの帰宅となると、箒だけじゃ速度が足りない。つまり、電車賃がかかる。今はバイトもしてない学生身分には地味に痛い出費だ。

 涼しい風の中をすーっと軽く飛びながら、わたしは箒に吊るしたビニール袋をちらりと見下ろす。

「ありがたいけど……よかったのかな? こんなに」

 帰りの箒は行きより重い。何故ならおすそ分けのきゅうりとトマトを持たされてしまったから。

「いいじゃないか。みんな感謝してたろう?」

 箒の後ろ、穂先の定位置に乗ったローエンが言った。

 そう、わたしは実質お届け物してお届け物壊したくらいしかやってないのに、不釣り合いに思えるくらい感謝されてしまったのだ。

「まあね。でも見習いは報酬を受け取らないんだろ? なーんか脱法きぶんっていうか……」

 もにょもにょとわたしが続けると、ローエンははっきりと言う。

「魔法の報酬はね。はる來、なんて言って野菜を持たされたのか忘れたのかい?」

「忘れてねえよぉ。おつかいの駄賃と、あと……」

 わたしは言いながら思い出して、羞恥で首まで熱くさせる。

「別に何か言ってくれてもよかったのに、気を遣っていっしょうけんめい黙ってて、えらかったねって……」

 わたしってそんなに『がんばって黙ってます』感丸出しだったんだろうか。というかフツー思ってもそのまま言うか!? こちとら羞恥心全盛期こと思春期の女子高生だぞ!

 ローエンは何も言わない。何か言えと思ったけど、何なら言ってもらいたいのかわたしにもわからない。

「魔女なら似た状況に放り込まれても上手くやったんかな……」

 ぽつりと口にする。なんだかんだ齢二百歳を数えた魔女だったのだ。わたしなんかよりも田舎のジッチャンバッチャンとのやりとりも上手かったかも。

 すると、ちょっとおセンチに寄りすぎたわたしを、ローエンは笑い飛ばす。

「あいつなら迷って困って帰りたくなって木の棒倒して決めてるよ」

「うわぁ……」

 妙に鮮明に想像できて、わたしはなんとも言えない気持ちになってしまった。

 そこで話題は一旦尽きて、黙っているうちに下山も半分くらい済んだ。

 頃合いと見て、わたしは箒の飛ばし方を変える。ここまでは道と並行になるように下降しながら飛んでいたけど、ここからはまっすぐただ前へ、街の上空を飛べる高度で進んで行く。

 わたしは街を見下ろしながら、ふとくだらないことを思い出した。そうだそうだ、忘れていた。

「なあ、あの場で言ってもネタっていうかノリが伝わらなそうだから発言を差し控えた内容があるんだが……聞いてもらっていい?」

「なんだい」

 ローエンが聞き流す気満々の返事をしてくれた。こういうときのローエンは同調も反発もしないから、何言ってもよくて楽だ。

 わたしは、あの場の人たち――特に泰樹さん以外には絶対に伝わらなかったであろうインターネットスラングで、故人を評することにした。

 その下準備として、わたしはすず子さんのことを思い浮かべる。

 なんてまっすぐな独占欲だろう。型にハマらず面倒なのに、不思議と愛せる。愛される。そういう女のことをなんて呼ぶかというと、

「すず子さん、おもしれー女ぁ!」

 口に出したら急に可笑しくなってきて、わたしは街の上空で笑い声を立てる。

 魔女もすず子さんのあの性格を理解して、気に入っていたのだろう。じゃなきゃ皿に『すず子の皿』なんて彫らない。あれは異様に忘れっぽくて無責任な魔女だったが、すず子さんがどうでもいいとかそういうことではなかったのだ。ただ、素で色々とアレなだけで。

 そして、すず子さんも魔女のことをよくわかっていた。

 すず子さんのノートにはこうも書かれていたのだ。

『あの魔女のことだから、のんびりしているうちに機を逃して気まずくなって、寝かせている間に本当に忘れているかもしれません。でも、いつかは届けてくるはずです。ひょっとしたら代わりの者を寄越すかもしれません。ですから、魔女からの届け物だと言われたら疑わずに受け取ってやってください。』

 まったく、先読みされているにもほどがある。

「おもしれー女たち!」

 それぞれの人生の終わりまで確かだった友情が、『おもしれー』以外に形容し難い心地よさでわたしの心をくすぐっていた。

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