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65.背く


 生命の樹内、とある空間にて――。


「はぁ……はぁっ!」


 各所、魔族との激戦が繰り広げられるなか、薄暗く、僅かに瘴気が立ち込める広場にて。


「リフィータ様……! いったいどちらに……っ!」


 一向に繋がらない通信用魔道具を手に握り締め、果て鳴き空間を走り続ける一人の老体の姿が。


「街のほうはっ……! ラレーシェ様の身はっ……!!」


 身体中に汗をかきながら、顔は誰が見てもハッキリと分かるほどに青ざめて。己が主と、国。そしてラレーシェの安否を心配するのは女王の右腕マルカ。


 魔族の侵入を許してしまった時。彼もまた、生命の樹内で複数のエルフ国兵達と共に警護任務へと務めていたのだが、魔族オーキュノスの術により引き起こされた大地震に巻きこまれてしまい。


「(なぜ……なぜどこへ進もうとも、ワタシの知らない光景が……っ!)」


 揺れが収まった後、身を伏せながら顔を上げた先には変わり果てた生命の樹が広がっていて。

 その異変にすぐさまリフィータ王女へと連絡を試みようとしたものの、こちらも原因不明の通信障害によって、女王とのやり取りは叶わなかった。


「もし……もしこの間にも御二方の身になにかあればっ……!!」


 刻一刻と。

 時間を追うごとに事態は悪化して。焦るマルカの脳内には最悪の事態が過ぎってしまうほど。


「はやくっ……はやく見つけなければっ……!!」


 一秒でも、一瞬でも早く。

 己が老体に鞭を打ち、休むことも、立ち止まることもなく。


 魔界と化した空間を駆け抜けていく。




 エルフ国フィヨーツ上空――。



「……なんとか、脱出できたけど…………」


 リフィータ王女を探そうと、王宮内を探し回っていたオーロ達。

 その途中、大量のエセク達に追われるも、ティガリスの力によって辛くも逃れ、王宮の外へと出た彼女らはいま、上空から、戦禍によって崩壊したフィヨーツの街を見下ろしていた。


「ラレーシェちゃん、大丈夫?」


「う、うん…………」


 ティガリスの背から落ちないよう両手両足でがっぷりと、ふかふかの体毛に抱き着くラレーシェに、前方からオーロが後ろを振り返りながら、彼女の安否を何度か確認していれば。


「ひ、ひぃぃぃぃぃ……」


 あまりの高さに怯える王宮侍女へも目を向けて。


「あと少しだけ持ち堪えてくださいっ! 安全そうな場所が見つかれば、そこまで送り届けますので!」


「は、はぃぃぃぃ……」


 上空を旋回するティガリスの動きに、誤って落っこちてしまわないよう注意を促す。


「――っ! ね、ねぇ侍女さん」


 そんな中で。


「な……なんでしょう、か……? ラレーシェ、さまぁ……」


 唐突に、ラレーシェが横で必死にしがみ付く王宮侍女へと声を掛ければ。


「お婆さまを……お婆さまを王宮のどこかで見なかった……?」


 彼女は恐る恐る、リフィータ王女が王宮に居たかどうかを尋ねる。


「ラ、ラレーシェさま……」


 しかし。


「そ、それが……。リフィータ王女様はこの事態が起きた後、すぐに地下へと向かわれた後、血相を変え生命の樹へと……」


 訊かれた侍女は、途端に顔を曇らせて。


「ですので、もうとっくに王宮には……」


「そ、そんな…………」


 とても言い辛そうに、目の前で泣きそうな顔をするラレーシェへと言葉を返す。


「やっぱり、もう生命の樹の中に……」


 それを聴いていたオーロも、険しい顔を浮かべては、ふと、上空から生命の樹がある方角へと視線を移す。


 すると。


「――っ! お嬢、あれを」


 上空を旋回し、街の様子を窺っていたティガリスが、地上で何かを見つけたのか、顔を下へと向けながら、背に乗るオーロへ一声かけ、注視するよう促す。


「…………あれって」


 そうして、急いでティガリスの背から上半身を乗り出すオーロも、ティガリスが示す方向へと目を凝らせば、そこでは、紅蓮の炎を纏った火鳥が、合図を送るようにぐるぐると同じ場所を回っていた――。




「フェニクスッ! もう大丈夫なのっ!?」


 上空から急降下し、地上へと降り立ったオーロ達。


「あぁ、この辺りも含めて、粗方の敵は排除したつもりだ」


 彼女らを待っていたのは、森の入り口にて別れたフェニクスだった。


「よかった……。ありがとう、フェニクス」


 着地後、急いでティガリスの背から降りたオーロは、すぐさまフェニクスへ向けて駆け出すと、同時、フェニクスも主人に応えるよう、オーロの伸ばした腕へと向かって大きく羽ばたき、ゆったりと、その上へと降り立ち。


