そこは、六面全て緋色に染められた空間。
「ツヨヨ、だいぶ無茶したねー」
「はっは。つかマナの実出てくるの遅すぎだって。オレ危うく死ぬとこだったぞ」
そこには、ローミッドやペーラ、エルフ国兵らに。
あの巨躯の怪物の姿はどこにもなく。
「めんごめんごー。けどちゃんと、あーしの言ったこと。信じてくれたんだね」
「…………まぁな」
あるのは、今し方まで板造りの広間にてエーイーリーと闘っていた天下の姿と。
一人の、陽気な女性の姿――。
緋色の空間にいる二者は。
「どのみち、コクマっちの力がなかったら、オレはあの化け物に瞬殺されてただろうし。ペーラちゃんらも助けることが出来なかったから」
「変にふざけたり挑発ばっかりしちゃってさー、もー。ツヨヨ、死ぬの怖いとか思わないわけ?」
昔からの、旧友だったかのように。
「そりゃぶっちゃけマジもんでヤバかったよ!? あいつ、ずっとツワモノツワモノ言い続けてるなぁと思ってたらドぎつい攻撃してくるし! たぶん、いーやっ、ゼッテー肋骨数本もってかれた」
「もーそれ厳しいってー。この後また闘うってのに、痛み感じさせないよう余計あーしの力使うことになるじゃーん。寝起きのギャルにはしんどいよー? はぁー、ガチしょんぼり沈殿丸」
「ごめんて…………」
お互いによく気の知れたといった様相で、和気藹々と話し――。
「なぁ、コクマっち」
天下、烈志。
「ん? どしたー?」
彼の、目の前に姿を現す者。
「本当の、”強さ”って。なんなんだろうな」
其の、者の名は。
「うーん…………どうなんだろうねぇ」
十一のセフィラにて、智恵と道理を司る。
――――第二のセフィラ、コクマー。
「でもさー」
黒髪をベースに、オレンジ調のインナーカラーを彩れば。
ふわりとしたサイドテールを、後ろ髪へと引っ下げて。
「ツヨヨだって、あの後から色々考えたっしょ?」
健康的な小麦色の肌に、その上からは、華麗にショートのデニムジャケットを着こなすと。
「…………そりゃぁな」
「なら、いいじゃんっ」
パステルグリーンのアイシャドーをした、くっきり可愛らしい両の眼は、天下からの返事がくるや、ほんのりと、嬉しそうに目尻を下げ。
「ジャンキーの気を引こうとして。他のみんなが狙われないようにって、ツヨヨのくせに、慣れないことしちゃってさー」
同時に、デニムショーパンを履いた腰を、リズムを取るよう軽く左右へと揺らし。
「漢、オニ見せたじゃん」
笑う口元の端から小さく八重歯を見せ、上機嫌に、ここまでの天下の戦いぶりを誉める。
「…………そっか」
そんな、コクマーからの言葉に。
「なおさら、この後ももっと頑張らなきゃな」
ふと、つられるようハニカム天下は、おもむろに自分の掌を静かに見つめると。
「………………はっ」
どこかずっと、靄がかかっていた思いが吹っ切れたかのように、何か、観念した様子で一息履き。
「はじめっから、やるべきことは決まってた…………て、ことか」
彼は、コクマーと初めて出会った時のことを思い返す――。
それは遡ること、天下がここ、エルフ国フィヨーツへと向け、エレマ部隊本部基地から転送する前のこと。
「コ…………コクマー?」
無断で基地を抜け出し、異世界アレットにてローミッドと決闘をしていたところを井後へとバレてから、数日後に行われた尋問を経て、謹慎の身として自室で大人しくしていた天下。
今後の身の振り方や、身内への説明など。
ベッドの上であれこれと考え込んでいるうちに、いつの間にか眠りへ落ちてしまった彼は。
「な、なんだよお前…………つか、ここどこっ……!? オレさっきまで自分の部屋でっつ……!」
何者かによって呼び起こされ。
気が付き、目を開け飛び起きてみれば。
そこに、見知った光景はなく。
あるのは、ただただ六面見渡す限りの真っ白な空間と。
「まぁそう慌てなさんなってー」
天下の目の前で、宙に浮くコクマーの姿があり。
「ハロハロ―。
戸惑い、混乱する天下の顔を覗き込むよう、宙から少し身を屈め、独特な口調で気さくに話し掛けるコクマー。
「い……異空間? 受者……?」
彼女からの挨拶に、天下は裏返った声で、なんだそりゃと。彼女が発した言葉の端々を、ただオウム返しのように繰り返して。
「ま、驚くのも仕方ないよねー。こうしてあーしが出てくるのもチョー久しぶりなわけだし。ホント、ずっとすることなさすぎ暇すぎてぴえん通り越してぱおんだったよねー」
