「剣技っ! “
「ヌゥッ……!」
「“
「グォアッ……!!」
覚醒を果たし、持てる力全てを使っていざその首を討ち取らんと、巨躯の怪物へと向かって果敢に攻め立てていく天下。
「オノレッ……! “
対し、左腕を失ってしまったエーイーリーも、残った右腕のみで銀飾の大太刀を振り回しては。絶対にやられてたまるかと、次々と繰り出される天下の技に抗おうとし。
「ツヨヨッ!」
そこへ。
「これ以上はこっちの消耗も激しいから、そろそろ技の数減らして、なるべくトドメの一撃だけに力を温存してっ!」
二者の闘いを、天下の背後から見続けていたコクマーが。
「ジャンキーのほうも出血が多過ぎて大分動きも鈍くなってきてる! あとは上手く躱しながら時間と隙を作ってほしいっ!」
傷つき、徐々に疲弊する化け物の様子を窺いながら、大声を上げて彼へと細かな指示を告げていく。
「オッケィ、コクマっちっ!」
それを聴いた天下は。
「そいっ!!」
「――っ!」
すぐに、エーイーリーの懐から後ろへ向かって飛び退くと、怪物の持つ銀飾の大太刀が及ぶ攻撃範囲の外側まで軽快に離れていき。
「…………さて」
そうして、ある辺りで一度立ち止まって、再度エーイーリーとの距離差を確認した天下は、手に握る赫刀を、腰の左側にぶら下げる鞘の中へ静かに納めると。
「
すぐ目の前の、何もない空間へ向かって。
まるで、差し出されたマイクに声を送り届けるよう小さく呟けば。
『…………声紋認証、承認』
唐突に、天下の耳元にて抑揚のないアナウンスが流れ出して。
「“
そして、入ってくる音声に応えるよう、再び天下が技を唱えた。
その、途端。
『
またしても。機械音声の案内が天下の技名に反応すると。
「…………おっ! マジで出たっ!」
次の瞬間には、驚く天下の眼前に、一枚の青い電子パネルが浮かび上がり。
『チャージ、開始』
続けて、パネル上に空となった一本のゲージが表示されると、時が経たないうちに底のほうから少しずつ、赤色に染まるメーターが上昇し始めるのだった。
「いよぉーしぃ……」
メーターの動きを確認した天下は、赫刀納めた鞘に両手を添えると、遠くに立つエーイーリーの姿を一瞥し。
「あとは、このゲージがフルマックスになるまでの辛抱だなぁ……?」
己が狙い叶うその時までの凌ぎについてを、綿密に計画立てていく。
「ナンダ…………キサマ、何ヲ企テテ…………」
唐突に攻撃を止めた天下の動きに、強い違和感を覚えたエーイーリーは、遠く離れていった天下の姿へと顔を向ければ。
「アノ…………カタナ……」
次に気になったのは、天下の両手が添えられる鞘のその中身について。
ちょうど天下が技を唱えたすぐに、鞘に納められた赫刀が謎の白銀の光を帯び始めれば、その光は時間が過ぎるごとに徐々に徐々にと大きく、強い輝きを伴っていき。
「アレハ……マズイ…………」
板造りの広間中に微かに響き渡る金属摩擦に似た高周音波と、異様な雰囲気を醸し出すその鞘と赫刀に、じっと観察していたエーイーリーが危険を察知すると。
「ヌゥンッ……!!」
すぐさまその場から大きく駆け出し、天下との遠い距離差を一気に縮めて大太刀が届く範囲へと侵入する。
「来たなぁ! それぇいっ!」
如何にも大技を繰り出すであろう者を見逃すわけがなく。
それでも、エーイーリーが近づいてくることを予測していた天下は、そこから右後ろへと走り、怪物によって振るわれる大太刀の軌道上から逃げ、そして、自身の左側を通り過ぎていくエーイーリーとのすれ違いざまに迂回して。
「よっ、ほっ、ほ!」
今度は背後を取ったらば、また壁際ギリギリまで駆け抜けて、先ほどと同じように、大太刀が届かない距離まで離れ去っていく。
『充填率……二十パーセント』
「(思ってたよりかは速いな……よしっ)」
敵が繰り出す攻撃に捕捉されないよう、同じ位置で留まることなく高速に移動を続ける天下は、映しっ放しの青パネルへと時々目をやりながら、赫刀へ注がれるエネルギーの充填状況を確認し。
「サセヌッ……!」
「うりゃっ!」
「コノ…………クセモノガッ!」
「一生言ってろっ!」
詰められては離れ、大太刀迫れば搔い潜ってを繰り返して。
『充填率……四十パーセント』
怪物との追いかけっこを続けているこの間にも、天下の目の前で動き続ける赤色のメータは。
『充填率…………五十パーセント』
順調に、ゲージ内を染め上げていく。
「グォォッ……!」
充填が進む度に、天下が持つ鞘と赫刀から発せられる白銀の煌めきは、強さと熱さを増していけば。
「コノ……ママデハ……!」
標的へと近づけばより感じさせられる、周辺空気の微振動が。天下を仕留めようと躍起になる巨躯の怪物の焦りをさらに煽り、苛ませる。
