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46.ねぇ、神様



 マモルちゃんが、連れていかれた。






 あんなにずっと、嫌がっていたマモルちゃんを。


 みんなに向かって、違うんだって言い続けていたマモルちゃんを。




 どうして。




 どうしてみんな、聞いてくれなかったの。


 全部、あいつがやったことなのに。どうしてみんな、マモルちゃんのせいにしたの。






 --------ねぇ、どうして






 どうして、マモルちゃんが責められなきゃいけなかったの。








 目の前の机に向かって、黒い服を着た人が。


 小さな木づちを叩いて、マモルちゃんに何かを言ったあと。




 マモルちゃんは、その場で暴れ始めた。




 でもすぐに、周りにいた大人の人達に捕まってしまって。


 それでも、マモルちゃんはずっと、冷たい床の上で、叫び続けていた。








 大きな建物から、マモルちゃんが出てきた。


 そこに大勢の人達が、囲うように待っていて。




 出てきたマモルちゃんは、頭から大きな黒い布が被せられていて、顔が見られないようにしていたけれど。




 沢山の、知らない人たちが。


 出てきたマモルちゃんに近付こうと、集まろうとしていた。




 マモルちゃんは、何度も真っ白な光に当てられて。




 マモルちゃんは何もしていないのに。


 みんな、マモルちゃんに向かって酷い言葉を投げつけていた。




 すぐにマモルちゃんは、黒い車に乗せられて。


 また、どこかへと連れ去られていったけど。




 マモルちゃんが通った跡には。


 マモルちゃんの血が、ポタポタと落ちていた。








 新しい施設に着いたマモルちゃんは、すぐに建物の中へと入っていた。




 そのままマモルちゃんは、あるお部屋へと連れていかれたけど、そのお部屋は、冷たく、暗い廊下の先にポツンと、一つだけ空いていて。




 中はとっても小さくて、イスも、机もなにもなくて。


 ただ、くしゃくしゃになったお布団が、お部屋の隅っこに小さく畳まれていただけだった。




 お部屋の鍵を持っていた施設の人に、マモルちゃんは何か言われていたけれど、施設の人がいなくなった後、そのままマモルちゃんは、そのくしゃくしゃのお布団の上で横になって、身体を小さく丸めて眠ってしまった。




 その日からマモルちゃんは、そのお部屋に独りぼっちで暮らすことになった。








 施設の人が、マモルちゃんを起こしにやってきた。


 その人は、マモルちゃんに朝ご飯を持ってきてくれたけど、マモルちゃんのことを怖がっていたみたいで、お部屋の出入り口より少し離れたところから、持っていた朝ごはんを、軽く投げるようにして、マモルちゃんへと渡した。




