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第十一話 『花嫁の通夜』その4

「秘策はないですけど、一応、まだ確認してないことと、探しておきたいところは思い出しましたよ」

 露骨にがっくりしてみせたわたしに、泰樹さんはそう付け足した。

 そしてちょっと悩みながら続ける。

「探しておきたいところに関しては……多分、勝手に漁って来るしかないと思います。母さんたちに話せば確実に着いて来たがるし、来たら来たで思い出話五割増しは堅い」

「ご、ごわり……」

 あれの五割増し? つまりあれの150%? ……え、こわ。

 ドン引きしているわたしに、泰樹さんは苦笑する。

「まあ、ばあちゃんのアルバムと日記の棚ですからね。流石に日記は開かずに処分する予定なんですが、『死んだ後なら読んでよし』としていたノートが一冊、紛れたままかもしれないんです」

「なるほど……なるほど?」

 わたしはなんとなく納得できずに首を捻る。違和感があるような、ないような。上手く形にならない。

 すると、ローエンが下から疑問を代弁してくれる。

「自分のものは自分のもの、そういう性格なのに、そういうのは人に見せてもいいなんて奇妙だね」

 そう、それが言いたかった。

 わたしが頷きながら泰樹さんを見ると、泰樹さんはあっさり答える。

「独占欲が強いだけで、秘密主義ではありませんでしたからね。逆に『これは実は私のものだった。私が死んだら誰も使わず処分しなさい』みたいなことを書いている可能性もあります。もちろん、歳も歳でしたからきちんとした遺言状も遺していたんですけど」

「じゃあ、このまま一緒にそこを探しに行くってこと?」

 わたしが話しを進めようとすると、泰樹さんはちょっと残念そうに、渋い顔で首を振る。

「流石にそこまでしてたら、三人とも探しに来ると思います。そこで、魔女さんにお願いできるか相談したいことがあるんです」

 そうして泰樹さんが説明してくれた作戦はこうだ。

 まず、泰樹さんはすず子さんの部屋へ行き、アルバムや日記の棚を探す。

 その間、わたしとローエンははつ江さんたちがいる控え室に行き、実際の皿を検めつつ時間を稼ぐ。

「皿を調べるのは賛成だが、時間を稼ぐのは……無理じゃね……?」

 わたしは『なんももってないです』と両手を上に向ける。隠し芸か何かができたとしてもそれで時間が稼げるかっていうと微妙だが、本当に何もないのだ。

「それなんですが、時間稼ぎ自体は難しくないと思います。話が脱線し放題モードのジジババはよくも悪くもそんなもんです。今回通夜に間に合わなかった親類たちもそうですし」