ただでさえ、腕一本を失って。
「(捉エ……キレヌッ)」
ローミッドと天下。二人から受けた傷は積もりに積もり、これまで垂らした怪物の血が描くは、渓谷に流るる川のよう。
「ナゼ……ナゼダッ!」
『充填率……五十七パーセント…………六十三パーセント……』
「オノレッ、オノレッ……!!」
怪物とはいえ、その身は決して不死身ではない。
身のこなし、速さに強度。
躰という資本から生み出される静と動、その全てが。疲労と損傷によって機能を低下されていく。
「おい、ジャンキーッ!!」
そんな、明らかに苦悶の様相を露わにするエーイーリーに。
「分かってっかぁっ!? いまてめぇが相手してんのは、オレだけじゃねぇんだぞっ!!」
板造りの広間を縦横無尽に駆け回る天下が、血相変えて大声を上げたらば。
「てめぇがずっと相手にしていた剣士のおっさんはなぁっ! 今でもこうしててめぇを苦しめているんだよっ!!」
唐突に。
彼は、ローミッドと、その怪物の身体中に刻まれた傷跡についてモノ語り始める。
「そうやって、てめぇが何かしようとして力む度に、てめぇの躰についた傷は開いていってなぁっ! 止まったかと思った血はまた流れて、それがまたてめぇを苦しめるのさぁっ! オレが言いてぇことわかるかぁっ!? こうやってオレの相手をしているうちにも、てめぇは段々負けに近づいていってるんだよぉっ!!」
皆を窮地から助けるべく、エレマ部隊本部基地からここ、フィヨーツ内生命の樹へと向かい。
「おっさんは強ぇんだぜっ!! なんてったって、このオレに勝った漢だからなぁっ!!」
そんな彼が、ようやく辿り着いた先にて初めに目撃したのは、エーイーリーとの闘いに力負け、ペーラの腕の中で静かに眠るローミッドの姿だった。
「いまオレがこうして闘えているのも、生きて無事でいられることも! 剣士のおっさんが命賭けて存分にてめぇを削りに削ったから……そのお陰なんだからなぁっ!!」
衝撃、恐怖、拒絶。
その全ての感情が、彼の胸中で一気に混ざり、溢れ出して。
己が手も足も出なかった相手でさえも。
いざ、斬られてしまえば力無く。
糸が切れた人形のように倒れ伏し、あれほど屈強だった姿など見る影も無いほどまでに、呆気なく。人という生き物は簡単にこと切れてしまうだなんて。
あぁ。そうかと――。
冗談でも、夢幻でもない。本当にこの世界は、自分が住む世界とは全く異なっていて。
こんなにも。信じられないほど死が平然と傍を歩いているのかと。
ローミッドが言い放った、彼の世界が羨ましいという言葉が。
あの時、月夜煌めく湖畔での決闘での、ローミッドの激昂とした表情が。天下の脳裏で激しく想起させられてしまった。
現実であることは、もちろん分かっていたつもりであったが。
やはり、彼の心のどこかでは、ゲームのような仮想空間の世界にいる感覚が、厚く蔽い被さっていたのだ。
覚醒を果たした今もなお、“エレマ体”という護られた存在に助けられている。
何の因果か巡り合わせか。コクマーという、彼にとって超越した存在と出会い、こうして常に扶助されていなければ。
まさに、彼ノ化け物とまともに対峙し渡り合うことすら出来ていなかったと。
ここまで己がしでかしたことに対する罪滅ぼしのつもりでもない。
ここで、誰かを救うことで、何か自分の心の中に曇るものが晴れるなど。そんなことを期待しているわけでもない。
それでも。
だからこそ。
「だからっ! てめぇは何がなんでもオレがここで叩き斬ってやるんだよっ!!!!」
この化け物は、ここで、絶対に倒すんだと。
「さぁさぁさぁさぁっ!!!!」
『充填率…………八十パーセント』
ここまで繋いでくれた、ローミッドが抱える想いを。
自分なりに、ほんの僅かでも手に取れているのならば、と――。
「グゥッ……!」
気炎を揚げる天下を前に、その場で立ち尽くして歯を食いしばるエーイーリー。
このままではじり貧となって、いずれ隙を作られたところであの煌めく赫刀によって討滅させられてしまうと。
「ソレダケハ……何ト、シテデモッ…………!」
それだけは避けなければならないことは、巨躯の怪物もよく分かっていた。
だが。
「…………ウツロ - 虚 -」
「二度は喰らうかよぉっ!!」
「――っ!? グワッ!?」
片腕を失ってからここまでずっと、銀飾の大太刀を残った右腕のみで持ち上げていることすら厳しくなっていき。
またさっきと同じように、大太刀だけを標的へと投げつけて意表を突かせようと狙ったものの、既に見切っていた天下によってそれは防がれ、逆に懐へと入られたらば、ローミッドによって付けられた胸の大傷めがけて蹴りを入れられてしまい。
