目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

96.モノ語り



 いかがだったでしょうか。



 人々を癒す力を。安らぎをもたらす才を持って、この世に生まれた者が一人。


 幼き時にて、親愛なる姉と大いなる約束をしたのちに。

 叶えるため、果たすためと。その身と心を粉骨させ。


 生まれ故郷を離れ、環境を変えてまでも。苦しい日々を耐え忍び、ただひたすらに前だけを向き、懸命に苦難を乗り越え精進を重ねてきた。


 にも、拘わらずして。


 夢叶うその目前にして。

あぁ。最愛なるかの姉、かの人を病で亡くして道半ばとなってしまい――。


 交わした約束を果たせぬまま、絶望の沼底へと沈んだ、其の者が。


 長い長い年月を経た先に。


 異世界という見知らぬ場所にて、なんたる奇跡か。

 奏でられた美しき音色、その響きに導かれた愛捧げる者の存在により、想像を絶する怪異なる存在を前にしても、再び手を取り困難へと立ち向かい。


 そうして輝きを取り戻す、歓喜に満ちた博愛たる物語を――――。



 いかがだったでしょうか。



 肉親の顔も、想い出の記憶も持たずして。

 赤子の身であれ異場所へと預けられた者が一人。


 すくすくと。健やかに育っては、皆々の頼りとなる存在へとまで成っていき。

 困った者、弱き立場の者へと手を差し伸べて――。


 心から。そう、心から。

 他者へと寄り添う逞しき其の者が。


 恐ろしき悪魔の所業により、突然にして。

 安寧を、友を、居場所を全て奪われてしまい、覚えなき罪をその身に着させられたらば。

 多くの批難と理不尽を浴び続け、孤独にたった一人で苦しんでは。


 誰よりも優しく、誰よりも他者へと手を差し伸べていたというのに。

 いつの日か、他を信じる心を失ってしまわれて。


 それでも、なお。


 亡き友による懸命な願いによって、大いなる奇跡によって再会し、そして。

 かつての悪魔、その強敵を討ち倒し、友を想う真心に触れ、再び他者へと手を差し伸べるようになる、信頼を以って憤怒を乗り越えし、友愛たる物語を――――。



 いかが、だったでしょうか。



 生きる世界、住む世界の違う者同士。

 人を恋することへの価値観と、決して理解し合えぬ想いはぶつかり合い。


 一人は、いつ死ぬか分からないこそ“今”、想いを伝えることを大事にするのだと言い。

 もう片や、いつ死ぬか分からないこそ、“未来”を拓くために“今”を精一杯生き延びてほしいと告げて。


 どちらも引かない想いを抱え込んでいた最中。

 今生の別れは突然として訪れて――。


 相反する二者は、人智を超えた怪物へと立ち向かい。

 片や生き延び、片や最期を迎えてしまわれては。


 託された者は、その生き様を胸へと刻み。

 託した者は、未来への安寧を願いて眠りへと就く。


 そんな、滾り恋が描かれ映された、享楽の物語を――――。



 様々。

 そう、様々に。


 生けし生きとし全てのモノが抱いた、様々な情が織りなす物語は。


 どれもこれも興深く、不思議な意図の絡み合い、紡ぎ合いが垣間見え。

 やがて、それは一本の大きな筋へと成り得て参りました。


 そんな、素敵で面白い様相をいつまでも。


 あぁ、いつまでも。

 眺め、語らいでいきたいものですが。


 悲しきや、哀しきか。

 そんなお戯れも、少しずつ。


 少しずつ、少しずつ。

 名残惜しき、終幕へと近づこうとしております。


 しかし、嘆いていても仕方がありません。

 これが、私の仕事でございますから。



 ここまで。


 ここまで、三つの物語を語らいで参りましたが。

 お次はいよいよ四つ目の番。


 謳いましょう、騙りましょう。


 この身滅びても最後まで。

 お役目果たして去りましょう。


 どうか、どうか本公演をご覧のお客様方。

 その物語の最後まで。


 引き続き、お席を離れずにお楽しみくださいませ。



 それでは――。



 叶えし者と、叶えられなかった者。

 その、悲哀に満ちた、家族愛の物語を。



 どうぞ。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?