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94.最期までと、言っただろう



 ………………なん、だ



 ここは…………どこ、なんだ



 真っ暗で、寒くて…………何も、わからない

 どうして、俺は……こんな…………



 ………………だれ、だ



 だれか…………これは……泣いて、いるのか?



 どうして、そんなところで泣いているんだ……?

 誰かと逸れたりでもしたのか……? どこかで、ケガでもしてしまったのか……?


 それとも……………………



 …………あぁ



 人が、誰かが悲しむ姿に出会うのは、いつもいつも……耐えられない。


 戦争で、家族を友人を…………大切な者を亡くしてしまったと。

 国へ、街へと帰ってくるたびに。


 何度も、なんども。


 もう、数えきれないほどの悲痛な叫びを聴いてきた。


 息子を失った。伴侶を失った。愛する者を、生まれ故郷が同じだった親友を、魔族に殺されてしまったと。


 その姿を、見るたびに。

 俺は、己の非力さを。嫌というほど痛感させられてきた。


 どうして、俺はこんなにも。

 誰一人すら、助けるなんてことが出来ない、なんと弱い存在なのだと。


 己が日々握っているものが、この剣が。なんの為にあるものなのかと。

 言葉にできないほどの憎悪を、自分自身へと向け続け。


 皆が家路へと向かっていったあと。

 人知れずに。毎日毎晩と、城内の壁に頭を打ちつけて。


 皮膚が裂けても、血を流し床を汚しても。


 城の者に止められても、ずっと。

 胸の内にある悔しさが消えない、苛みが消えないから――。


 魔族を倒すことが出来なかった。

 民を救うことが出来なかった。


 己の力の無さを、ずっと呪い続けた。


 だが、次の日になれば、昨晩のことは悟られぬよう皆の前へと立ち直り。

 また、何気ない顔で訓練へと、任務へと向かっていき。


 そんな日々を繰り返しながら。


 そうずっと、一人で。

 誰にも相談などせず、不器用に、この葛藤へと向きあい続けてきた。


 …………そう


 一人の人間の好意にも、目を向けずに。

 ずっと、ずっと…………。



 ………………あぁ



 なんて、なんて。

 俺は、愚かな人間なのだろうか。


 それでも。

 どうか、どうか。いつの日か。


 魔族を全て、討ち倒してほしいと。



 みな、今生の願いを。

 こんな俺へと託してくださって…………



 ………………どうして



 どうして、俺はいま、剣を握っていない。

 どうしていま、己の掌に。あの柄の感触が伝わってこない。



 …………俺はいま、眠っているのか……?



