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103.王都へ



 ――レグノ王国第一王女、リア・ティーファレット誕生に伴い、以下記載の日取りを以って、国王主催の生誕祭を執り行う。国中を上げての祭事となりますゆえ、皆々様。この機会、どうぞお気軽にお越しくださいませ――



 その知らせは、王都を飛び出した後、瞬く間に世界中を駆け回ることとなりました。


 年月にして十五年という長い時を経て再び。レグノ王国、新国王戴冠式以来となるこの大催事は……階級に分け隔てはなく。大小様々となる貴族方はもちろんのこと、行商人や庶民なども対象とされる行事となり。国王からの招待状は人族が占める領土の全て、それこそ遠く離れた辺境の、小さな村々にまで及ばれて。それ以外にも、同盟関係であった獣人国と、エルフ国の民々にまで行き届かれました。


 急遽決まりとなった祝福の城場。


 三日三晩と開かれるこの盛大な催しを、どうか心ゆくまで楽しまれようと。お祝いの準備だ、出向かう準備だと、招待状が贈られたその日から、多くの人々が慌ただしい日々を送ることとなります。



 それは――。



「お父様、気のせいかお洋服が辛そうですわ」


「ぐっ……そ、そんなことはないさフィローゼ。ほ、ほら……ボタンもちゃんと」


「あなた……だからあれほど、普段から摂生に気を付けてと話していましたのに……」


 それは、ファトゥナ・セレネ子爵家も同様となりまして。


「しかし、まさかこの時機に王都への招待状が届くとはな…………」


「えぇ。知らしを聞いた時は、はじめ本当なのかと疑ってしまいましたが……」


「でもっ、でもっ! とうとうフィローゼも舞踏会に参加できるのですよねっ!」


 国王からの招待状が御屋敷へと届いてすぐ、当主様をはじめ夫人様とフィローゼ様も皆慌てたご様子で、生誕祭へ向けての準備へと取り掛かられておりました。


 王都までの馬車の手配、食料や着替え、舞踏会用の衣装の選定と用意。護衛に移動中の悪天候に見舞われた際の対応はどうすればよいか……安全に停車できる場所はあるのか、あるいは。通り沿いに建つ他貴族の別荘か御屋敷に宿借りすることは可能かなどと、考えなければならないことは多岐に渡り。


 ふだん綺麗なお部屋も、小物や道具、衣装箪笥から飛び出した御召し物で散乱としていて、どれから手を付けたらいいのかさえも分からなくなるほど、当主様も夫人様も目が回る様相でございました。


 そんななか、遂に生まれて初めての舞踏会へと参加が出来ることとなったフィローゼ嬢様は、人目憚らず大はしゃぎで御屋敷中を走り回っては、今すぐにでも王都へと旅立ちたい想いに胸いっぱいと、想いを馳せておられて―ー。



「当日までに間に合うかしら……」


「今さっき、急いで通信用の魔道具で王都に住んでいる知り合いの仕立て屋へは連絡しておいたから、現地に着いてから受け取る段取りで問題ないだろう」


 生誕祭までに残された時間は僅かに一週間。


「いつかの日の為にって、私のほうでも内緒でいろいろと用意は進めてはいたけれど……奇しくもその日はフィローゼの……」


「大丈夫だ。きちんと全部揃えてから、あの娘に最高の想い出を作ってあげよう」


 移動に必要な日数を差し引けば、本当に残された時間は限られて。

 それでも当主様と夫人様は、愛娘のためにと。この機会を最高の旅路にすべく、侍女の力も借りて準備を進めて参ります。


「さぁ、フィローゼ。いよいよ貴女が待ち焦がれていた舞踏会よ。出発する日の直前まで、この後もみっちり舞踊の練習をしますからね」


「はいっ、お母様っ!」


 そうして、一息つけばすぐさまに。


 当主様が各所へと連絡を回っている間、燥ぐフィローゼ嬢様の姿を見かけるや、夫人様は気合の込めた表情で娘を呼び出すと、来る本番の日に向けて最後の仕込みを試みるのでした。



* * *



「舞踏会、ついに……ついにっ」


 いよいよ出発の日を翌日へと控えたその夜。


「お父様がお話していたお祭り……食べ物に色んな催し物…………」


 夕食も済まされ、一人自室にて寝台の中で横になられていたフィローゼ嬢様は。


「早く、早く王都へ……」


 今すぐにでも、王都へと。眠気は一切に感じず待ちきれないご様子で、毛布の中で明日が来るのを心から焦れておりました。


 これまで想像でしか過ごせなかった日々だったが。いよいよ以って、両親から聞かされてきた物語が現実に、この眼で、この肌で実感することが出来るのだと。

 考えれば考えるほど頭のなかは冴え、胸の内のワクワクは止まることを知らずして。夢叶う瞬間を、一刻一刻と待ち続けます。


「明日…………あし、た……」


 荷物は全て、部屋の外へと積み上げられては。


「あし、た…………あし……」


 着替えるお洋服も全て、衣装箪笥から出されたまま、明日目覚めてから出発までの段取りも完璧でございます。


「すぅ…………すぅ……」


 この日まで、毎日欠かさずに。

 舞踊の鍛錬を重ね続けてこられました。


 いよいよ。いよいよでございますね。

 夢見る眠り姫、ファトゥナ・セレネ・フィローゼ嬢様。


 貴女様が描き憧れた素晴らしき世界が。

 新たな夜明けを合図として、幕を開けられるのです。



 翌日―-。



「それでは、屋敷のことは任せたわ」


「はい、夫人様。かしこまりました」


 空はまだ白み始めてから間もない頃。

 肉眼でハッキリと、蒼き残月が見えるほどに早い時間から、ファトゥナ・セレネ子爵家の王都へ向けた旅路は始まります。


「ふぁぁ……お父様、まだフィローゼは眠たいのです…………」


 既に積み荷は馬車の中へと全て入れられて。

 積み忘れは無いかなど、最終の確認を当主様が行われる最中、夫人様は侍女に留守の間を頼まれます。


 前夜、あれだけ楽しみとされていたフィローゼ嬢様は、何度も寝ぼけ眼を擦りながら、フラフラと。今にも眠りそうなご様子で、当主様の着る服の裾を握りしめます。


「…………よし、全部揃っているな。さぁ、乗り込もう」


 暫くしたのちに。全ての荷物に目を通された当主様は、馭者に合図を送られますと、続けて夫人様とフィローゼ嬢様にも声を掛けまして、出発の時を迎えようといたします。


 そうして、神に無事を祈りつつ。


「道中に、幸運あれ」


 当主様、夫人様。そして、フィローゼ嬢様は馬車へと乗車されまして。


「フィローゼ、王都へ参りますよ」


「はい、ぃ…………」


 期待と緊張。様々な感情を抱えながら。

 いざ王都へと、向かわれるのです。


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