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第十話 『花嫁の通夜』その3

「いやぁ……わたしは……」

 四人の大人の目線が一気にこっちを向いたが、わたしは手のひらを見せて振る。目線くださーいとか言ってないしカメラも持ってないッス。

「ね、何か聞いてるとかもないの? 『大事に使ってください』みたいな伝言とか」

 はつ江さんが更に付け加えた。

 なるほど。確かにそれくらいの伝言なら預かっている可能性は高いと思えるだろう。わたしをアテにするわけだ。

「何も」

 わたしはそれだけ言って、言葉を続けないように口を閉じる。

 それを受けて、孝さんと玄史さんは更に視線を戻して各々唸ったり溜息をついたりに戻った。泰樹さんも「そうですよね」と苦笑する。男性陣は膠着状態を受け入れる体制だ。

 一方、はつ江さんだけは話を進めるのを諦めていない。

「じゃあ、参考にするだけだけど……魔女さんとしては『もったいないなあー』みたいなの、ない?」

 というか、形見分けの意見を推すのを諦めていない。

「………………」

 わたしなりに意見めいたものはあった。

 だけど、今日のわたしは魔女の名代で来ているだけの見習いだ。こんな大事なことに口を出すわけにはいかないし、わたしの言葉を決定打にされるのもよくない。

 なら、帰ってしまった方がいいのか。

 わたしは一度考えて、心の中で自分自身に首を振る。

『すず子の嫁入りに食器を届けに行く。』

 その予定はすず子さんが生きていること前提のものだった。すず子さんも魔女も亡くなっている以上、『届ける』の基準はわたしが自分で決めなくてはいけない。

 そして、途中に自分で考えた『すず子さんのものを相続する誰かしらに渡す』という基準も、今の話し合いの状態を知ってしまえば、まだ満たせていない気がする。

 わたしはローエンをちらっと見る。金色の目がしっかりとこちらを見返していた。

 わたしとローエンはまだ目と目で通じ合うような仲でもないけど、今回はなんとなくわかる。この視線は、届けたことにするか否かをわたしが判断すべきだという意味合いだろう。

「わたしから言っていいことはないので、『誰が受け取るか』を皆さんで決めてほしい」



 ――などと居座る流れを作ったのはいいものの、話し合いは一向に進まない。なんなら通夜らしく思い出話にまで花が咲き出してしまった。

 話の流れとしては、だいたいこんな感じだ。

「一度鑑定に出してから決めても遅くないんじゃないか」→「それ自体嫌がるでしょう。何せあの人は……」→「ああそんなこともあったあったね」→「そういえばあのときなんか……」→「そういや去年の正月出した味噌田楽……」→「そうだそうだ、皿の話だった」→以下似た感じのループ。

 聞いた感じ、普段からこの家で暮らしていたのははつ江さん玄史さん夫婦とすず子さんの三人で、あとはお手伝いさんを呼んだり呼ばなかったりしていたようだ。孝さんと泰樹さんは下山したところの町でそれぞれ働いていて、家には滅多に来ない、と。

 それから、すず子さんの気質で一番えらい目に遭ったのが娘婿の玄史さんだってこともなんとなくわかった。

 わたしがそろそろ正座やめてもいいかなと思い始めた頃、泰樹さんにそっと声を掛けられる。

「魔女さん、ちょっと……」

 そしてそのままひょいひょいと(足がしびれているのでマジで擬音つけるとしたらひょいひょいと)泰樹さんについて台所にやってきた。

「ジジババの話は長いですからね」

 泰樹さんはそう言って、自分の分とわたしの分と、ついてきたローエンの分、改めて麦茶を用意してくれる。

 光源を窓にだけ任せた台所は薄暗く、適度に湿って涼しい。冷房が効いた和室とはまた違った快適さがあった。わたしはこっちの方が好きかも。

 泰樹さんは煙草を取り出してやっぱり仕舞って、禁煙する人がくわえておく用の白いスティックを口にして、溜息混じりに言う。

「すみませんね。皆悪気はないんですが、どうしても遠回りをする」

「いや、全然……って言ったらウソになるけど、先代が届けに来るのが遅かったのが一番悪いからなぁ」

 わたしが言うと、泰樹さんは困った顔になった。

「それは……ううん、どうしましょう、否めないですね」

 ローエンがすかさず言い返す。

「否まなくていいよ」

 そんな日本語あったか?

 ローエンは基本的に、魔女のことを口悪く言うときが一番素早い。そこにはどこか、魔女のことを一番知っているのは自分だという自負も滲んでいる。

「ところで、魔女さんはどこからいらっしゃったんですか?」

 泰樹さんがくわえスティックのまま訊ねてきた。

 わたしは正直に住んでいる地域を大まかに伝える。こことの距離でいえば、電車と箒を乗り継げばそこまで遠くなく、ケチって箒で来ればかなり遠い、くらいのところだ。

 泰樹さんはわたしの返答を聞いて、アタマイテーって感じに眉間を押さえる。ナンカゴメンネ。

「このままジジババの話が終わるのを待っていると、帰れなくなりますよ」

「そうなのよねぇー」

 わたしは井戸端会議のオバチャンのようなノリで首肯するが、内心ちょっとだけ焦っていた。確かに、アレ何日くらいかかるんだろう。

 わたしはポケットに入れていたスマホを取り出して時計を見て親との連絡を取ろうとしてメッセージアプリに来ていたキャンペーンのページに飛んで見事コーラを一本当ててから脱線していたことに気付いて親に連絡を入れる。遅くなるか帰れないかもしれないという内容だ。

 ついでに天気予報が晴れマークであることを確認して、溜まっていた通知の中に紛れていた映画の予告をタップ……しそうになったところで他人ほったらかして延々スマホをいじっている若者になっている自分に気付いた。

「あ、すみません……」

「あはは、寧ろ安心しました、年相応で」

 バツ悪く謝るわたしに、泰樹さんは本当にただ安心したように鷹揚な態度でいる。

「と、とりあえず親には連絡入れたんで。万が一のときも安心!」

 わたしが言い訳のように報告すると、泰樹さんは首を振る。

「そちらが合わせることはないですよ。ジジババの方にいい加減にしてもらいましょう」

「え、なんか決めさせる秘策があるとか?」

 わたしはついわかりやすい喜色を浮かべた。

 今の自分の役割は『彼らが決めるまでじっくり待つ』ことだと思うっちゃ思うんだが、待っているだけなのは正直退屈なのだ。

 しかし、泰樹さんはにっこり笑って言う。

「あ、そういうのはないです」

 ないのかよ!

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