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第六話 『お隣さんが自宅ピッキング』その6

 …………は?

 お隣さんがドロンと消えてしまい、わたしは固まる。青年もフリーズしてしまった。

「ローエン……お前……」

 何してくれてんだよ、お前。という意味で、でも意味通りの言葉までは形にできず、わたしはそれだけ言った。

 ローエンはそんなわたしをさておいて、右前足をペロペロ整えながら言う。

「からかいすぎたかね。でも、あの子は遠くへは行けないし、消えてもないよ」

「ホントですか!?」

 青年が必死の形相でローエンに詰め寄る。

 ローエンはあくびをしながら言う。

「私の言ったことが、あの娘にとって、ゴキブリが顔面に飛んでくるくらい嫌な発言だったんだろうよ」

 そして『犬も食わねえもんは当然猫も食いません』とでも言いたげに目を細めた。お前が作ったやつなんだから責任もってお前が食えとしか思えないんだが。

 しかし青年は困惑と焦りを顔に浮かべたまま頬を染める。やらかしへの自責と、お隣さんからの好意を感じた喜びの間にいる表情だ。

 わたしは一呼吸置いて、ローエンの前にしゃがみ、耳を軽く引っ張る。動物虐待になるかもしれないが人虐待をやった使い魔にはこれくらいで丁度だ。

「近くにいるんだな?」

「そうだね、すぐ近くで泣いてるのも聞こえているよ」

「お前への制裁は後で考えるとして、さっさと行った方がいいな」

 ローエンの状況説明とわたしの判断を得て、青年は立ち上がる。

「そうだ、まず彼女に……」

 わたしとローエンは青年に先導されて部屋を出た。

 ドアを開けて右見て左見てのその途中、本当にすぐ近く。お隣さんは自宅だった部屋の前でいじけていた。

 ローエンが言う通り、ここから離れられなかったようだ。

 お隣さんの手には曲がったヘアピンが二本。でもピッキングに挑戦しようとはしていない。ただいじいじしているだけだった。

「うぅ~……」

 わたしたちが出てきたのにも気づいているんだろうが、俯いて丸まった背中はこちらを向こうとはしない。

 青年も声を掛けあぐねているようだったので、一先ずわたしが前に出る。

「あの、お隣さん? うちのバカ猫がごめん。明日乱暴そうな猫好き小学生の群れに投げ込んどくからさ……」

「はる來!?」

 ローエンのリアクションを無視して、わたしは話を続ける。

「あの、こっちの青年からネタバラしをしてもらってくれない?」

 お隣さんは背中を丸めたまま、泣きべそ顔だけはこちらに向けてくれる。

 お隣さん自身の袖で拭いてもまだ涙が出てきていて、駆け寄ってやらなきゃいけないような気持ちにもなった。でも、それはわたしの役割ではない。

 わたしが身を引くと、同時に前に出てきた青年が、わたしの顔を見て力強く頷く。

「じゃあわたしは席を……」

 そこまでわたしが言ったところで、青年はお隣さんの前に跪き、涙を拭う。

 そして、お隣さんの名前をさん付けで呼び、真剣な声で続ける。

「ぼくと、結婚してください」

「ええぇええ!?」

 驚いた声はお隣さんのものだ。

 わたしはわたしで、どっか行ってようと思ってたのに急に公開プロポーズされてビビっているが、なんとか黄色い悲鳴は飲み込んだ。

「で、でででも、でも、あなた、あの、魔女さんは……」

 涙目のお隣さんがわたしと青年の顔を交互に見る。

「魔女さんには、このこと相談してただけだよ」

 言いながら、青年がおずおずとお隣さんの手を取る。みぎて、ひだりて、とぎこちなく、でも確実に。

「え、でも、魔女さんをゲームに呼ぶの、仲良くなったからだって、だから、あたし……」

 お隣さんが泣きながら言った言葉の一部が聞き捨てならなくて、わたしは思わず横から突っ込む。

「おい青年、マジでその名目でわたし呼んだって説明したのか?」

「……あ、ハイ……」

 やっとマズいことした自覚が出てきたのかへらっと笑って誤魔化す青年を、わたしは遠慮なく罵倒する。

「早速不安にさせてどうすんだ、このバカがよ!」

 バカタレが。バカタレすぎるわ。焼き鳥に掛けて食うぞお前。……とまでは口に出さなかったが。いやマジでバカタレ。

「すみませ……」

 わたしの罵倒を受けて小さくなった青年が、それでも諦めずにもう一度お隣さんと向き合う。

 わたしは青年の背中蹴ってやろうかとも思ったけど、なんとか見守ることにだけ集中した。

「こんな俺なんだけど、ずっと一緒にいてほしい。成仏とか、遠ざかって……この場所じゃなくて俺から離れられなくなる、そういうのになったら、嫌かな」

「え……っと、急に言われても……」

 涙も引っ込んだお隣さんが目を泳がせるので、わたしは魔女として必要な説明を入れる。

「あんたは『この場所、この曜日、この時間帯』に憑りついてしまっている。それを、『この男』に憑りつけ直すんだ。わたしの魔法でね」

 お隣さんは目をぱちくりさせているが、まあ話の内容にはついて来れているだろう。わたしは続ける。

「勿論、流石に四六時中一緒だと疲れるだろうから、『こいつの居住空間』『よくいる場所』くらいなら範囲に含むように魔法を組む」

 あとは青年が引き継いだ。

「それでどうかなって。今後のこと」

 お隣さんは大人しく手を握られたままで目を泳がせる。

「待って。え、そんなこと……いいの? あたし、生きてないし、あなたがお引っ越ししちゃうまでの間だけって、思って……」

「それを、『ずっと』にしたいんだ。……あと、ゴメン、言ってなかったけど俺、ずっと出張断ってたんだ。君といたかったから」

 一気に情報を流し込まれたお隣さんがあうあうと間抜けに悩んで見せる。でも、三分くらいで落ち着いてきた。

 お隣さんはずっと切羽詰まったままの青年の顔をまじまじと見ると、ふっと微笑む。

「あの……不束者ですが、よろしくお願いします」

 お隣さんは言いながら深々と頭を下げて――――すぐ目の前にいた青年に、思いっきり頭突きをかました。

 本当に不束だな!?



 わたしはその後、早速憑りつけ替えの魔法を掛けた。

 一週間置いてから魔法を掛けに来ることもできると伝えたんだが……待てないそうだった。

 二人は対価として差し出したレトロゲームが全てきれいさっぱり消滅することにも、何の躊躇もしていなかった。

 そうそう、説明していなかったけど、対価。

 空を飛ぶとか動物と話すとかの日常魔法は別として、今回みたいな規模の魔法には、対価が必要だ。魔女への正式依頼に必要な報酬とは別に、魔法によって消費される対価が。

 必要とされる対価は、使う魔法の規模や複雑さによって変わる。対価だけじゃなくて、魔女の技量や魔方陣の複雑さによってもできることは広がるけど、そういうのはわたしは練習中だ。

 対価が大きければ大きいほど、魔法に縛りはなくなるし、成功率も上がる。

 そして対価の大きさは、差し出す者の思い入れや、すごした年月によって計られる。

 今回も、思い入れと年月をたっぷりたくわえた対価の消滅により、魔法は無事、成功した。



 さて翌朝。

 わたしは大家さんちで朝ご飯をごちそうになっていた。

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