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74.殺戮の手

「振り返るなっ!! 走れぇっ!!!!」


 畳間の部屋が延々と続く迷宮に囚われていたローミッドとエルフ国兵達。

 唐突に、目の前に現れた謎の庭園にて、彼らはそこで流れていた川から久々の水にありつけては、つかの間の癒しを享受していたのだが。


「「「ギャハッ! ギャハハハハハッ!!」」」


 そんな彼らの前に、突如として出没したのは大量のエセク。

 急襲を受けたローミッド達はたちまち大混乱に陥れば、急いで庭園から畳間の迷宮へと駆けこんで、追いかけてくるエセクの軍勢から逃げていたのだった。


「な、なんなんだあいつらっ!?」


「こ、こっちに来るなぁっ!!」


 障子戸を、次々と蹴破り押し倒しながら、蜘蛛の子散らすように逃走を図るエルフ国兵ら。

 後から迫り来る、全身真っ黒の化け物に顔を引きつらせて怯えては、決して奴らに捕まりたくないと、髪振り乱して叫び狂う。


「まとまって駆け抜けろっ!! はぐれた奴からあいつらに囲われて殺されるぞっ!!」


 逃げるエルフ国兵らの最後尾からは、檄を飛ばすよう大声を上げるローミッドの姿がありーー。



「――っ! しっ! はぁぁっ!!」


「グギャァァッ!?」


「でやぁぁぁっ!!!!」


 背後から近づこうとするエセクへ、ローミッドは素早く斬りかかれば、攻撃を受け倒れようとするエセクの身体へ飛び乗り足場として利用すると、一連の動作の流れそのままに、今度は真上の天井を八つ切りにしては辺り一帯に瓦落させ障害物を造り、追いかけてこようとするエセク達の足止めを図る。


「急げっ!! 絶対にあいつらと交戦しようとはするなっ!!」


 エセクの生態について、奴らが高密度のマナを有する攻撃でしか倒せないことを熟知していたローミッドは、いまこの場においてそれに準ずる、もしくは相当の威力を放てる魔法士がいないが為に。


「とにかく距離を取れっ!! 止まることなく走り続けろっ!!!!」


 阿鼻叫喚の様相で逃げ惑うエルフ国兵らには、余計な情報を与えて更なる混乱を引き起こさないよう、敢えて対処法や解決策を伝えずに、今はただただ逃げ切ることだけに集中させようと懸命に仕向けていた。


 それでも。


「こ……こいつっ!」


「――っ!!」


 そんなローミッドの言葉に耳を貸そうとしない者はいて。


「おいっ……よせっ!!!!」


 ローミッドの前方を、集団でまとまりながら部屋という部屋を駆け抜けていたエルフ国兵らだったが、その中から一人だけ、卒然と足を止めてはエセクがいる方へと振り返り。


「くたばれっ!!」


「ギャッ!?」


 ローミッドが制止しようとするよりも先、すぐさまエセク達へと向かっていけば。


「どうだぁっ!!」


 ローミッドの太刀により瓦落した天井に下敷きとなっては、身体が抜け出せなくなっていたエセクの首を狙って、鋭い一閃を繰り出すも。


「ギャッ! ギャギャッ!!」


「――っ!?」


 エルフ国兵の剣によって首と胴体が綺麗に切り離されたにも関わらず、エセクは決して絶命することなく。


「な、なんだこいつ……! なんで死なないっ!?」


「オマエッ! ヨクモッ! ヨクモッ!!」


 下敷きとなった身体からは手足だけを伸ばしてジタバタとしていれば、斬られた首は畳の上に転がりながら、恐ろしい形相で己を斬りつけたエルフ国兵のことを睨みつける。


「なにをしているっ! 早くそこから離れっ……!」


 奇怪に蠢く化け物に、何がなんだか分からず錯乱するエルフ国兵に、先のほうから懸命にローミッドが戻ってくるようにと叫ぶも。


「「「ギャハァァァァァァッ!!!!」」」


「――っ!! うわぁぁぁぁぁっ!?」


 次の瞬間、大勢のエセクが行く手を阻んでいた障害物の奥から一気に雪崩込んでくると、その勢いのまま、すぐ傍にいたエルフ国兵が、波にのまれるようその身体をエセク達によって覆いかぶせられ。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」