 どうして、なぜ。俺は目を閉じている。

 俺は、あの化け物とずっと闘っていたはずだ。



 あぁ、そうか……そうなのか



 俺は…………ようやくアイツを倒して、役目を全うしたから。

 だから、こうして休んで…………。



 ……………………ちがう



 感じるぞ、奴の気配が。

 聴こえるぞ、奴の呼吸が。


 奴はまだ…………生きているぞ


 なぜだ、どうしてだ。

 どうして俺は倒れている。


 誓ったはずだぞ。


 奴が倒れ伏すその時まで。


 この剣を、命尽きた後でも。

 絶対に、振り続けることを止めないと。


 起きろ、起きるのだ。

 あのとき、己へ約束したことを破ろうとでもいうのか。


 繋ぐのだ、果たすのだ。


 己が守りたいと、拓いてやりたいと。

 国と民、そして、大切な者達のその未来を。


 もう二度と。悲しむ者が現れないように。

 だれも、奪われない世界へと変えていくために。


 …………あぁ。



 そうだった。



 ずっとこれまで。

 こんな愚直な俺の傍へと寄り添って。


 支えてくれた、大切な部下に。


 心からずっと、愛していたと。



 そう、伝えるために――。



* * *



「捉エタ、ゾ…………」



 敗れてはならぬという、異常なまでの執念に憑りつかれた巨躯の怪物。


 片腕を失った状態からなんと。突然の変異によって広大な背中から四本の腕を新たにはやしては。


「喰ラウガ、ヨイ…………」


 とうとう、逃げ躱し続けていた天下を捕捉したらば、ここまで右腕一本のみで引きずり回していた大太刀を、背中から奇怪に伸ばす腕を器用に使いて握り締める。


「ツヨヨ危ないっ!!」


 危険を察知したコクマーが、天下の背後から大声で叫ぶも。


「(こいつ、ウソだろっ……!?)」


 化け物の変化と、赫刀へのエネルギー充填の未完了が、彼を焦らせて。

 僅かに集中を欠いてしまった天下は、エーイーリーの動きに一瞬反応を遅らせてしまい――。


 気づいたときにはもう、彼の目の前で巨躯の怪物は得物を頭上高々と掲げ。


「終ワリダ…………」


 予想外も予想外。


 回避すべきか赫刀で受け止めるべきかどうか。

 展開めまぐるしく、移り変わる局面の激化に彼の思考と判断は追いつかず。


 術打つことすら赦さんと。

 怪物によって掲げられた銀飾の大太刀が、いよいよ以って天下の頭上めがけ、轟音鳴らし振り下ろされる。


「“ עונש אלוהיデント ” ― 天誅 ―」


 その場から一歩も動けずに固まってしまった天下に襲い掛かるは。


 ローミッドに深傷刻んで、地へと沈ませた総身の一撃。


『充填率…………九十九パーセント』


 敵が繰り出す御業に対し、天下が待ち続ける赫刀の成熟は小差及ばずに。


 あとわずか。その僅かが彼を惑わせ。

 彼の握り締める両拳の隙間から、勝機を零し、落としめる。


「(やべぇっ……!!)」


 目を見開き呆気にとられ。

 助けを求めることも、一言も発することも出来ずに――。



 死闘は不慮の結末となりて。


 生けし生きとし全ての生物へ。

 確殺を告げる死の銀光が。


 天下の躰へと、襲い掛かった。




「…………言ったはずだぞ」



 ――――だれも



「貴様が倒れ伏す、その時までと…………」



 ――――――かれも



 帰ってくると、思えるわけがなかった。



 鮮やかに。


 儚げにも、血潮の花弁を舞い散らせた其の者が。

 再び、もう一度と。


 この、戦場(いくさば)へと戻ってくるはずが。


 そんなことなど。

 微塵も考えきれるわけがなかった。



 ――――だが



「…………剣・極技」



 天下と、エーイーリー。



「“ עוֹלָםオラム ”っ!!!! ― 宙 ―」


「「――っ!!」」



 龍虎相打つ終局の、その刻。


 二者の間に立つ、一人の人物が現れたらば。


「ナン、ダッ……!?」


 振り下ろされた銀飾の大太刀は、劈くような鋭い金属音を響かせながら、激しい火花を散らして。

寸での所で受け止められ、天下への殺しを阻まれてしまう。


 何が、いま起きたのか。

 分からず驚き固まってしまう両者の目の前には。


 なんと。


「…………おっさんっ!!!!」


 巨躯の怪物によって敗れたはずの。


「たいちょぉぉぉっ!!!!!!」



 ローミッド・アハヴァン・ゲシュテインの姿があった。



「キサマッ……ナゼッ!?」


 あれほどの一撃を浴びながら。

 なぜこうして今、再び立ち上がっては己の前に開かっているのかと。


「おい、化け物」


 そう、信じられないといった様子で、動揺し怯む怪物に対して。


「最期までと、言ったはずだ…………」


 大切な部下の剣を、手に握り締める其の男は。


「キサマが死に絶えるその瞬間までっ……!! 絶対にこの剣を振り止めることはないとっ!!」


 確殺の一撃を相殺したのち、さながら血気迫る剣幕で雄叫びを上げると。


「言ったはずだぞっ!!!!」


 鬼神の如く、振り下ろされた大太刀をジワリジワリと押し返し、巨躯の怪物を圧倒しようとする。


 そうして。


「何をしているっ!!!!」


「――っ!!」


「やるんだっ!! アマシタツヨシッ!!!!!!」


