フィヨーツ街内中央付近――。
「お、おい…………よせ…………」
住民もみな、森の奥へと避難しては、街を守る兵士たちの姿も、誰一人としてそこにはおらず。
日も完全に落ち、辺りを照らす外灯も軒並み倒さていれば、廃材を燃やす炎が、僅かに足元を照らすだけ。
「グルルルル…………」
瓦礫の山と化した街のなか、フィヨーツへと侵入したもののうち、討ち倒されず、命からがら生き残っていた魔物が、傷を負った脚を地面へ引きずりながら、崩壊した街を徘徊して――。
「くるなっ……こっちへくるなっ……!」
血を垂れ流す魔物の目の前には、逃げ遅れてしまったエルフの民の姿があり。
「ヴヴヴヴヴヴッ……!」
じりじりと迫る猛獣に、身体中を震わせて、壁際で命乞いをするエルフの民。
「ガルルルル……グラァッ……!」
そんな言葉や願いなど、血肉を欲する手負いの獣に通ずるわけはなく。
「ガァァァァァッ!!!!」
「ひっ、ひゃあああああっ!!」
悲鳴を上げるエルフの民へ、魔物が襲い掛かろうとした。
しかし。
「(…………え?)」
身を屈め、命奪われることを覚悟したエルフの民。
「(な、なんだ……?」」
だが、いくら時が経とうとも、凶悪な牙が己の身に降りかかることはなく。
様子が変だと思い、恐る恐る閉じてしまった目を開けると。
「――っ! こ、これは……」
そこには、エルフの民を襲おうと、前足を上げた魔物が直立不動の姿となっていて。
「ガ……ァァッ……」
苦悶の表情を見せる魔物は、停止したまま、エルフの民に襲い掛かることはなく。
なぜ襲ってこないのかと思ったエルフの民は、動揺しながら揺れる視線を、ゆっくりと魔物の頭部から腹部へと移せば。
「…………っ!」
なんと魔物の腹からは、赫に煌めく剣が突き出して。
鋭利に研がれたその剣先からは、魔物の血が滴り落ち、真っすぐに伸びた刀身は、魔物の腹から背に掛けて、見事に串刺しとなっていた。
「ガッ……! ガゥ……ガァァ……!」
急所を突かれた魔物は瞳孔を開き、カラダを硬直させたらば、口から大量の血を吐き出し。
目の前の獲物一つすら襲うことも出来ず、己の身体を貫く剣を引き抜かれると、そのまま力無く前のめりに倒れ、辺りに鈍い衝撃音を響かせては、動かなくなってしまった。
「た、助かった、のか……?」
大量の血を流し、地面に俯せとなる魔物の死骸を見ては、両手足を震わせるエルフの民。
すると。
「おーい、大丈夫か?」
そんなエルフの民に。
「――っ!」
今度は、何者かが揚々と声をかけると。
「にいちゃん、立てるかい?」
茫然とするエルフの民に向けて、そっと手を差し伸べる。
「ぁ、ぁあ…………」
突然の出来事の連続に、わけが分からず上手く相槌が打てないエルフの民だったが。
「あ、ありが、とう…………」
差し出された手をなんとか掴み、しどろもどろに礼を言いながらゆっくりと立ち上がる。
「あ、あんたは……」
そうして、倒れた魔物の背後から現れた命の恩人である者の姿を改めて見つめると。
「ん? オレ?」
何者かと尋ねられたその者は。
「んー…………なんだろうなぁ。なんでもない、ただのお助けマンだよ」
一瞬、顎に手を当て、うわ目で何かを考えれば、すぐにあっけらかんとして。
地面に置いていた剣を自身の首の後ろへ軽々と担ぎながら、驕るわけでも、恩着せがましい態度をするわけでもなく、着飾らない様子でエルフの民に接する。
「なぁ、にいちゃん」
そんな剣士は、唐突に。
「生命の樹って、どこから行けば辿り着く?」
エルフの民に、戦場である生命の樹までの道のりを尋ねれば。
「……へ? せ、生命の樹、ですか……?」
訊かれたエルフの民は、思わず素っ頓狂な声を上げるも。
「そ、それなら……この先を真っ直ぐ、森の中へ入っていけば道なりに……」
剣士から見て左手側を指差して、その場から生命の樹までの順路を剣士に伝える。
「そっか。ありがとう」
話をきいた剣士は、爽やかな笑顔を浮かべると、言葉短く礼を述べ。
「にいちゃん気ぃつけろよーっ! じゃあなーっ!!」
すぐにその場から駆け出して離れると、森の入り口がある方向へと向かいながら、エルフの民へと手を振り、別れを告げる。
「は、はぁ…………」
またしても、独り街中に残されたエルフの民は、ここまでのやり取りに圧倒され続けながら、走り去っていく剣士の後ろ姿を見つめて。
「な、なんだったんだ……あの変な格好の兵士は…………」
彼が見た剣士が身に纏っていた鎧は、鎧にしては薄く、赤々と輝いて。持ち上げていた剣は、実体はあれど、まるで魔道具によって映像を投影させられているように、透き通り、何度かほんの一瞬だけ小さな雷が走る様子もあって。
茶色に染まる髪をなびかせるその剣士の雰囲気は、どうにもこの世界の者にしては、生まれた世界があまりにも違う存在のようにも捉えられて――。
颯爽と現れ、エルフの民を魔物の手から救った剣士は。
「…………みんな、待ってろよ」
決して他所へと目をやることなく、エルフの民に案内された道を一心不乱に駆け抜けて。
担ぐ大剣の柄を、しっかりと握り。
「すぐに、助けにいくからよ」
必ず、みんなを連れて帰りますと。
転送直前、総隊長へ誓った彼。
天下烈志は、淀みのない両の眼で。
奥に聳え立つ、生命の樹を捉え続ける。