 言われて、深く納得する。通夜とはそういうものらしいしな。

 でも、

「じゃあ、さっきちょっと渋い顔してたのは? 何か問題ありそうだった?」

 わたしが疑問をぶつけると、泰樹さんはやや目を逸らした。

「皿を調べるところまで話を持って行くのが、多分大変なので……」

 あ。

 気づいていなかったのはわたしだけだったようで、ローエンも『そうだよ』のニュアンスでニャーと鳴いた。



 わたしが控え室に戻ると、丁度立ち上がるタイミングだったはつ江さんとバッティングした。

「魔女さん、よかった。今探しに行こうとしてたのよ」

「ごめんなさい、泰樹さんにつまみ食いに誘われてて」

 わたしは室内に戻りながら、泰樹さんに言われた通りの言い訳をした。

「あの子ったらいい年して……」

 はつ江さんは呆れて首を振る。

 ちなみにわたしは言い訳のアリバイづくりとして、実際にきゅうりのぬか漬けのつまみ食いの共犯者となっている。汗で塩分が失われている体には異次元の旨さだった。

「ところで、話し合いはどうなりました?」

 わたしは、三人の顔を見渡して尋ねる。

「まあ……うん、泰樹もこの場にいないしな」

 ガタイのいい孝さんがその筋肉をちょっと縮こまらせたような腕の組み方で言って、はつ江さんと玄史さん夫婦もそれを否定しない。完全に想定通りの答えだ。

 さて、どう切り出そう。そう考えている間に、玄史さんが立ち上がろうとする。

「うーん、泰樹を探しに行って来るかなぁ……」

「あ、や、待ってほしい」

 わたしは慌ててそれを制止する。そしてその勢いのまま、無理やりに話を誘導する。

「それより……一応、現物をもっとしっかり確認してほしい。わたしもまだしっかり見てないし」

 すると、意外そうに目を丸めたのははつ江さんだ。

「あら、魔女さんは中身確認したのかと思ってたわ」

 わたしは誤魔化さずに事実だけ言う。

「割れないように簡単な保護魔法が掛かってたから、一度も取り出してない。だから皆さんと一緒で、一枚目の表面以外だけ見た状態です」

 割れ物保護に使える魔法をかけ直すことも考えたけど、一度も練習してない魔法をぶっつけ本番で掛けるのも怖かったのだ。失敗するとかなりの高確率で割れるらしいので。

「だけど……勝手に見てもいいもんかね……」

 躊躇ったのは、予想通り玄史さん。

「いいのよ、母さんだって少なくとも人に触らせるのさえ嫌がるほどじゃなかったでしょう? お皿だって生きてたら私たちへの配膳にも使ったかもしれないし。ほら、あの、あれのときも」

「あれって……ああー、泰樹が生まれた頃だったか?」

 話を進めようとして脱線したのがはつ江さんで、そこに乗っかったのが孝さん。

 ここからどれくらいで皿の確認に移るのか。

 わたしは皿の話に戻ってもらおうか、少し迷う。だって、わたしが喋れば喋るほど、話し合いへのわたしの影響力は強まる可能性が出てくる。

 それに、折角の通夜なのだ、余裕があるなら今のうちにたくさん話した方がいい気もする。

 だからわたしはしばらく地蔵に徹してみることにして、彼らの思い出話を聞いておく。三者三葉によく笑うのは、故人がいい形で大往生を迎えた証なのだろう。

 と、ほのぼのした気持ちも大分尽きてきて、堂々と昼寝できるローエンが恨めしくなってきた頃に、やっと皿を取り出してみようという話が固まった。時計の針は見ていないが、随分長く感じた。

「じゃあ、取り出してみるか」

 孝さんがそう言って、皿をそっと、包み紙ごと取り出す。

 少し灰色がかった、でも全体的に緑がかったその皿は、表面を見て予想した通りの模様を横面にまで走らせて美しい。

「素敵じゃないの」

 はつ江さんがぽつりと言って、一枚目の皿を手に取って、表も横も、そして裏面も見えるようにくるりと回した。

 そこで、にわかに空気が固まった。

「はは……っ」

 誰の笑い声なのか、最初の笑いが響く。

 皿の裏には魔女の字でこう彫られていた。

『すず子の皿』

 わたしは頬を掻く。こんな簡単なことだったなんて。まったく、間が抜けていた。

 はつ江さんたちはどういう反応になるのだろうとわたしが窺っていると、ややあって、三人は一斉にひっくり返って笑いだした。

「ほら、やっぱりお義母さんのものじゃないか!」

 玄史さんが言って、

「こりゃ無理だわ!」

 孝さんが言って、

「もう、これじゃ使うのも難しいわよぉ!」

 はつ江さんが言った。

 三人ともどんな思い出話になろうとも、少なくともわたしの前では泣かなかったのに、今は、笑い転げながら泣いている。

 ……そうか。わたしは一人、今日行われている式がどういうものなのかについて、初めて納得した気分になる。

 そうなのだ。今日はすず子さんが亡くなってすぐの、通夜なのだ。


 でも、まだこのことを知らない人が一人いた。

「みんなどうしちゃったんですか……?」

 何も知らない泰樹さんが、一冊のノートを胸に控室に入ってきた。

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