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第三話 『お隣さんが自宅ピッキング』その3

 かくかくしかじか。わたしは依頼を受けた魔女本人が来ない事情を説明する。

「それは……ご愁傷様でした。あ、ってことは魔女さんの幽霊も近くにいますか?」

「いやぁ、あの人消滅したからいないッスね……」

 なんて寝ぼけた(そしてクソ気まずい)やりとりなんかも挟みつつ、わたしたちはひとまず青年の家に招かれる。

 お隣さんに掛けた言葉からしても明らかだったけど、やっぱり青年は魔女への『依頼人』だった。

「土曜になるとお隣さんが来るんで、一応結構綺麗にしてるんですよ」

 とは青年の弁。確かに、仕事が忙しくてたまらないだろうに服や買い物袋なども散らかってないし、ゴミも袋一つ分くらいしかない。1Kのアパートの部屋はこざっぱりしている。

 青年氏、ちょうえらい(わたしの部屋は実家暮らしなのに何故か上着が何着か変なところに掛かっています)。

 畳に布団、小さな箪笥に部屋干し用のロープ、本棚、ちゃぶ台、テレビとテレビ台、そこから溢れるレトロゲームの群れ。

「めっちゃゲームあるなぁ……」

 わたしはちゃぶ台の一角に腰を下ろしながら口に出す。全部片付いているのにそこだけ散らかっているため、気になってしまったのだ。

「ああ、毎週お隣さんとやってますからね。二人ともスーファミが一番好きなんで、ソフトだけ買い足してってて、気づいたらあんな感じ」

「へぇ」

 すーぱーふぁみこんってやつか。確かわたしが生まれる前発売のゲーム。メチャレトロだ。

 青年は「これしかないけど平気?」と確認しつつ全員にコーラを用意してくれる。コップが見事にバラバラで、わたしに回ってきたのは長寿連載漫画の主人公が描かれたマグカップだった。

 ちなみにローエンだけ炭酸抜きにしてもらっている。炭酸を抜くためにコーラをかき混ぜる作業は、お隣さんがやってくれた。零してた。

「さて、えぇと、とりあえず質問いい、かな?」

 わたしは青年とお隣さんの顔を見渡して言う。

 二人、顔の作りは全然似てないのに、気の抜けたような表情がそっくりだ。

「どうぞどうぞ」

 青年の返事に、わたしは自分が一番気になっていたことを聞く。

「先代に相談したのって、いつ?」

 ちなみにこの質問、依頼の完遂とは全く関係ない。単にわたしが気になっていただけだ。

 すると青年は、代打のわたし相手だからか、すごく気まずそうに言う。

「魔女さんへの依頼……大学二年のときからだから……五年前……ですね……」

 うわ結構前じゃん。

 でも、わたしが謝るのもおかしいだろうか……逡巡したわたしの横からローエンが言う。

「悪いね、待たせて。怒っていいよ、あいつ絶対忘れてたから」

「……っ、あの、さーせん」

 続いてわたしも『すみません』を言っておくが、どれくらいの軽さで謝るのが適切かわからずバカ丸出しの発音になった。無礼だが、一応気を遣った結果なので許されたい。

 わたしの心配をよそに、青年は腰が低い。

「あ、いやいや。気にしないでください。ホント。俺、全然気にしてなかったんで」

 青年が、ちらりとお隣さんの方を見た。

 お隣さんはコーラをちびちび飲みながら居心地悪そうに正座の脚をもぞもぞさせている。いけないいけない、置いてけぼりにしていた。

 わたしはどこからどこまで説明すべきか考えて、ひとまず予定帖にあった内容の概要だけを伝える。

「あー、こっちの青年が、ね、わたしの先代の魔女にあんたのことを相談してたんだ」

「なるほど、あたしのことを……?」

 ほけっとしているお隣さんは、ぼんやりとコーラを口にする。

 それから、はたと気づいたように青くなる。

「え、やっぱりあたしが毎週遊びに来るの、迷惑だった!?」

「い、いや、迷惑じゃないよ。迷惑だったら大学卒業したときすぐ引っ越してるって」

 お隣さんに物理的に迫られた青年が、身を引きながら言い返した。

 そういう話じゃないのかもしれないけれど、直感的に思う。犬も食わねえやつに近いな、これ。

「ホント? いつも全部奢りだし、やっぱりちょっとは負担だったんじゃ……」

「楽しいからノーカンだってば」

「でもビタ一文も出してないしあたし!」

「六文しかないんだから取っときなよ」

 顔が近い二人を眺めながら、わたしは口を押さえてこっそり無音でゲップをする。コーラ飲むと出るよねゲップ。

 そして、もう何も出ないことを確かめてから、小さく挙手した。

「あー……お二人。ごめん、そろそろ相談内容を聞いてもいいかな……?」

 スマホの画面をチラつかせることも忘れない。そうこうしているうちに夜九時を回ってしまっていたのだ。

 内容を聞かないとどういう魔法が必要かもわからないし、どういう魔法が必要かもわからないということは、何を用意すればいいかもわからない。

 すると二人ははたと離れて座り直して(今更だぞ)、それから青年の方が言う。

「ごめん、時間も遅いね。今度改めて聞いてもらってもいいかな。見た感じきみまだ未成年だろ?」

「時間はまだ大丈夫だよ。魔女と魔女見習いは元々夜動く風習があったから、文化の侵害を防ぐためにも未成年外出云々の条例とかは例外になるようになってる」

 ……よな?

 わたしが説明しながら不安になってきてローエンに目を向けると、ローエンは眠いときのように目を細くして顔を逸らす。

「……たぶん」

 完全に自信を喪失したわたしが付け足すと、青年は露骨に安心した顔になり、うんうんと頷く。

「なら今日のところは一旦帰った方がいいね。連絡先だけ交換しよう」

「…………」

 そこでやっと、わたしは自分がとんでもなく空気を読めてなかったこと気付いた。

 そうだ、お隣さんの前で相談できない内容ってこともあり得るんだ。

 こういうときに人生経験不足が恥ずかしい。十代だから多少は仕方ないんだが。それでもやっぱ、申し訳なさはあるわけだし……。

 わたしは赤くなりながら、青年と連絡先を交換してさっさと帰る。バビュンと帰る。

 連絡先交換の間、お隣さんが、妙にジトーっと見てきた気がした。



 帰ってすぐ。

 青年から早速メッセージが届く。

『明日の昼、改めて相談してもいいかな。場所は大学内の喫茶店で。色々奢るので。』

 やっぱりさっきのわたし空気読めてなかったんじゃん!

 などと一人で悶えてベッドの上でびったんびったん跳ねながら、わたしは返事を打ち込んだ。

『勿論!』

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