 投げられたお膳の上は、こぼれた朝ごはんでごちゃごちゃになっていて。


 だけどマモルちゃんは、怒ろうともしないで。それをただ静かに見ているだけで、渡された朝ご飯を食べようとはしなかった。






 新しい施設での生活は、孤児院の時とはとっても違っていた。




 朝ごはんの時間が過ぎたあと、マモルちゃんは施設の人にどこかへ連れていかれて。別の部屋で、色んなお話を受けていた。


 お話が終わったあとは、またお部屋の中へと戻されて、そのまますぐに、お昼ご飯が渡された。


 孤児院の時みたいに、お外に出ることもほとんどなくて、お昼のあとはまた、朝の時と同じように、施設の人に、別の部屋に連れていかれて。お話を、受けていた。




 お話を受けて、ご飯が渡されて。またお話を受けて、またご飯が渡されて。




 そして、夜になったら。


 マモルちゃんは、あのくしゃくしゃのお布団の中で、また小さく丸まって、眠ってしまった。




 新しい施設には、孤児院の先生たちみたいに、明るくて、優しい人はいなかった。


 お友達もいなければ、お外で遊べることもなくて。




 誰も、マモルちゃんの名前を呼んでくれなかった。


 誰も、マモルちゃんのお顔を見てはくれなかった。




 みんな、マモルちゃんを遠ざけていた。




 マモルちゃんも、喋ることはなくて。


 ずっと下を俯いていて、じっと、床を睨んでいた。






 一日、また一日と。


 同じような日々が、時間が流れていった。




 ユキにはもう、いま、どれくらいの時間が経ったのか、過ぎてしまったのかなんて、感じることはなくなっていたけれど。




 それでも。




 マモルちゃんの姿が、段々と変わっていくのは。


 傍で見ていて、ハッキリと分かった。






 あんなに優しくて、かっこよかった目は、だんだん鋭く、怖くなって。マモルちゃんの目つきが、あいつみたいに悪くなっていった。




 あんなに真っ黒だった髪の毛も、色が落ちて、どんどん真っ白に変わっていってしまって。




 あんなにキラキラしていた、笑ったときのお顔も、もうしなくなって。


 日が経つごとに、孤児院にいた頃のマモルちゃんの面影は、どんどん無くなって、まるで別人のようになってしまった。






 ある時、夜にマモルちゃんが眠っていた時。


 ユキはもう眠くなることはないから、その日もずっと、傍でマモルちゃんのことを見守っていたけれど。




 もしいま、ユキの姿がマモルちゃんに見えるようになったら。


 マモルちゃんは、また笑ってくれるのかなって。




 もしいま、ユキの声が、マモルちゃんの耳に届くようになったら。


 マモルちゃんは驚いて、お顔を上げてくれるのかなって。




 どうしたら、マモルちゃんを助けられるんだろうって。




 ずっと、ずっと。






 ―――――――――ねぇ、神様。






 どうして、マモルちゃんだけ。


 こんなに酷い目に遭わなくちゃ、いけないの。




 もし、見ているのなら。




 どうか、マモルちゃんを助けてよ。










 マモルちゃんが、施設の人に乱暴した。




 その日もお話を受けていたマモルちゃんは、お話が終わったあと、いつも通り、お部屋へと戻されるところだった。




 だけど、その時に。


 マモルちゃんのお顔に、施設の人の肘が当たってしまった。




 きっと、それは偶々で。




 施設の人は、わざとやったわけじゃなかったと思う。




 だけど。




 マモルちゃんは、自分の顔に肘が当たってしまった瞬間。






 施設の人に向かって、思いっきり飛びかかった。






 マモルちゃんに襲われた施設の人が、大きな悲鳴を上げてから。


 あちこちから、大人の人達が一斉に集まってきた。




 すぐにマモルちゃんは押さえつけられてしまったけど、それでもずっと暴れ続けて。


 ベルの音と、沢山の叫び声が、グチャグチャに混ざり合って、辺りに響き渡っていた。






 絶対に暴力なんてする人じゃなかった。




 みんなに優しくて、困った人には手を差し伸べてくれる。




 マモルちゃんは、そんな人だった。






 ――――――――なのに






 もう、ユキの知っているマモルちゃんは。


 どこにも、いなくなってしまった。






 それからも、マモルちゃんは暴れるごとに。


 施設の人達によって、押さえつけられた。




 時々、お部屋から出してすら貰えない日もあった。




 時間が経つごとに。


 マモルちゃんの口癖や、行動が、変わっていってしまった。




 何時間だろう、何日だろう、もう何年なんだろう。




 変わらない日々。変わらない、日常。


 あの日から、マモルちゃんの全てが奪われて。




 ずっと、マモルちゃんが救われるようにと。


 祈り続けたユキの願いも、誰にも、どこにも届くことはなかった。






 時間だけが、過ぎ去っていった。


 施設の人は、たまに違う人が出入りするようになったり。




 マモルちゃんの背丈も、どんどん大きくなっていった。




 それでも。




 マモルちゃんが、昔のマモルちゃんに戻ることは無かった。




 そして。




 いつの日か。






 とうとう、大きくなったマモルちゃんは。




 お外へと。


 時が経った世界へと。




 誰にも迎えてもらえることもなく。




 独りぼっちのまま。






 施設から、出ていくことになった。

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