時は戻り、エーイーリーとの戦闘の最中にて、突如として顕れたマナの実を天下が手に入れた後――。
「最初、コクマっちに無理やり全部晒されたときは、マジでどーしよって思っちまったからなぁ」
「ツヨヨは昔からずっと、純粋で不純な男だからねぇー」
「はっは。うるせーうるせー」
六面緋色に染まる亜空間では引き続き、天下とコクマーの両者がお互い笑い合いながら和気藹々と話しをしており。
「生きてりゃ世の中こんな不思議なことなんてあるんかよってなぁ」
初めてコクマーと出会った時の瞬間を思い出していた天下は。
「まぁでも、散々失敗ばかりの生き方だったんだけどな……」
いま、この時もまた。己の、これまで生きて歩んできた道のりを。
どこか少し、こそばゆい感覚を伴いながら、憂いるように顧みる。
「それでも」
それでも、そんな天下に。
「それでもツヨヨは、一生懸命だった」
彼の半生を見守り続けてきたコクマーが、ふと。僅かに頬を緩ませて。
「自分自身をもっとより良くしたい。ただ、それだけの為に、ツヨヨは色んなことを、誰よりも頑張ってきた。だけど今回は、それが行き過ぎて暴走しちゃったというお話」
また、口角上がった口元の端からは可愛げに、小さく生えた八重歯を覗かせながら。彼女は天下のこれまでの誤ちを責めることなく、赦し。
そうして。
「こうやって、誰かの為に駆けつけてきたんだから、もう大丈夫」
彼の全てを、受け入れる。
「そう、だなぁ……」
それでもまだ。
「…………ねぇ、ツヨヨ」
心のどこかでは、悔恨の枷を嵌める天下の表情を見たコクマーは。
「ツヨヨにとっての、“一番の強さ”って、なんだと思う?」
かつて、天下の父が、道場で彼へと言った事と同じ言葉を投げかけて。
「オレは…………」
コクマーからの問いを聴いた天下は。
「オレにとっての、一番の強さ…………」
おもむろにその場へ座りだすと、そのまま下を向いては考え込む。
「(オレはずっと……オレ自身が良くなることだけしか考えてこなかった)」
己自身のこと。
幼き頃から、今までの。自分自身を突き動かしてきたものについて。
一度好いた女を追いかけて。
いつでも自分の足りない要素を補おうと、夢中になって努力をし続けてきた。
周りが止めても、離れていっても飽き足らず。
どんなに身体が、精神が疲れ果てても。過去の自分を追い越す為ただそれだけに。
理想とする自分の姿に目を惹いてもらうため、そして認めてもらうため。
その一点だけを、見続けてきた。
父親の背を見て始めた剣道も。
いつの日か、自分という存在を着飾るためだけのアクセサリーとしてしまったやもしれない。
あの日、自分の心と身体が乖離した日。
男という生物として根幹たるものが、何も感じなくなってから。今まで積み上げてきたもの全てが崩れ去っていってしまった感覚に襲われて。
これがなくなってしまったらば、自分はこれから何を以って生きればいいのだろうかと。今まで
今までどうやって、人と接してきたのだろう。
今までどうやって、言葉を返していたのだろう。
今までどうやって。
自分はこの足で目の前の道を歩み続けていたのだろうかと。
初めて、人という生き物が自分の中で怖くなり始め。存在意義すらも、自分の中で分からなくなってしまっていた。
人知れず、そんな苦悩に藻掻いていた時。
三年という月日を経て、ショスタ・ペーラという一人の女性騎士との出会いが。
閉ざされていた彼の扉を衝撃的に開いたのだが。
彼は取るべき行動を誤って。
エレマ部隊員という認証を剥奪され、再び己の存在価値を失ったと沈みこんでいた。
だが、今。己はここにいる。
総隊長の追手を振り切ってまで、自分はいま。闘いの場所にいる。
「正直……まだ全然分かってないけど」
一つ違えば、さっきの闘いで死んでいたかもしれない。
「ペーラちゃん達を見つけた時。オレ、おっさんが倒れているのを見て……ショックと同時に。あぁ。本当に、オレが生きている世界とは違って……。死ぬことがすぐ目の前にある世界なんだって……あんなに、初めて実感した…………」
