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第五話 『お隣さんが自宅ピッキング』その5

 いろいろ準備もあって、あっという間に翌週の土曜日の夜。

 わたしとローエンはまた夜に家を出て、あのアパートへ向かう。

 今日は泊まりになること確定だったので、一応親にも報告しておいた。いい顔はしないが、許可は取れている。

 わたしと親の関係も、魔女見習いの勉強と仕事を始める以前と比べれば良くなった方だ。

 実はわたしは元から家出の常習犯で、家にいたくないという理由でふらっと家を出がちだった。それが魔女見習いになってから目的や行動がハッキリした外出になったのだ。

 魔女見習いとしての行動で外泊は初だが、それでも親からすれば気を揉む感覚は減ったんじゃないだろうか。ローエンもいるし。

 まあ、ぶっちゃけるとあの人たちの心情のことは割とどうでもいい。育ててくれている恩義も小さい頃から暮らしてきた愛着もあるが、それを差し引いてもあんま好きじゃないのだ、両親のことは。



 わたしとローエンは低空をのんびり飛んで、青年とお隣さんが落ち着いたくらいの頃合いを狙ってアパートに到着した。

「いらっしゃい」

 迎え出方が完全に夫婦のそれ。

 強いていえば、お隣さんがちょっとぎこちないだろうか。なんというか『旦那の女友達来たけどどんな顔してればいいんだろう』的なものを感じる。

 しかし、お互いがお互いに馴染んでいる感じは伝わってくる。

 わたしは、これで断られると思っている青年面白いなとも思ったし、でも他人の気持ちなんかわからねえんだからそれくらい慎重でいられる青年は大人なんだなとも思った。

 そんな大人がやることといったら、

「今日はこちらのパズルゲー勝負です!」

 テレビゲームだった。

 青年の提案に、お隣さんは「今日こそ負けないからね」と燃えている。

 相談の件はどうするのかというと、深夜になってから話を動かすことになっている。理由は、お隣さんの幽霊としての体質の問題だ。

 お隣さんは、朝方にならないと消えないし、消えられないらしい。ようはこのアパートのこの曜日のこの時間帯に憑りついているのだ。

 だから、夜のド頭に大事な話をして破綻した場合……死ぬほど気まずい時間が六時間以上流れる。

 そういう理由で、しばらくはいつも通り遊ぶという寸法だ。

 わたしはというと、

「わたしこれやったことないんだが……」

 二人と一緒に遊んで過ごすことになっていた。何故わたしが呼ばれているかは、青年からお隣さんに適当にでっちあげを話してもらってある。

 見覚えのないゲーム画面の前で首をひねるわたしに、青年は気軽に言う。

「ちょっとやってみて、魔女さんが覚えられなかったら別のゲームにしたらいいよ」

「そんなに難しくないよ魔女さん」

 お隣さんもウッキウキで話しを進めに掛かってきた。というか、お隣さんの場合わたしの初心者が判明した瞬間にテンションが上がった。今日来て最初に感じた浮かない感じももうない。なんでだろう。

 わたしは首をひねりたくなりつつもちょっとだけ練習させてもらって、三人きりの総当たり戦に入れてもらうことになる。

 お隣さんのテンションの謎が解けるのはすぐだった。

「よわぁ……」

「言わないでぇ~……」

 お隣さん、メチャ弱だったのだ。初心者が入ってきてウッキウキになるのにも頷けるくらい弱い。というか初心者のわたしにも三本勝負で三本負けた。

 わたしは初心者だから自分のプレイをしながら相手側の画面を見るなんて芸当できなかったけど……何で?

 しかして、その謎もすぐ解ける。

「ほいほい、ほいっと」

「わ、わ、わ、わ、わっ、わあっ」

 青年とお隣さんのプレイを後ろから見れば一目瞭然だった。

 そもそも青年が結構上手くて連鎖とか相手の妨害とかポンポンこなすのもあるが、お隣さんは効率悪い自爆のような動きばかりしているのだ。そりゃあ弱い。カーソル動かすだけならわたしよりは早いのに。

