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魔女の予定帖 ―現代魔女といろんなおつかい―
片手羽いえな
現代ファンタジー都市ファンタジー
2024年09月03日
公開日
21,789文字
連載中
ひょんなことから『魔女の予定帖』を引き継ぐことになった女子高生、春日はる來は、魔女見習いとしていろんなお使いをこなしていくことになる。
どこかその辺を歩いていそうな普通の魔女見習いが行く、だれかの願いと日常の物語。

第一話 『お隣さんが自宅ピッキング』その1

『事故で亡くなったお隣さんが毎週自宅をピッキングして困ってる大学生に相談された。そのうち行く。』

 魔女が遺した予定帖を開くと、そんなことが書かれていた。日付はない。……日付、ない。幸い他の詳細は書いてあるが、字は結構掠れている。

「いや、いつの大学生だよぉ……」

 わたしはここにいない魔女に呆れながら突っ込む。故人じゃなければほっぺたの一つや二つ摘んでやっていたところだ。

 しかもこれ、依頼人がどうしてほしいか書いてない。つまり、そういう話を聞くところから始めなきゃいけない。うわめんどくせえ。

 でも、ぱっと開いたページの依頼から始めると決めたのはわたし。他でもない春日はる

「うーん、仕方ないか」

 わたしの高校二年生の夏休みは、そんないい加減な予定の消化から始まった。

 魔女見習いの初仕事だ。



 魔女って現代でも普通にいる。でもなかなかに珍しい。

 数も減って久しいんだけど(歴史の授業曰く戦前はもっといたらしい)、それ以上に現代社会に溶け込んでるってことでもある。

 実在魔女って絵本なんかに出てくる創作魔女と違って普通の人間とそんなに変わらないし。

 でも、魔女は頑張れば結構いろんなことができる。頑張れば長生きできるし、頑張れば飛べるし、頑張れば魔法が使える。

 日常魔法以外の魔法を使うときは対価が要るし、魔女だけで食ってくのは難しいから、頑張る価値があるかは微妙だけど。

 さて、話はじゃんじゃか逸れてったけど、まあ、魔女ってなかなかに珍しいわけだ。特に社会に溶け込みきらず、魔女特有の技術を人前で使うタイプは尚更。

 ……交通ルール上どう扱われるかが、あんまり定着してない程度には。

「うーん、自転車扱いか歩行者扱いか微妙なんだよねえ、箒。バイク扱いじゃないのだけは確かなんだけど」

 さっき鉢合わせたばかりのお巡りさんが、頭を掻きながら難しい顔をしている。

「そッスか……」

 わたしは暑い中急に呼び止められた上に注意の内容を迷われて、完全に気力を奪われていた。

 箒の後ろの穂先に丸まっている黒い塊の方はしばらく口を利いてないから、もしかしたら日光の熱をかき集めすぎて死んだかもしれない。わたしも頭の黒いウィッチハットが日光の熱をかき集めすぎてゾンビなりそう。

 これで交番前だったりパトカー巡回中だったりしたなら、たぶんもうちょっとこう、手心として涼しいところにいさせてくれただろうと思う。警察の人もそれくらいには優しいと信じたい。だけど不幸なことに、お巡りさんも徒歩巡回中だったのだ。

 今はわたしと黒くて丸い塊と迷っているお巡りさんとその相棒っぽいお巡りさん、全員仲良くお日さまに焼かれている。ジリジリジュワ~。めだまやきになっちゃう。

 死にそうなわたしたちを見てか、はたまた自分たちが死にそうだからか、お巡りさんの相棒が強引に話をまとめる。

「ともかく、歩道を低く飛ぶならもっと減速してください」

「はい」

 という発言がしっかり発話できていたかどうかは定かではないが、わたしは低空飛行の箒にしがみついたまま近くのファーストフード店に入る。自動ドアをくぐる瞬間に着地するのも忘れない。流石に乗り入れはダメだろうから。

「あの、お客様……」

「はい」

 涼しさに若干生き返りながら、わたしは今度こそはっきり返事をした。

 が、目の前のカウンターの向こうの店員さんは困ったような笑顔を浮かべている。箒から降りるのが若干遅れていたのだろうか。

「ペットを連れての入店はご遠慮いただいていますので……」

「あ」

 わたしは箒の穂先にぐったりと寄りかかるそいつを振り返る。さっきまで穂先で体を丸めていた黒い塊は、さっきよりはシュッとしたシルエットになっている。

 そんなそいつは金色の目の視線を虚ろに彷徨わせながら、店員さんにもごもごと問う。

「ペットじゃなくて使い魔なんだけど、駄目かい……?」

「申し訳ございません。介助犬以外の動物はペットの扱いになる規定なので……」

 黒猫のローエンは、ファーストフード店であえなくペット判定された。

 おしまい。

 と言いたいところだが人生は続く。炎天下で。炎天下で。

「ローエン、どういうところなら、確実に入れるの……?」

 わたしは、なるべく日陰を選んで飛びながら聞いた。

 風がぬるすぎて、帽子を取っ払って髪の中に空気を取り込んでも全く涼しくなった気がしない。湿度が高すぎて汗が蒸発しもしねえ。

 更に、癖毛のロン毛を結ぶヘアゴムも忘れてきたせいで、首元に熱がこもっている。

 穂先で伸びかけているであろうローエンは、老猫のようにしゃがれた声で返す。

「最悪、公共施設なら入れるよ」

「公共施設ぅー……?」

 さっきスマホで見た感じ近くに公民館だの市役所だのは近くにない。

 となると、

「目的地の、アパートにまっすぐ行こう。で、依頼人に麦茶の無心。で、いなかったら……いなかったらどうしよう……」

 わたしは人にぶつからないように注意しつつ、小走りくらいのペースで歩道を進む。もう箒の操縦だけで頭の容量手一杯だ。

「学校施設も、基本入れる……確かアパートは大学の近くだろう? だめだったらそこへ行こう」

 ローエンの助け舟。

 希望! 紛れなく希望! おぉすばらしい!

「おぉ……」

 内心のテンションと裏腹に口からはゾンビのような声しか出なかった。

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