 いま、ここでトドメを刺すんだと。

 背後で立ち呆けていた天下へ向けて、合図を送り出せば。


「お、おっさんっ……!!」


 ローミッドからの合図に、ようやく正気へ戻った天下は。

 動けるようになった身体を奮い立たせ、素早く後ろへ飛び退くと。


 次の瞬間。


ORDERオーダーCOMPLETEDコンプリート:充填…………完了』


 同時、天下の目の前に表示される青パネルが示すゲージが、全て赤色へと染まったことが確認される。


「ツヨヨッ!! ラストッ!!」


 コクマーからも、同じく合図を受けた天下は。


「………………剣・終技ッ!!!!」


 腰低く、地面擦れ擦れまで躰を屈めれば、熱く極限にまで煌めく赫刀納める鞘と、その柄に両手を添え。


『プログラム…………発動』


 巨躯の怪物に向けて、最後の一撃を放たんとする。



「(おっさんっ……おっさんっ……!!)」


 この一振りに全てを乗せた、その先が。

 異形の怪物の首へと為るように。


 呼吸を整え集中し、狙い澄ます天下の視界には。


 いまこの瞬間も。


 身体中から血を流し、それでも誰かの為に。誰かを守ろうとするために怪物と対峙し続けるローミッドの姿が捉えられ。


「(なぁ、おっさん…………)」


 その背中を見る天下は。


「(あんた、やっぱりスゲぇんだな…………)」


 その強さ、堅剛さに。

 改めて、ローミッドが持つ想いとその覚悟を実感させられて。


「コクマっち! 倒すぞっ!!」


 一つ勢いよく息を吐き、気合籠められた音頭を上げる。


「サセヌッ……!!」


 ローミッドとの競合いを嫌ったエーイーリーが、身の危険を感じてはすぐ、視界の奥で構える天下へと向かおうとするが。


「行かせんっ!!!!」


 それを、ローミッドが赦すわけがなく。


 振り下ろしていた大太刀を持ち上げようとした怪物の動きに合わせ、瞬時に剣を手元へと引いたローミッドは、すぐさま振り上げられようとしたその大太刀の上へと剣を被せて。


「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」


 最期の力を振り絞り、足掻こうとする怪物をその場へ押し留める。


「隊長っ!! それ以上はっ……!!!!」


 遠くから、二人の闘いを見つめるペーラの叫び声に。


「頼むっ……!!!!」


「どうかアイツを倒してくれぇっ!!!!」


 死んでいった仲間の為にもと、両手を握り締め懇願するエルフ国兵らの声。


 そんな彼らの交じり合う声に反応したかのよう。

 天下が構える赫刀の煌めきは、より一層と輝きを放ち。


「すぅーーーー」


 天下烈志。


 信頼する守護者と、身を挺して防いでくれるローミッドに守られる彼の。


 握る赫刀からは、感謝と、愛と調和を以ってして。


「剣・終技」


 ここまで幾度も絶望を振りまいてきた、巨躯の怪物へと向け。


 最後の一撃が。



「― ソシジ ―」



 放たれた――――。




 抜刀一閃。



 天下の左腰から抜かれた赫刀は。


 紅の軌道を空へと描いたらば、それ以上の万象を起こすことはなく。


 何かを刻み込む斬撃や、胸がすくような音もなければ。

 板造りの広間には、静寂が訪れて。


 その場に居合わせる者、何者にも。

 何らかの影響を与えることは無いように見られた。



「ナンダ…………」



 天下による抜刀が繰り出された一瞬。


 まるで、時が止まったかのように。

 全員が、怪物が。


 一挙手一投足。

 その刹那へ釘付けとなり。



「ナニモ、無イノカ…………」



 ローミッドによる足止めを受けていたエーイーリーも。

 抜刀の瞬間を目撃しては、思わず躰を硬直させてしまったが。


 数秒、数刻と。

 静寂漂う空間を一見したらば。


「ハッタリ、カ…………」


 天下による攻撃が、虚のモノだと判断すると。


「覚悟ハ……イイナ」


 目の前で立ち尽くすローミッドと、奥で片膝を突く天下の姿を交互に一瞥し。


「喰ラエ…………」


 床に落とされた銀飾の大太刀を拾い上げ、背から伸びる腕を奇怪に扱い柄を握りしめる。


 そうして、命奪わんと大太刀振り上げようとした――。



「………………ァ?」



 ――――だが



「ァ…………ナン、ダ?」


 唐突に、エーイーリーの視界は宙を一回転として。

 天井見上げたかと思えば、今度は己の背へと移ろいで。


 腰、そして臀部へと雪崩れていけば。

 両脚が見えた途端。


 額は床板へとぶつかって。


 鈍い音を一つ響かせながら。

 虚しく板上を転がっていく。



 何が起こったのかさえ分からない。


 ただ、力は一切伝達されず。

 感情も、感覚さえも呼び起こされることなく。


 巨躯の怪物の目が。

 ちょうど、顔を上げた天下の目と合ったその時。


 首が無くなった巨大な躰は。

 握り締めていた大太刀をゆっくりと手放したのち。


 己が敗れたことさえも、気づかないまま。


 静かに、ただただ寂しげに。


 燃え尽き吹雪く灰のように。


 巨躯の化け物、エーイーリーは。

 この板造りの広間から、完全に消滅するのであった。



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