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67.呼ばれし者、招かれし者

「オーロちゃんっ! そういえばっ!!」


「…………え?」



 急いで戦場へと向かうべく、ラレーシェを避難場所へと連れ出す説得をしようとしたオーロ。だがその時、彼女の傍にいたリヴァイアからは、ペーラが生命の樹のほうへと一人で向かっていったと知らされていた。


「リヴァイア、その時近くにローミッド部隊長は……?」


「それが、ワタシが見かけたときには、剣士ちゃんの傍にはいなくて……」


 森の出口にてオーロ達と離れた後、街中で魔物に襲われていたエルフの民と、負傷した兵士らの治療を行っていたリヴァイア。

 治療しては次へ、治療しては次へと戦禍の中を奔走していた途中、とある場所にて、ペーラが生命の樹が立つ方角へと急いで駆けていく様子を目撃していたのだった。


「けれど、その時の剣士ちゃん。なんだか様子がいつもと全然違くって……」


 そんなリヴァイアが、続けてオーロに話すのは。リヴァイアがペーラを目撃していた頃、既に周辺の魔物はあらから討滅し終え、住民の避難もほとんど済んでいる状況だった様。

 だが、リヴァイアが見ていた時のペーラは、特段侵入した魔物を倒しに向かっていくといった、そんな様子などではなく。


 では、すぐ近くで住民が襲われていたのか、というわけでもない。にも拘わらず、それでも緊急を要するような、そんな差し迫った表情で彼女は走り去っていったのだ、と――。


「(ペーラさんが、ひとりで……?)」


 リヴァイアの話に、思わず首を傾げるオーロ。


「(おかしい……だってあの時、はじめはローミッド部隊長と一緒に街へと向かっていって……)」


 あの時オーロが視ていた記憶には、皆と一度離れる直前、剣を抜き、ローミッドの掛け声を合図に共に街へと繰り出していったペーラの姿があり。


「(ローミッド部隊長の指示で、先にペーラさんだけが生命の樹へ……? いや、そっちのほうがよっぽどあり得ない……)」


 普段から共に行動する二人が、この状況下で離れ離れになることに、強い違和感を覚えては。


「(あのローミッド部隊長が、大事な部下を一人で行かせる……? 魔族が潜入しているかもしれない場所へ、先に送り込むことのほうが考えにくい……)」


 同じ部隊長として、これまでローミッドが戦場で取ってきた行動と照らし合わせながら、彼らの間に起きた出来事を考えていた。


「(いえ……もしその逆が。ローミッド部隊長がペーラさんだけを街へと残し、先に生命の樹へ向かったあと、ローミッド部隊長の後を追ってペーラさんも向かっていったとしたら…………)」


