マモルちゃんが、連れていかれた。
あんなにずっと、嫌がっていたマモルちゃんを。
みんなに向かって、違うんだって言い続けていたマモルちゃんを。
どうして。
どうしてみんな、聞いてくれなかったの。
全部、あいつがやったことなのに。どうしてみんな、マモルちゃんのせいにしたの。
--------ねぇ、どうして
どうして、マモルちゃんが責められなきゃいけなかったの。
目の前の机に向かって、黒い服を着た人が。
小さな木づちを叩いて、マモルちゃんに何かを言ったあと。
マモルちゃんは、その場で暴れ始めた。
でもすぐに、周りにいた大人の人達に捕まってしまって。
それでも、マモルちゃんはずっと、冷たい床の上で、叫び続けていた。
大きな建物から、マモルちゃんが出てきた。
そこに大勢の人達が、囲うように待っていて。
出てきたマモルちゃんは、頭から大きな黒い布が被せられていて、顔が見られないようにしていたけれど。
沢山の、知らない人たちが。
出てきたマモルちゃんに近付こうと、集まろうとしていた。
マモルちゃんは、何度も真っ白な光に当てられて。
マモルちゃんは何もしていないのに。
みんな、マモルちゃんに向かって酷い言葉を投げつけていた。
すぐにマモルちゃんは、黒い車に乗せられて。
また、どこかへと連れ去られていったけど。
マモルちゃんが通った跡には。
マモルちゃんの血が、ポタポタと落ちていた。
新しい施設に着いたマモルちゃんは、すぐに建物の中へと入っていた。
そのままマモルちゃんは、あるお部屋へと連れていかれたけど、そのお部屋は、冷たく、暗い廊下の先にポツンと、一つだけ空いていて。
中はとっても小さくて、イスも、机もなにもなくて。
ただ、くしゃくしゃになったお布団が、お部屋の隅っこに小さく畳まれていただけだった。
お部屋の鍵を持っていた施設の人に、マモルちゃんは何か言われていたけれど、施設の人がいなくなった後、そのままマモルちゃんは、そのくしゃくしゃのお布団の上で横になって、身体を小さく丸めて眠ってしまった。
その日からマモルちゃんは、そのお部屋に独りぼっちで暮らすことになった。
施設の人が、マモルちゃんを起こしにやってきた。
その人は、マモルちゃんに朝ご飯を持ってきてくれたけど、マモルちゃんのことを怖がっていたみたいで、お部屋の出入り口より少し離れたところから、持っていた朝ごはんを、軽く投げるようにして、マモルちゃんへと渡した。
投げられたお膳の上は、こぼれた朝ごはんでごちゃごちゃになっていて。
だけどマモルちゃんは、怒ろうともしないで。それをただ静かに見ているだけで、渡された朝ご飯を食べようとはしなかった。
新しい施設での生活は、孤児院の時とはとっても違っていた。
朝ごはんの時間が過ぎたあと、マモルちゃんは施設の人にどこかへ連れていかれて。別の部屋で、色んなお話を受けていた。
お話が終わったあとは、またお部屋の中へと戻されて、そのまますぐに、お昼ご飯が渡された。
孤児院の時みたいに、お外に出ることもほとんどなくて、お昼のあとはまた、朝の時と同じように、施設の人に、別の部屋に連れていかれて。お話を、受けていた。
お話を受けて、ご飯が渡されて。またお話を受けて、またご飯が渡されて。
そして、夜になったら。
マモルちゃんは、あのくしゃくしゃのお布団の中で、また小さく丸まって、眠ってしまった。
新しい施設には、孤児院の先生たちみたいに、明るくて、優しい人はいなかった。
お友達もいなければ、お外で遊べることもなくて。
誰も、マモルちゃんの名前を呼んでくれなかった。
誰も、マモルちゃんのお顔を見てはくれなかった。
みんな、マモルちゃんを遠ざけていた。
マモルちゃんも、喋ることはなくて。
ずっと下を俯いていて、じっと、床を睨んでいた。
一日、また一日と。
同じような日々が、時間が流れていった。
ユキにはもう、いま、どれくらいの時間が経ったのか、過ぎてしまったのかなんて、感じることはなくなっていたけれど。
それでも。
マモルちゃんの姿が、段々と変わっていくのは。
傍で見ていて、ハッキリと分かった。
あんなに優しくて、かっこよかった目は、だんだん鋭く、怖くなって。マモルちゃんの目つきが、あいつみたいに悪くなっていった。
あんなに真っ黒だった髪の毛も、色が落ちて、どんどん真っ白に変わっていってしまって。
あんなにキラキラしていた、笑ったときのお顔も、もうしなくなって。
日が経つごとに、孤児院にいた頃のマモルちゃんの面影は、どんどん無くなって、まるで別人のようになってしまった。
ある時、夜にマモルちゃんが眠っていた時。
ユキはもう眠くなることはないから、その日もずっと、傍でマモルちゃんのことを見守っていたけれど。
もしいま、ユキの姿がマモルちゃんに見えるようになったら。
マモルちゃんは、また笑ってくれるのかなって。
もしいま、ユキの声が、マモルちゃんの耳に届くようになったら。
マモルちゃんは驚いて、お顔を上げてくれるのかなって。
どうしたら、マモルちゃんを助けられるんだろうって。
ずっと、ずっと。
―――――――――ねぇ、神様。
どうして、マモルちゃんだけ。
こんなに酷い目に遭わなくちゃ、いけないの。
もし、見ているのなら。
どうか、マモルちゃんを助けてよ。
マモルちゃんが、施設の人に乱暴した。
その日もお話を受けていたマモルちゃんは、お話が終わったあと、いつも通り、お部屋へと戻されるところだった。
だけど、その時に。
マモルちゃんのお顔に、施設の人の肘が当たってしまった。
きっと、それは偶々で。
施設の人は、わざとやったわけじゃなかったと思う。
だけど。
マモルちゃんは、自分の顔に肘が当たってしまった瞬間。
施設の人に向かって、思いっきり飛びかかった。
マモルちゃんに襲われた施設の人が、大きな悲鳴を上げてから。
あちこちから、大人の人達が一斉に集まってきた。
すぐにマモルちゃんは押さえつけられてしまったけど、それでもずっと暴れ続けて。
ベルの音と、沢山の叫び声が、グチャグチャに混ざり合って、辺りに響き渡っていた。
絶対に暴力なんてする人じゃなかった。
みんなに優しくて、困った人には手を差し伸べてくれる。
マモルちゃんは、そんな人だった。
――――――――なのに
もう、ユキの知っているマモルちゃんは。
どこにも、いなくなってしまった。
それからも、マモルちゃんは暴れるごとに。
施設の人達によって、押さえつけられた。
時々、お部屋から出してすら貰えない日もあった。
時間が経つごとに。
マモルちゃんの口癖や、行動が、変わっていってしまった。
何時間だろう、何日だろう、もう何年なんだろう。
変わらない日々。変わらない、日常。
あの日から、マモルちゃんの全てが奪われて。
ずっと、マモルちゃんが救われるようにと。
祈り続けたユキの願いも、誰にも、どこにも届くことはなかった。
時間だけが、過ぎ去っていった。
施設の人は、たまに違う人が出入りするようになったり。
マモルちゃんの背丈も、どんどん大きくなっていった。
それでも。
マモルちゃんが、昔のマモルちゃんに戻ることは無かった。
そして。
いつの日か。
とうとう、大きくなったマモルちゃんは。
お外へと。
時が経った世界へと。
誰にも迎えてもらえることもなく。
独りぼっちのまま。
施設から、出ていくことになった。