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76.エーイーリー


 御方が、ヘイブをこの世へと産み落とされたのが、全ての始まりだった。



 存在を命ぜられたヘイブは、すぐに我々を創り出し。

 創られた我々は、すぐに己が何をすべきか、何を果たす為に行動すべきかを理解した。



 全ては御方の復活の為。

 あの日、あの時成し得なかったことを。今一度、叶え、興す。そのために。



 御方の願いに添えるのならば、ワタシはなんだってやってみせる。



 

 この世界から、一つ一つを侵略していくのだと――。



 シュクルのバカが、しくじった。

 あの時、人族にとっての最後の砦を破滅させると言い切って、根城を悠々と出ていったが最期。


 奴は、戦場で塵となって、跡形もなくこの世から消え去っていった。


 そのことについて、ヘイブは特段焦るような素振りは見せなかったけれど。



 ”白金の英雄”。



 シュクルを討伐したという、我々の記憶には、唯一存在しなかった者。


 あの日、御方によって全てを失ったはずのこの世界に、我々が持つ技術を凌駕する者など、いるはずがないと認識していた。


 にも、拘わらず。



 ――”白金の英雄”を抹殺しろ



 ええ、もちろんよ。

 ヘイブ、貴方に言われなくとも、御方の目的の邪魔になるような因子は全てワタシの手で排除する。


 それが、魔族オーキュノス。

 ワタシの役目であって、ワタシにとっての存在の意義。



 …………そう、全ては御方のため、と。


 ワタシはこれまで、十二分に準備をしてきたつもり。



 ヒトの心はなんとも脆弱で。

 欲望に真っ直ぐなモノほど、ワタシの持つ力の前に溺れ、簡単に染められていった。


 そうして手に入れた駒を、いまここで。

 生命の樹に、この世界に破滅をもたらす存在として、いざ解き放ったというのに。



 そう、たったいま。



 ツァーカムだけではなく、キムラヌートも。

 何者かによって、消滅させられてしまった。


 ワタシが与えた、彼らの持つ力。

 それはそれは絶大であり、その効果も全て、理解し把握していたはず。



 なのに、なぜ。

 ツァーカムがやられてから、そう暫く経たないうちに、キムラヌートまでも。


 少なくとも、この世界の生物が束になったとしても、到底敵うことのないほどの力を与えたはずなのに。


 それこそ、シュクルを倒したという”白金の英雄”でさえなければ……。


 まさか、その”白金の英雄”が?


 この短時間で?


 ……いえ、それこそ不可能な話。


 この幾層も、広大な空間で形成された生命の樹の中を、瞬時に行き来できるなんて。

 ましてや、いまこの時はワタシの術によって、その全ての空間が元の形を、本来の姿の影もなく変えられているというのに。


 それほど強大な存在であるならば、それなりの気配で既に居場所も判明しているはず。



 一体……何が起きているのか



 まだ、マナの実一つすら、手に入れていない。

 このままでは、生命の樹の転生が行われ、世界の再製が行われてしまう。


 そうなってしまえば、我々の計画に暫しの遅れが。

 いえ、慌てなくとも、最悪マナの実は一つだけでもこっちの手中に収めてしまえば……



 エーイーリーと、アグゼデュス。

 ワタシに残された駒は、あと二つ。



 彼らなら、ワタシの手を借りずとも、マナの実を手に入れ届けてくれるはず。

 もし、その過程で邪魔をする者が現れるなら、迷わず、残虐に殺すのよ?



 …………あぁ



 いま、まさに。

 ワタシが仕掛けた檻の中へと、入っていった者達がいる。


 囚われてしまえば、二度と外には出られない。

 誰も、そこに助けなんてこられるはずもなく。


 ただ、絶望に打ちひしがれて、恐怖に染められ死を迎えるの。


 聴かせてちょうだい、その叫び。

 苛むワタシのこの心に、つかの間の癒しを与えてね。


 さぁ、お行きなさい。



 エーイーリー。



* * *



「ぜぇ…………はぁ…………」


 巨大な鉄の扉によって、固く閉じられた空間に。


「た、たすかっ……た…………」


 エセクの軍勢から辛くも逃れた、エルフ国兵らと。


「(…………一体、ここは)」


 レグノ王国剣士部隊部隊長、ローミッド・アハヴァン・ゲシュテインの姿。


 迫り来る死の波から逃げ惑っていた彼らは途中。畳間の迷宮の中で、ある鉄の扉を見つければ、そこを出口だと思い、一目散に駆け込んでは、さらにその先に見えていたはずの、明るく真っ白に照らされた大部屋の中へと入っていき。


 その後、暫くしてからも。

 閉まり切った鉄の扉の向こう側からは、エセクらの声が聴こえてくることも、奴らが扉を叩き壊し、無理やり侵入してくるような様子はなく。


 ようやく、この地獄のような追いかけっこも終わりだと。


 生き延びたエルフ国兵らは、訪れた平穏に、心底ほっとしては、そのまま冷たい地面の上に寝転がったまま、火照った皮膚を冷ましながら、締め付けられた肺へと空気を目いっぱいに送り込み、疲労で腫れ上がった四肢を脱力させる。


 もうこれ以上は起き上がることもしたくない。

 あのような惨劇は、二度と起こるなと。朦朧とする意識の中で皆、エセクによって殺されてしまった仲間の死に際を思い出しては、改めて恐怖で身体を震わせて、目を閉じ、そう心から懇願する。