 そして再び、リヴァイアから聞いた話も併せて整理した、その時。


「…………ローミッド部隊長に、何かあったの……?」


 オーロは、表情を一変させたのだった。


「リヴァイアッ! フェニクスッ! アスピドッ! ティガリスッ!!」


 ローミッドの身に危機が迫っているかもしれない。

 もし、そうだとすれば、ペーラが撮った行動にも合点がいくと。


「私たちも急いで生命の樹に行くよっ!!」


 今すぐにでも、彼らを助けにいかなければならない。


「ラレーシェちゃんっ!! 私が今からあなたを避難場所へと送り届けるからっ!!」


 手遅れとなる前に、一刻も早く彼らと合流せねばと。

 オーロはティガリスの傍にいるラレーシェのほうへと振り返り、彼女へ声を掛けようとした。



 ――――その時だった



「…………呼んでる」


「……え?」


 オーロが振り返った先にいたラレーシェは。


「……誰か、ラレーシェのこと、呼んでる」


 じっと生命の樹のほうを見つめていて。


「ラ、ラレーシェちゃん……?」


 彼女はまるで、何かに取り憑かれたかのように表情をぼうっとさせ、小さくブツブツと呟いていれば。


「どうしたの……?」


 明らかに様子のおかしい彼女へ、オーロが恐る恐る言葉をかけようとした。


 次の瞬間。


「――っ!」


「――っ!? ラレーシェちゃんっ!?」


「ラレーシェさまっ!?」


 突然、ラレーシェは何の前触れもなくその場から走り出したのだった。


「ま、待ってラレーシェちゃんっ! どうしたのっ!?」


 いきなりのことに、思わず面を喰らったオーロがラレーシェを呼び止めようと大声を張るも。

 彼女がその声に応えることはなく。一切オーロのほうを振り返らず、森の入り口がある方角へと疾走して。


「急いで追いかけな……っ!?」


 すぐに彼女の背を掴まんと、オーロも遅れて走り出そうとしたのだが。


「(なに、あれっ……!)」


 続けてオーロが驚愕したのは、走る彼女のその速度。


「どうしてっ!? どんどん離されているっ!?」


オーロが追いかけようとした少女の、その齢はたったの十歳ほど。

身体能力もまだまだ未熟なことは、周りの誰もが既知のことだった。


だがしかし、彼女がたった今オーロへと見せた走りは。


「(ラレーシェちゃん、何が起こったのっ!?)」


 大の大人よりも速く、そして力強く。

 さらには、地面に散らばる幾多の瓦礫すらも、諸戸もしないほどのもので。


「ラ、ラレーシェさまっ! どこへ行かれるのですかっ! どうかお待ちをっ!!」


 叫ぶオーロに続いて王宮侍女も、生命の樹が聳え立つ方角へと向かう少女の背を追いかけようとするも、状況が変わることはなく、彼女との差はあっという間に広がっていき。


「呼んでる……。呼んで、る……」


 まるで、不思議な力がラレーシェの身に宿ったかのように。

 少女は、後ろから追いかけてくるオーロ達のことなど一切気にも留めず、ただひたすらに、森の中へと向かって街を駆けていく。


「ティガリスッ! みんなを乗せて生命の樹へっ!!」


「あぁっ!」


 このまま脚だけでは追いつけないと。

 そう判断したオーロは背後からついてきていたティガリスへと指示を出すと、それを合図に他の召喚獣たちも、急いでティガリスの背へと乗り込み。


「あなたもついてきてっ!」


「へっ……? きゃぁぁっ!?」


 間髪入れず、オーロは踵を返すと、すぐ後ろにいた王宮侍女の手を強引に掴んでは。


「(なりふり構ってられないっ……!)」


 悲鳴を上げる王宮侍女と共に、ティガリスの背に乗って。


「行ってっ!!」


 そのまま、ラレーシェを追うべく生命の樹へと向かっていくのだった。




 ――生命の樹内、地上エリア中央階段前



「なんとか、中へは入れたか……」


 ある所では、自分の大事な隊長の背を追って。

 ある場所では、己が仕える主人の姿を探し。

 ある地点では、森の中を疾走する少女を追いかけて――。


 それぞれが、大切とする者の背中へと懸命に手を伸ばそうとしている中で。


「みなさんも、もう既にこの中のどこかに……」


 リフィータ王女を探すべく、フィヨーツの街にてオーロと別れた空宙も。ここ、生命の樹へと一人乗り込んでいた。


「ここからどこへ、どういけば……」


 すぐにでも、オーロとラレーシェの二人を安心させるべく、リフィータ王女らしき人物を探そうと周りを注意深く見渡す空宙。


「右か、それとも左……」


 だが、ここまで一度も敵と遭遇せず、無事に潜入出来たはいいものの、彼が生命の樹内へと入ったのは今回を除いて僅か一回のみだけだった。さらにその時は、マルカの術によって魔族の手の者と疑われ、エルフ国兵に捕らえられてしまったこともあり。


