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86.天下烈志



「おとーちゃーんっ! きょーもケンドーおしえてーっ!」


「――っ! おい烈志っ! 前にも言っただろっ! 弟子らが道場に来ているときは中へ入ってきたらダメだと」


「いーやーだーっ! それよりおとーちゃんーっ! はやくオレもあの長いほうの剣使いたいよーっ!」


「剣じゃないっ! 竹刀だっ!! いやそんなことよりも、ほらっ! 早くここから出てった出てった!」


「ぐぇー……、お願いだからオレも入れてくれよー」



 エレマ部隊本部基地配属。

 エレマ部隊員五将が一人。


 天下烈志。


「はっはっ! いやはや、ご子息様もまた、見ないうちに大きくなられて」


「はぁ……。日に日に生意気加減だけが大きくなっていくものだから…………」


 道場を実家とし、その師範が父である家庭のもとに生まれた彼は。


「あんなに小さいうちから竹刀を持ちたいと……さぞ、将来が楽しみなことで」


「どうなのだろうか……。あの年頃は、どんなモノにも手を出してみては、すぐに違うモノへと興味が湧くと、飽きてそっちへといくからなぁ」


 幼き頃からとてもワンパクな性格で。

 よく周りの手を焼かせるような子であったが。


「こらー、つよしー」


「あっ! かあちゃんっ!」


 皆に愛され、大事にされ。


「お父さんの邪魔しちゃダメでしょ? ほら、こっちにおいで。一緒にいただいた大福でも食べましょう」


「えっ!? だいふくっ!!」


 とても環境に恵まれ、幸せに暮らしていた。



 天下、烈志。


「おい、つよし」


「ん? どしたー? おとーちゃん」


 普段の素行は悪くなく。

 病気もケガも滅多にしない、健康優良児。


「実は今日、新しい門下生がうちに来ることになってな」


 勉学も、特段苦労することはなく、そつなくこなし。

 運動神経は、同年の子らと比べれば、平均よりは上と、そこそこなもので。


「ふーん、それでー?」


「この後少し、用事で父さん外出しないといけないから、もしその間に道場へと来られたら、その時は烈志、代わりに中へと案内してくれないか?」


 顔立ちもハッキリと、綺麗な整いの見た目をして。


「えーっ、オレがー?」


「父さんが帰ってくるまでは、道場の中で練習していてもいいから」


「やるーっ!!」


「ただしっ! 防具だったり大人用の竹刀には絶対に触れないことっ!」



 天下烈志--。


「イチッ! ニッ!」


 幼きながら、才貌両全の言葉を似合わせた。


「サンッ! シッ!」



 ――――トン、トンッ



「…………ん?」


 その男。


「だれ…………あっ、おとーちゃんが言ってた新しい人かな?」


 父の話す小言の内容とは事違い、他のモノへと興味や目移りなどといったことはせず。

 子ども用の竹刀とはいえ、父の背の、見よう見まねであっても直向きに、鍛錬を好む、辛抱強さと胆力を。年相応にしては珍しく、きちんと持ち合わせ。



 ――――トン、トトンッ



「はぁーいっ、いま行きまーす」


 非常に、好感の持てる少年だったのだが。


 いかんせん――。


「はぁーい、どちら様ですかー?」


 その男は。


「………………アラッ」


 幼き頃から。


「ふふっ、こんな可愛い男の子が出迎えてくださるなんてっ」


 物心ついた、小さき頃から。


「……………………」


 大の。


「…………顏のイイ女だぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!」



 女好きだったのだ。




「………………はぁ。しまった、そうだった……」


「ねぇねぇっ! お姉さん、何歳っ?」


「紹介の者から、女性の方が来ると事前に聞いていたのに…………」


「お姉さん好きな人とかいるー?」


「いったい何を見知ったからこんな風になって……」


「ねぇお姉さんっ! このあとお茶でも」


「静かにせんかぁっ!! つよしぃっ!!!!!!」



 畳間の応接室にて。


 項垂れ、頭を抱える父親を前に、小学児童が大人の女性を一丁前に口説こうとして。


「ふふっ、可愛い子どもの戯れじゃないの」


 叱責する父親に対し、訪れた新弟子の膝元で燥ぐ息子を見る母親は、揃って怒るどころか、その様子を面白可笑しく思い、静かに微笑んでいて。


「あら? そういえば、つよし。この前は学校の……たしか、リリコちゃん? だっけ? その女の子ともデートしたとか……言ってなかった?」


「うんっ! リリコちゃん可愛いけど、オレお姉さんともデートしたいっ!!」


 誰の、なんの影響でこうなってしまったか。

 はたまた、彼の元々の潜在的な内面が、羞恥や理性といった抑制もなく。ただ全面に人前へ露わとなってしまっているのか。


「あらあらっ。とても、おませさんな息子さんですね、天下先生」


「このような…………しかも初日という大事な日に、なんたるご無礼を……」


 学校であっても、家であっても、どこであっても。


 教室前の廊下を歩いている時でも。

 近くのスーパーに買い物へと行っている時でも。

 下校中、たまたま友達と公園で遊んでいる最中であっても。


 己の好みに合った女性を見かけたらば。

 すべてを放り投げ、辺り構わず片っ端から声をかける。


「でも、つよしー? あまりひと様にはご迷惑をお掛けしてはいけないのよー?」


 普段は優しく温厚な母親でさえも、流石にこれ以上はよくないとして、父親に続いて息子を躾けようとするも。


「うーん……でも、みんな嫌がらないよー?」


 そんな母親からの言葉を、真摯に受け止めようとはせず。


「えっと……なんだっけ?」



 天下烈志。



「うーんと…………あっ!」


 彼は、幼き頃からの。


「オレ…………イケメンだからっ!」


 とんだ戯れ男だったのである。


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