 だが、そんな中で。


「(やはり…………ここにいる)」


 一人、ローミッドだけは、地面に突っ伏す彼らとは違い、剣を構えたまま、辺りを隈なく警戒していた。


「(入った途端、急に何も見えなく……いや、それよりも)」


 鉄の扉を越えた先。

 気付けばいつの間にか、彼らを待ち構えていた大部屋は灯り一つもない、真っ暗闇な空間へとなり替わり。


 聴こえてくる音も、横たわるエルフ国兵らの息遣いのみで、それ以外に、何者かが近づいてくる様子や、敵が技や術を繰り出してくるような、異変や違和感を覚える音が鳴り響いてくることもなく。


 この明らかな変事も含め、既にもう、敵が何かをけしかけてきていると、この空間に入ってから瞬時に感じ取ったローミッドだけは、倒れ伏すエルフ国兵らとは異なり、決して休むことなくその場で居合の構えを続けていた。


 だがしかし、他のエルフ国兵らは、エセクから逃げ切れたことへの安堵と、死の恐怖からの解放によって押し寄せてきたあまりの疲弊と倦怠感に、そんな変化など一切気にも留めることはなくてーー。



「(どこだ……どこから来る……)」


 空間中に放たれる悍ましい気配に、剣を握るローミッドの手は微かに震えて。


「(これほどまでの殺気は……恐らくあの時と…………)」


 全身が凍り付くような雰囲気を受けては、その実力を推し量ろうとして、直近での闘いの記憶を反芻し、この闇の中に潜んでいるのであろう強者と、これまで対峙してきた敵の強さを比較していた。


 そして、その中で彼が真っ先に思い浮かべたのは、かつてレグノ王国城前へと襲撃に来た、魔族シュクルの姿であり。


 いままさに感じている気配は、その時と近しい、否、同等ともいえるものだった。


「(迂闊に動こうとするな……。動けば、きっと……)」


 視界も真っ暗ならば、位置も、距離感すらも掴めない。


 もしかすれば、いまこの時にでも。

 この気配の主が、決して遠くなどではなく、最悪自分のすぐ傍にいるのではないのか――。


 押しつぶされそうな緊迫感に、思わず気を狂わされそうになり、辺り構わず剣を振り回したくもなくこの場面において。

 無理やたらに動いてしまえば、それこそ敵に自ら居場所を教えてしまうと。



 なにか、些細な出来事が起こるまでは。

 じっと、我慢し警戒を怠るな。


 そう、ローミッドは己が心に何度も何度も、強く言い聞かせて――。



 ――――すると、その時



「「「――っ!」」」


 なんの前触れもなく、空間の左右両端に、紫色の炎が一つずつ灯される。


「な、なんだっ!?」


 突如として顕れた謎の灯りに、驚き慌てふためくエルフ国兵らだが。


 一つ、また一つと。

 怪しげに揺らめく紫の炎は、空間の左右それぞれに点されて、徐々に辺りを照らし始める。


「(なんだこれはっ…………何かの術かっ……?)」


 はじめはゆっくりと点されていた炎だが、空間が照らされるごとに、次へ次へと新しく、灯されるまでの間隔は次第に早まっていき。


 そうして。


「こ…………これ、は……」


 ある程度の炎が灯されて、もう次の新しい炎が完全に現れなくなった時。


 彼らの目の前に、明るみになったのは。


「な、なんだよ……ここ…………」


 木の板が地面にびっしりと打ち付けられ、楯に長く、廊下のように伸びる異様な広間で。

 板張りの壁際に置かれた古畳が、中央を除き広間の両端にかけ、真っすぐ一寸のずれもなく、奥へ奥へと敷き詰められていた。


「お、おいっ……さっきまでこんな……」


 空間全体が再び薄明るく照らされた瞬間、目の前に広がる見知らぬ大部屋に、たちまちエルフ国兵らは混乱し。


 畳間の迷宮から、鉄の扉を越えようとしたその直前まで、こんな景色はなかったはずだと。


 誰しも、いつの間にか挿げ替えられたかのような、この現象に。


 騒めき、たちまち混乱に陥る。


「――っ! 全員静かにっ……!」


 意識もはっきりとし、目を開け起きたらば知らぬ場所。

 部屋中のあちこちを駆け回り、騒ぎ出すエルフ国兵達に、じっと敵の気配に対して警戒し続けていたローミッドが、制止の声を上げようとした。



 ――――その時だった



「――っ!? お、おいっ! だれだっ!!」


 突然、部屋の奥へと向かって走っていたエルフ国兵が、何かを見つけては大声を上げ。


「「「――っ!!」」」


 その声に、一同が静まり返れば、叫んだエルフ国兵が見る先へと一斉に顔を向けたらば。


 彼らが見つめたのは、長い長い部屋の奥のさらに奥。

 左右に敷き詰められた古畳に挟まれた中央、木製で造られた平たい台座が数段と重ねられ。


「な、なんだキサマっ!!」


「いつからそこにっ!?」


 そして、積み重なった台座のその最上段。


 そこへ、血相を変えたエルフ国兵らは、各々武器を取り出して。居座る者へと刃を向ける。


 その、刃の先。

 妖しく揺らめく紫の炎たちによって、再び照らされ現れた大部屋にて。



 ローミッドとエルフ国兵らを待ち受けていたのは――。



「…………やつ、か」



 漆黒の兜を頭にかぶる、目と鼻のない巨体な一匹の怪物だったのだ。




「…………キタ……カ………………」


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