「「――っ!!」」


 そのまま、断末魔の叫び声を上げれば、エセク達に襲われて、身体中を串刺しにされては四肢を引きちぎられるなど、辺り一帯に赤い鮮血を派手に撒き散らされてしまう。


「…………くそっ!」


 忠告を聞かなかったエルフ国兵の末路を見たローミッドは、顔を歪ませると悪態をつき、また追いかけようとしてくるエセク達から逃れるべく、すぐに前へと向き、走り始める。


「あ、あいつらどこまで追いかけてくるんだぁっ!!」


「出口はどこなんだぁっ!?」


「い、いやだっ……! 殺されたくねぇっ……!!」


 背後で犠牲となった仲間の姿を見て、震えあがるエルフ国兵ら。自分もああはなりたくないと、顔を青ざめては必死に前へと走ろうとすれば。


「どけっ、どけぇぇっ!!」


「――っ!? おまっ!? うわぁぁっ!!」


 自分だけでも助かろうと、目の前を走る仲間の腕や肩をいきなり掴んでは、ひっちゃかめっちゃかになぎ倒し、先頭に出ようとする者まで出始めて。


 そうして、血迷った仲間によって後ろへと転がり倒されたエルフ国兵は。


「お、おい待てっ……!」


「「「ギャハハハハハッ!!」」」


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」


 そのまま、起き上がることすら出来ずに。

 追いつくエセクの集団の中へと飲み込まれれば、先ほど犠牲となった者と同様に、見てもたってもいれらないほどの惨い最期を突きつけられ、命を落としてしまう。


「このままでは、埒が明かないっ……!」


 徐々にエセクとの距離も縮められていく中、何度も奴らの足止めをするのも難しく。

 下手に助けようとすればその間に自分もやられてしまうと。前方から数名転び倒れてくるエルフ国兵にローミッドは手を伸ばすことも出来ず。


 どうこの窮地から逃れようかと、必死に思案を巡らせながら、ふとローミッドは背後に迫るエセク達へと目をやった時--。


「「「ギャハッ!」」」


「――っ!」


 突然、エセクの集団から数匹のエセクが離れ始めれば、離れたエセクらは進行方向を左へと変えて、ローミッドの視界から姿を消す。


「(なんだいまのはっ……)」


 それを見たローミッドは一瞬、奴らが負う事を諦め始めたのかと思いこんだのだが。


「…………まさかっ!?」


 その考えは、すぐに悪い予感によってかき消され。


「おいっ!! いますぐ全員右側に向かって走るんだっ!!!!」


 何を感じたか、彼は血相を変えては前を走り続けるエルフ国兵達に向かって大声で指示を出すと。


「左側っ!! どけっ!!!!」


「えっ……! うわぁっ!?」


 手に持っていた剣を一度鞘へと納めれば、そのまま居合の構えを取りながら、エルフ国兵達の左横を物凄い速度で駆け抜けていき。


 そうして――。


「(…………っ! 来たかっ!?)」


 駆け上がるローミッドと、逃げ続けるエルフ国兵らの先頭側がちょうど折り重なったとほぼ同時。


「「「ギャハァァァッ!!」」」


「「「――っ!? うわぁぁぁっ!!!!」」」


 彼らから見て左側の少し先辺り。

 閉じられていた障子戸の向こう側から突如として複数体のエセクが現れれば、驚き絶叫するエルフ国兵らへと向かって飛び掛かろうとする。


「……剣技っ!!」


 彼らを急襲するは、今さっきまで背後から追いかけようとしていたエセクの集団からはぐれ、姿を消した者共。

 ローミッド達との距離は少しずつ縮まってはいたものの、追い詰めるまでには至らなかった奴らは、何度もローミッドによる妨害を受け続けるわけにはいかないと、策を変え、今度は複数手に分かれては挟撃して襲い掛かろうと内々で企んでいたのだった。


 だが。


「” הבזק של תשוקהヘブゼーク・シェル・チューカ ” !! - 激情一閃 -」


 先ほど奴らが二手に分かれる場面を目撃していたローミッドは、瞬時にこうなることを予測して、逸れたほうのエセクらが再び姿を見せる前にと、迎撃の態勢を整えてーー。


「「「ギッ!? ギャァァァァァッ!!!!」」」


 そうして、ローミッドによって抜刀された剣から繰り出された技により、瞬く間に全身を細切れにされたエセク達は、ローミッドの太刀筋に全く反応すら出来ず、甲高く不快な叫び声を上げると、バラバラとなった身体は古畳の上へと転がり落ちていくのだった。


「なにをしているっ! 止まるなっ!!」


「「「――っ! はいぃぃぃっ!!」」」


 急襲してきたエセクらを返り討ちにしたローミッドは、足元で弱々しく動く黒の肉片を一瞥しては、その場で茫然としていたエルフ国兵らを叱咤して。


 ローミッドによって命令されたエルフ国兵らは、また追いかけてこようと近づくエセクの集団を見てはすぐにその場から駆け出して、殺戮の手から逃れるべく、出口を探し、再び迷宮の奥へと向かっていく。


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