 結局、お隣さんがボロ負け、青年は完勝、わたしはお隣さんには勝ちつつ青年には赤子の手を捻るかのごとく負けさせられてパズルゲー勝負は終わった。

 丁度勝負が終わったところで、青年のスマホに会社から着信が来た。

「ごめん、上司だ。ちょっと出てるね」

 そう言って、青年はわたしとお隣さんとあと寝てるローエンを置いて外へと出ていく。

「え、えへへ、なんか急に二人になっちゃいましたね……」

 お隣さんが、朗らかさを出すのに失敗したぎこちない笑顔で話し掛けてくる。ついでに敬語にも戻っている。緊張しているようだ。

「そんな意識することないない~」

 わたしは敢えてゆるい喋り方にして、手を振って応えた。

 今回はなんか肩肘張りがちだけど、元々わたしはゆるい人間ぶって誤魔化すことの方が多い。ようはわたしにも緊張が伝播して地金が出たということだ。

 お隣さんの方は先程よりは成功したっぽい愛想笑いを返してから、とつとつと話し出す。

「あの……ね。あの人、いいやつだよ。あたしは、保証? できる……。で、でもね、うんと、だからこそ、あたし、こうして出てきてる間一緒にすごせて、幸運だったなって、思う……よ……」

「お、おぉ……」

 恋バナか? それとも牽制のつもりだったりするんだろうか。必要ないと思うけど。

「いやまあ、悪い人間ではないと思う。……でもわたしは興味ないから大丈夫だぞ」

「き、興味ないも酷くない? 今日だってあなたを呼んで、」

 お隣さんがわたしの前に身を乗り出したところで玄関のドアが開く。

「ん、何かあった?」

 戻ってきた青年に聞かれて、お隣さんと目を合わせる。

 目と目で通じ合う仲でもないので何を言いたいかはわからなかったが、困った顔だったのでわたしはてきとうに誤魔化した。

「……なんでもねえっす」

「そう?」

 青年は返事をしたわたしの方も見るが、やっぱりちゃんと見ているのはお隣さんだ。実にわかりやすい。お隣さん、やきもちやきなのかな。

 わたしがどうでもいいことを考えている間にも、青年は元座っていた自分の座布団にどんと座った。

 位置としては、三人で小さい車座の形だ。ローエンだけ部屋の隅にいる。

「さて、ここに初心者にも勝てなかったベテランプレイヤーがいるわけですが」

 戻ってきたばかりだというのに、早速青年が楽しそうにお隣さんをからかう。実は好きな子いじるの楽しいタイプだなこいつ。

「いるけどもぉ……」

 お隣さんは頭を抱えるようなリアクションを取りつつも満更じゃなさそうな顔をしている。こっちはこっちで好きな奴にいじられるのはイヤじゃないタイプみたいだ。

 と、青年がわたしに水を向ける。

「魔女さん、罰ゲーム何がいいと思う?」

 罰ゲームがあること自体は確定らしい。

「うーん、そんなこと言われてもな……」


 五分後、お隣さんの耳にはノイズキャンセリングヘッドホンと耳栓が装着されていた。

 幽霊なのに意外と何でも触れる女である。その代わり、壁抜けやすり抜け等もよほどのことがない限りできないらしい。

 ただ、ゴキブリが顔面目掛けて飛んできたときはワープみたいに一瞬で外に出られたそうだ。アレが顔面に飛んできたならそりゃどんなウルトラCキメてでも逃げるよ。

 話がズレた。

 お隣さんの罰ゲームは、『目の前で内緒話をされる』に決まった。

 最初は何を罰ゲームにしていいかわからなくて青年にこそこそ相談しようとしただけだったんだが、わたしと青年の様子にお隣さんがソワソワしだして、それを見たローエンが言い出したのだ。

「罰ゲームはそれなりに嫌なことじゃないとね」

 とかなんとか理由も言っていた。ローエンもなかなかに良い性格の猫だ。

 まあでも実際、その罰ゲームにはわたしも助けられる。

「対価と望み、本当にいいんだな?」

 わたしは堂々とした内緒話の機会を、最終意思確認のために使う。

「ああ、彼女が嫌がらないなら、それがいい。あとは彼女次第だ」

 青年は手を添えてひそひそとわたしに告げる。

「じゃあ、そのときにはわたしは席を外した方がいい?」

「うーん、どうせ結果は共有するけど……確かに、外してくれた方がいいのかも」

 お隣さんの目の前でやるにはちょっと話す距離が近い気もしたが、中身が聞こえては台無しだ。

 わたしは手を添えて青年と話し合った。

 それにしても、お隣さんの顔がすごい。こんなにもわかりやすく『気が気じゃない』と顔に書いてある人間を見るのは初めてだ。あとちょっとでネタバラしの時間が来るので、しばらくは堪えてほしい。

 さて、内緒話も終わり、わたしは青年から離れて、青年もわたしから離れて、お隣さんからノイズキャンセリングヘッドホンを外す。耳栓の方はお隣さん自身で外していた。

 うん、やっぱり二人は収まりがいい。

 そんな風に納得していた横から、黒い毛玉が突然横槍を入れた。

「生きてる者は生きてる者同士がいいのかねえ」

 瞬間、お隣さんが、消えた。

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