いま改めて、あの瞬間の光景を思い出すと、自然と手と足は、微かに震え出してしまう。
「そんな世界でずっと。おっさんは……おっさんが守りたいと願った人やモノを。エレマ体なんていう保護されるものがない、生身のままで闘ってきたんだ」
そんな自分の手を見つめながら、彼は。これまでのローミッドのが闘ってきた姿、その大きな背中を思い出して――。
「そりゃ、あんなに強いわけだ。おっさんはいつも、みんなを守ってきたんだから」
今なら、ローミッドが自分の力をひけらかさない理由がわかる。
生まれも育ちも環境も。これまで生きてきた道のりのその険しさも。
全てが己と違うことが。背負ってきているものの違いが、今ならハッキリと認識できる。
だからこそ――。
「だからこそ、今のオレに何ができるのかを考えた」
俯く天下の顔が。
「とにかく、今のオレができることを。ただそれだけを、やりきるんだって」
ゆっくりと、コクマーのほうへと上がり。
「今からあのバケモンに勝って。そして、あの場所にいるみんなを、ペーラちゃんも、おっさんも。みんな無事に家に帰してやる。それが、今オレが持ってるモノで出来ることだから」
今一度、コクマーを見つめる天下の、その両の眼には。
先ほどまでの憂いも、僅かな揺らぎも一切に無く。
「コクマっちの力を借りることにはなるから……結局オレは、おっさんみたいに生身で闘うわけじゃない。だけど、そんなことは関係ない。初めから、違うモノを持っているなら、それを今。みんなを助ける為に使えばいい」
そんな天下からの言葉に。
「それ、イイじゃん」
静かに聴いてたコクマーは、右手に親指を立てながら、彼にニカっと白い歯を見せて。
「それじゃ…………コクマっち」
そうして。
「うぃっ」
コクマーの返事を聞いた天下は。
「頼んだぜっ」
「まっかせーいっ」
意を決した表情を浮かべて。
「…………ぶった斬る!!!!」
再び戦場へと向かうべく。
握り、繋がった己の拳とコクマーの拳から放たれる強い光の中へと、溶けいくのであった。
* * *
「アァ…………奪ワレ、タ……」
場面は移り、緋色の亜空間から“流出の間”内、板造りの広間へ。
「我ガ……主ノ……ノゾム…………モノ、ヲ」
マナの実の発現により、闘いは中断され、空間は静まり返る中で。
そこでは、天下が握ったマナの実から発せられる眩い光によって視界を奪われ身動きが取れずにいたエーイーリーの姿があったのだが。
「赦サヌ……。赦サヌ、ゾ…………!」
奴は、天下によってマナの実を奪われたことに怒り狂っては、今すぐにでもその命を狩り取らんとし、いつでも斬りかかれるよう、腰に下げた鞘に納める銀飾の大太刀に手を添え、この邪魔な光がいつでも収まってもいいよう備えていると。
「…………っ!」
その光の中心にいた天下が。
「(戻ってきたっ!)」
亜空間から戻ってくるや目を覚ませば。
「えっ? なんだぁっ!? 眩しっ!!!!」
自分が握りしめているマナの実から放たれる光に驚き、思わずその場から飛び起きて。
そして、そんな天下の行動とほぼ同時。
「(…………ん? あれ、光がだんだん……)」
まるで彼が目を覚ますのを待っていたかのよう、マナの実から発せられていた光は急速に弱まっていき――。
「…………はっ。なるほどな」
光収まった途端、天下の掌に乗るはマナの実ではなく。
天下とコクマーがいた亜空間の色と同じ、緋色に煌めく一つの宝玉。
それを見た天下は、何かを理解した様子で一つ頷くと。
「さぁ……ツワモノジャンキーさんよぉ」
大太刀構えるエーイーリーへと目を向け、不敵な笑みを浮かべ。
いつでも用意はできていると。
そう、彼に意志を伝えるように煌めく赫の宝玉へ。
彼は、それを己の心臓付近へと近づければ。
「第二回戦、始めようか」
皆を助けるべく、己が守護者から教示された言葉を。
「
信念込めて、静かに唱えた。