「どっちに行くのが正解なんだ……」


 生命の樹の内部がどうなっているかなど、詳細まではきちんと把握は出来ていなかった。


「それに、あの魔族の術なのか……? あの時見た光景とは全然違う……」


 さらには、魔族オーキュノスの術で空間全てが書き換えられ、脳内に断片的に残っていた記憶とすり合わせることも叶わずに――。


「とにかく、急いで皆さんをっ……!」


 それでも、このまま何もせずにじっと立ち尽くすわけにはいかないと。

 急いで目の前に高々とそびえる螺旋の階段を登ろうとした。



 ――――その時だった



『(…………でる)』


「…………え?」


 何者かの声が。


『(呼んで、る……)』


「だ、だれだ……?」


 上階へ向かおうとした空宙を、呼び止める。


『(こっちへ、来て……)』


「ダ、ダアトなのか……?」


 囁きかける声に驚いて、慌てて辺りを見渡すも。そこには空宙以外の誰もいなく。


『(こっち……こっち…………)』


 それは、空宙の耳元ではなく、彼の頭の中に直接響き渡っていれば、初めは朧気だった声も、彼へと届くごとに徐々に大きくハッキリと変化していって。


「(……違う、この声、ダアトのものじゃない…………)」


 一瞬、目を覚ましたダアトがまた自分に声を掛けたのかと思った空宙だったが。


「だれか……誰かいるのかっ!?」


 その声は、いままで一度も聴いたことが無かった声で。


『(こっち、だよ……)』


 その声は、戸惑う彼をどこかへと誘うように、とめどなく呼び続ける。


 そして。


「…………そこ、なのか?」


 頭の中で反響し続ける声を頼りにしながら、暫く周りを探索していた空宙が。


 ふと。ある一点が気になり、そこに視線が釘付けとなれば。


『(そう、そこだよ……)』


 空宙の言動に応えるように、正体不明の声が呼び掛ければ。


『(そっちへ、向かって……)』


 今度は、彼を何も見えない暗闇の中へと誘い込む。


「(……なにかの、罠なのか?)」


 もしかすれば魔族の罠かもしれないと思っていた空宙は。

 はじめは奇襲に備え、己を呼び掛ける声に従うことなく辺りを警戒し続けていたのだが。


『(大丈夫、だよ……)』


 暫く経っても、術や攻撃が仕掛けられる様子が起きることはなく。


「(行っても……いいの、か?)」


 次第に、危険が及ぶものの類ではないのかと思い始めた空宙は、声が示す方向へと向けて、少しずつ歩を進めようとする。


『(もう少し、もう少しだよ……)』


 何もない暗闇へと向かって。一歩ずつ、一歩ずつとゆっくり進んでいく空宙に、謎の声はどこか嬉しそうに抑揚弾ませて。


 そうして。


「まだ、進まないといけないのか……?」


 中央の螺旋階段からだいぶ離れた位置まで歩かされた空宙は。

 光一つとない空間を、しきりに見渡しながら謎の声へと尋ねると。


『(……もう、いいよ)』


 ほぼ同時、正体不明の声が、そんな空宙へと改めて応えると。


『(気を、つけてね……)』


 そう、続けて言い放った。


 次の瞬間。


「――っ!?」


 突然、空宙の真下に青白く輝く魔法陣が描かれれば。


「な、なんだっ!?」


 顕れる魔法陣からは、急速に眩い光が放たれる。


「(そんなっ……まさかっ!?)」


 敵の罠だと思った空宙は、足元に描かれた魔法陣を見た瞬間、巻き込まれる前にすぐその場から離れようとしたが。


「くっ……! 目がっ……!」


 魔法陣から放たれた光は、目をつぶっていないと視力を奪われてしまうほどの光力となって。


 思わず空宙が、両腕で自らの視界を遮った瞬間。


『(……頑張って)』


 地面に描かれた魔法陣によって、眩い光と共にその場から跡形もなく消滅させられるのだった。




「…………いだっ!! あだっ!?」


 魔法陣によって姿を消されてしまった空宙。


「あいったた……。な、なんだったんだ、いまの…………」


 空間から消された彼が、再び姿を現すまでにかかった時間は一瞬のもので。


空中で姿を現した空宙は、勢いそのまま地面へと落下すると、転がるように倒れ込んでは、腰に手を当て顔を顰めながらゆっくりと起き上がり。


「さっきの魔法陣……どこかに転移するものだったのか……?」


 次に自分の身体へと視線を移せば、地面に叩きつけられた痛みはあったものの、五体どこにも目立った傷はなく。


「……ここ、どこだ…………」


 空宙は、無事だと分かるとすぐに、自分がどこに飛ばされたのかと辺りの風景を確認すると。


「なんだ、ここ……なにかの実験場、か……?」


 そこには、かつて空宙が閉じ込められていた”冥国の牢”に似た洞窟が広がっており。

 石畳で造られた地面に、奥へ奥へと果てしなく続く、薄緑色に発光する岩肌に沿っては、木材で造られた大量の薬品棚が並べられ、その各棚の上には様々な形をし、多種多様な液体が入った容器瓶が、ホコリ一つなく綺麗に陳列されていたのだった。


「(まるで、ザフィロさんの部屋みたいな……)」


 以前に空宙が己の身体を調べて貰うため、レグノ王国内国立魔術研究所へと足を運んだ際に訪れたザフィロ専用の研究室と、目の前に広がる光景に既視感を抱く空宙。


「そ、それよりも皆さんはっ」


 何故、このような場所が生命の樹の中にあるのか――。


 そう、疑念が湧いたがすぐに我に返り、今すべきことをと、洞窟の奥へ進もうとした。



 その時。



「おい、誰だ」


「――っ!!」


 突然、駆け出した空宙の後ろから。


「我が輩の住処に足を踏み入れたモノは」


 ねっとりと、低く刺すような声が騒めいて。


「誰が入っていいと、言ったのか?」


 空宙に届いたその声から、確かな怒りが伝われば。


「…………え?」


 つられ、空宙が恐る恐る後ろを振り返る。


 先ほどまで、辺りに人の気配はなにもなかったはずの洞窟。

 だが今し方、背後から異様な雰囲気が、彼の肌へと襲い掛かり。


「……そうか。侵入者か」


 声の主は、ため息交じりに敵意を顕わにして。



「ならば、峻厳の柱であるこの我が輩の手によって……」


 空宙が振り返った先。


「侵入者であるキサマを」


 そこには――。


「排除すると、しよう」


 黒衣を纏い、赤い瞳孔を持つ男がいた。



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