「グゥッ……! コンナ……ヤツ、ニ……!」
再び開いた傷に悶絶するエーイーリーは、思わずその場で片膝を突き怯んでしまう――。
『充填率……八十三パーセント』
「此ノママ…………ワレ、ハ……」
このまま、己はここで敗れ去ってしまうのか。
『充填率……八十七パーセント』
「ソレ、ダケハ…………」
こうしている間にも、トドメにされようとする一撃が間近に迫りつつあるというのに。
「ユル……サヌ…………」
マナの実も取られ、己が仕える主人に何の手向けも出来ないままに。
「許サレヌ…………」
このまま朽ちて何も残さず消えてしまうなど。
「許サレルモノカァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!!!!」
「「「--っ!!」」」
強者であり続けようとする、その矜持とプライドが赦すことはなく――。
「グッ……! グォァァァァァァァァァァァッ!!!!」
床板に跪き、悶え苦しんでいた怪物が。
「な、なんだっ!?」
唐突に、今まで以上の咆哮を上げたらば。
「ツヨヨッ!! 何か来るよっ!!」
その場で大きく足踏みをすると。
「“
満身創痍となった身体中からは、禍々しい漆黒のオーラを放ち。
「ゴアァァァァァァァァァッ!!!!」
「「――っ!?」」
なんと。
「なにぃっ!?」
肉が裂ける音と共に、鎧に守られる広大な背中から急速に、四本の腕が新たに生えたのだった。
「ウソだろおいっ!!」
「ユルサヌゾォォォォォォッ!!!!!!」
天下によって斬られた腕はそのままに。しかし、合計五本となった腕を携え狂気に満ちたその姿はいよいよ以って、奇形奇怪の妖となり。
「ツヨヨ気を付けてっ!!」
その姿を見た一同はあまりの迫力と悍ましさに絶句して。エーイーリーの変化に思わず立ち止まってしまった天下に、急いでコクマーが声をかけ怪物と距離を取るように促す。
「ちっ! こんなのあり得んのかよっ!!」
あまりの事態に困惑の色を隠せない天下は、コクマーの言う通りにすぐその場から離れようとするも。
「逃ガサヌ……! 逃ガサヌゾォォォォッ!!!!」
そんな天下を野放しにはさせないと、圧死するほどの殺気を放ちながら、すぐさま追いかけようとする。
『充填率……九十パーセント』
「くそっ! あと少し、あと少しなんだ……!」
死に物狂いで追いかけてくる怪物から辛くも逃げ切ろうとする天下は、今か今かと仕切りに目の前の青パネルへと目をやり続け。
『充填率……九十一パーセント』
「(まだかっ……! まだなのかっ!!)」
一つ一つ、赤に染まりゆくメモリの変化は段々と。
見るたび確認する毎に、彼の中でゆっくりと、嫌にも遅く感じるようになる。
すると。
「ツヨヨ危ないっ!!」
――――その時だった。
「――っ!!」
唐突に、背後にいたコクマーが天下へ向けて大声で叫べば。
「捉エタ……ゾ」
なんと、気付けば天下の目の前には。
「(こいつ、いつの間にっ……!!」
背中から生えた腕を器用に扱い、銀飾の大太刀を握り構えるエーイーリーの姿があり――。
「まずいっ……!!」
抜刀できないこの状況にて、至近距離から繰り出される太刀は不可避の業。
「コレデ……サイゴ、ダ…………」
充填の完了間近と、巨躯の怪物の変化の重なりが。
「避けられねぇっ……!」
ここへきて、天下の焦りを生み出すきっかけとなってしまう。
『充填率……九十ニパーセント』
急いで回避を目論もうと、この刹那の間に四方八方へ視線をやる天下だったが。
「喰ラウガ、ヨイ…………」
もう既に、眼前の敵は攻撃態勢へと入っており。
『充填率……九十三パーセント』
「危ないっ! ツヨヨッ!!」
避けることも、受け止めることも出来ない天下に、背後から懸命にコクマーが叫び続けるも。
「(ダメ、だ……! 間にあわねぇっ……!!)」
『充填率…………九十四パーセント』
まるで地に足がへばり付いたかのよう、一歩も動けずに。
天下はただ、エーイーリーによって大きく掲げられる銀飾の大太刀を眺めることしか出来なかった。
『充填率…………九十五パーセント』
ここまで溜めてきたエネルギーを。
一度、別の技として使うかそれとも。
『充填率………………九十六パーセント』
そう、迷い悩んでいるうちにも。
「終ワリダ…………」
怪物は完全にトドメの構えを終えてしまい――。
『充填率……………………九十七パーセント』
――――そうして、遂に。
「“
エーイーリーが呪言を唱えた瞬間。
『充填率…………………………九十八パーセント』
天下の頭上へと。
「(やばっ…………!)」
神速の一撃が、放たれるのであった。
『充填率……………………九十九パーセント』