「ぴ……ぴえ…………は?」
彼女の言っている意味が分からない。
「んでー、あーしはツヨヨのなかでいう神みたいなもんでー。まぁ、あーし以外にもあと十くらいはいるんだけどさぁー」
突然現れ。
「つまり、あーしとツヨヨはチーム友達みたな関係でねー。ホントは二つの世界に存在する要素をー、なんかよさげに合わせないと出てこれないんだけどー」
ずっと、止まることなくマイペースに喋り続けるコクマーに。
「ツヨヨ―。ここ最近ずっとマナ集めてたじゃーん? なーんかそのせい? お陰? で、あーしがこうして出てこれるようになったんだけどさー」
呆気にとられる天下は、彼女の繰り出す話についていくことも、どこかで口を挟むということすらも出来ず、口をポカンと開け、ただただその場で固まってしまい。
「てかホントはー、
「………………え?」
「ツヨヨ話聞いてたー? あー、絶対あーしーの話聞いてなかったっしょー。はい萎えー」
「えぇ………………」
一体、こいつは何なんだと。
コクマーが示す態度に、はじめは何もかもが意味不明だらけだった天下は、あまりのその様子にこれ以上考えることを放棄したのか、ここまで驚きっぱなしだった彼も、段々と、その感情は呆れへと変わっていき――。
「そのー、なんだ…………コクマー? だっけ?」
その後も暫く、コクマーがしゃべり続ける様子を静かに見ていた天下は。
「え、つまりキミは神様みたいな存在で、オレがここ数日ずっと魔物狩り続けていたのがきっかけで、こうやってオレの前に現れた、と?」
少しずつ、いまの状況を整理できるようになってきたところで、彼なりに要約した内容をコクマーへと尋ね。
「うーん…………うんっ! ま、大体はオケ丸だから、そんな感じで思ってもらえたらイイよーっ」
対してコクマーは、天下からの問いにほんの一瞬だけ思案顔を覗かせるも、すぐにあっけらかんとした態度で、彼の前にグーサインを見せる。
「ふーん、なるほどねぇ」
すると、コクマーからの反応に、今度は天下が何かを考えるよう、顎下へと手を添えはじめ、そしてじっくりと。
視界にコクマーの姿を全て捉えて、物珍しそうな様子で彼女のことを観察し始める。
「(ほんとに、目の前にいるこいつが神とやら?)」
天下から見たコクマーの姿は一見。どこかの街中にでもいそうな、謂わばギャルに近い見た目であり、背中に天使のような羽が生えているわけでも、頭上に光る輪っかがあるわけでもない。
なんの仕掛けもなしに、ずっと宙を浮いていることや、ちょっと変わった口調さえ覗いてしまえば、それこそ、どこかで読者モデルでもやっていそうな一人の女性にしか見えないと。
あくまでここは、夢の中。
「(なんならオレ、エレマ部隊の専属広告モデルになる前まで、こんな感じの女の子と別案件の仕事とか被ったことあるし……)」
夢は、これまでの記憶を整理する過程の産物だと言われることもあり。
さっきまでは色んなことが立て続けに襲い掛かってきたから、取り敢えずは為されるがまま言われるがままに、事の成り行きへ身を任せていた彼だったが。
いざ時が経ち、少しずつ冷静になって考えてみると、やはりどこかでは、目の前にいる彼女も含め、ここまで見てきたもの聞いてきたもの全てが、自分の創り出した夢幻となるものではないかと。
そんな、懐疑的な考えが。
「(………………やっぱ)」
彼の中に芽生え始めようとした。
その時。
「あー、やっぱり」
「――っ!」
そんな天下を、見透かしていたかのように。
「ツヨヨ、あーしの言うこと信じてないなぁー?」
突然にやりと、コクマーが悪戯っぽい表情を浮かべれば。
「あーし、ツヨヨのことならなんでも知ってるんだよー?」
そう言い、パープルネイルを施した人差し指を、おもむろに。
何もない空間へと伸ばして、そのまま楕円の形を描いたらば。
「”
小さく、吐息混じりに一つ唱えると。
「――っ!?」
なんとその瞬間。コクマーが指先で描いた形と同じ小鏡が一つ。
「(なんだそりゃっ!?)」
何もない空間から顕れて。
「それじゃあ、いまから」
顕れた小鏡を両手でしっかりと掴んだコクマーは。
「ツヨヨの秘密、言っていきまーすっ」
再び、何かを企むような顔をして。
「”
手に持つ小鏡に。
彼の全てを、映し出した。