「ねぇフェニクス、他のみんなは……」


 そんなフェニクスへ。一息つきながら感謝を述べたオーロが、周りを見渡しながら他に分かれた召喚獣の所在を尋ねれば。


「オーロちゃんっ!」


「お嬢やぁ~~」


 間もなく、今度は崩れた建物の陰から、リヴァイアとアスピドが立て続けにオーロの下へと駆け寄ってくる。


「みんなっ……!」


「心配しないで。逃げ遅れた民ももうほとんどいない。怪我した者も、ワタシが治療して、ある程度動けるようにはしてあげたから」


「民を襲う魔物たちもほとんどいなくなってねぇ〜~。もう、大体は大丈夫なんじゃないかなぁ~~」


 合流してすぐに、リヴァイアとアスピドも、オーロと離れていた際の状況を伝え、当初の命令通り、大方の任務を終えたことを報告すれば、主であるオーロも、二体の召喚獣へと手を伸ばし。


「そうっ……二人とも、ありがとう」


 優しく微笑みながら、その働きを労う。


 そうして。


「…………ラレーシェちゃん」


 合流した召喚獣へ、それぞれ礼を告げた彼女は。

 すぐにティガリスの背に乗ったままのラレーシェへと振り返り――。


「オーロねぇちゃん……」


 さきほど、上空にて王宮侍女からリフィータ王女の居所を聞かされたオーロとラレーシェの二人。

 しかし、既に各所で激戦が繰り広げられている生命の樹にて、こんなか弱い少女を連れていくなど、命がいくつあっても足りないことは明白で。

 実際、中の状況自体もどうなっているかすらも、現時点にてオーロ達には分かるわけがなく。ただ、それでも変わり果てた大樹の姿を見るからに、内部に魔族の手が侵入しているということは、外にいたとしても、彼女らでも断言できるものだった。


「(こんな状況で……ラレーシェちゃんを中へと連れていくなんて、出来るわけ……)」


 このまま、ラレーシェを他の民達が避難している場所へと連れていき、そのあとから、自分も生命の樹へと改めて向かったほうが良いのではないのか。


「ラレーシェちゃん、あのね……」


 他の部隊長らとも、合流が出来ていないこともあり――。


「ここからは、どうしても危険がつきものだから……ラレーシェちゃんは」


 リフィータ王女のことは、どうか自分に任せて、と。

 そう、目の前で不穏な表情を見せる少女へと、説得しようとした。


 その時--。


「――っ! オーロちゃんっ! そういえばっ!!」


 オーロの隣にいたリヴァイアが、唐突に大きな声を上げれば。


「…………え?」




 生命の樹、入口前--。


「…………隊長」


 兵士の姿も、魔物の姿もない。

 陽はとっくに落ち、薄暗さが辺り一帯を覆う森の中、不気味な姿へと姿を変え、静かに佇む大樹の前に。


「申し訳、ありません…………」


 深紅に染める長髪を靡かせる一人の女兵。


 彼女は、目の前にはだかる大樹の入り口をじっと見つめていれば。

 腰に下げる剣の柄をギュッと握り締め、険しい表情で、全身に緊張を走らせていく。


「隊長、やはりワタシは……」


 ショスタ・ペーラ。

 彼女は先ほどまで、己が隊長であるローミッドからの銘を受け、街に侵入してきた魔物たちから、フィヨーツの民を守るため、剣を振るい、奔走し続けていた。


 だが、ローミッドと別れた直後から。

 ずっと、胸の中で感じ取っていた妙な騒めきに、彼女はいてもたってもいられず。


 どんなに与えられた任務を果たそうと、その責務に対し没入しようとしても。

 彼女の心は、水に浮かぶ瓢箪のように、決して穏やかになることはなく。


 襲い掛かる魔物をなぎ倒していけばいくほどに、彼女の中の嫌な予感は、いたずらに増幅していき――。


 きっと、隊長は大丈夫だと。

 そう、己に強く言い聞かせ。


 一振り、一太刀を。


 それでも彼女は、気付けば街から離れ。

 いままさに、先に生命の樹へと向かっていったローミッドの後を追うべく、大樹の入り口へ足を踏み入れようとしていた。



 ――頼んだぞ、ペーラ



 王国軍に入隊して以来、一度たりとも隊長の命を破ることはしなかった。

 けれど、いまその隊長の身に、もし何かあったとしたならば。


「ワタシは、隊長の命を…………」


 たとえ、憧れの。想いを馳せた相手からの命令であったとしても。


「受けることが、できません……」


 彼女は、初めてローミッドからの命令に背いて。


「…………いざ、参る」


 意を決し、混沌と絶望が待つ戦場へと。

 その身を、投げ入れるのだった。



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