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45.オレじゃ、ない


「『……繰り返します。都市郊外の孤児院で起きた大量殺人事件において、現場から殺害に使用されたと見られる凶器が発見されました。捜査班が鑑識に回したところ、なんとそこから救出された少年の指紋が検出。警察はすぐに少年へ事情を窺うとして、少年が入院する病院先へと向かいましたが、到着後、少年は逃走を図ったとして、その場で身柄を拘束。今後、少年へは本事件の重要参考人として取り調べを行うと……』」










「……さぁ、いい加減。話をしてもらえるかな」




「…………」




 灯り一つの、小さな部屋の中。




「いつまでも静かにしていたところで……。いずれ分かってしまうことなんだよ」




「……………………」




 一メートル四方の、こじんまりとした机を挟み。




「さぁ、どうなんだ」




 取調官が、少年に向かって話し掛ける。




「オレは……」




 机に身を乗り出す取調官に。




「オレは、やってない……」




 少年は、頑なに容疑を否認して。




「……はぁ」




 そんな少年に対し。




「あのねぇ……」




 取調官は大きくため息を吐けば。




「もうこのやり取りも何回目かなぁ。ずっと『やっていません』だけ言われても、こっちも進まないんだよ」




 座る椅子の背もたれにドッと寄り掛かり、呆れた顔をする。




「被害者たちの血痕がついた刃物からも、君の指紋が」




「それは違うっ!! それは、それは……」




 彼は、決してやっていない。




「じゃあ一体誰の仕業だと言うん「それはっ!!」……」




「それはあいつがっ!! あの野郎が……!」




 誰も、殺めてなどいない。




「俺じゃ、ないんだ……」




 誰一人として、傷つけたりもしていない。




「全部……ぜんぶ、あいつが……」




 けれど、何度否定をしても。


 彼の話は、誰からも聞いては貰えなかった。






 病院で捕まる直前、彼は思い出した。






 あの時。


 彼女を助けようと、殺人鬼へと立ち向かった時。




 彼は、殺人鬼の腕を殴打した。


 その強襲によって、殺人鬼の手にあった刃物は地面へと転がり。




 彼は、その落ちた刃物を手に取ってしまった。




 それは、彼女を守ろうとした結果の、咄嗟の行動で。


 到底、仕方のないことだった。






 彼が対峙した、殺人鬼の両の手は。




 分厚い手套しゅとうに覆われて。




 素手で掴み取ってしまった彼の。




 指紋だけが、残された。




 だが、そんなことまで考えきれる余裕など。


 彼の、その行動の瞬間にあるわけがなく。






 ただ、彼は。




 大切なものを、必死に守りたかっただけなのに。








 捜査側も捜査側で焦っていた。




 孤児院での殺人事件が起こる前。その直前まで起きていた連続殺人事件でも捜査は難航し、証拠は出せず、犯人もずっと捕まえきれずにと。住民、上層部からの圧力、さらにはマスコミ、世間からの批難を受け始めていた。




 ――これ以上、事態が面倒になる前に




 そんな内情もあり、今回の事件では何としてでもと、意気込んでいた最中での少年の件くだん。






 彼もまた、病院内で逃げ出してしまったことも悪手となり。


 警察が訪れてきた際、あのまま逃げず、大人しく同行に従っていれば、まだ幾ばくか弁明の余地があったのかもしれない。


 だが、あそこで逃げてしまったことが。警察側へ、更なる疑念を深掘りさせてしまう印象を与えてしまった。




 けどそれも、彼の立場になって考えれば。何も事情も知らない少年が、いきなり大の大人達に囲まれ、事件の犯人としての疑いが掛けられていると言われてしまえば。




 たちまちに混乱し、恐怖で逃げてしまうのも、仕様のないことで。




 それでもいま、こうして捕まってしまえば挽回することも難しく。本当の犯人に関する証拠が出てこない限り、彼の潔白が証明される道が見出されることはなかった。






「(こんな……こんな…………)」




 決して自分はやっていない。




「(それでもオレは……やってない)」




 今は、誰も聞いてはくれないが。




「オレじゃ、ない……」




 こうして否認を続けていたら。


 数日後、明日か明後日。もしくはこの後にでも。




 どこかであいつが捕まってくれるのではないかと。


 そうして、自分が犯人ではなかったと、この疑いが全て晴れてくれるのではないかと。




 そう、一抹の想いを強く願い続けて。


 彼はじっと、警察からの取り調べに耐え続けた。




 だが。




「(なんで……)」




 一日、二日と経てども。


 あの殺人鬼が捕まることはなかった。




 それだけでなく。孤児院での事件以来、周辺地域での殺人事件は一切起きず、彼が捕まって以降はピタッと止まってしまったのだ。




「(どうして……どうしてなんだっ!!)」




 彼が潔白となる出来事が起こることも、希望となりうる情報が届くこともなく。




 一日一日と、時が経過するごとに。


 彼は、焦り、絶望感に襲われていった。




 そして、そんな彼に追い討ちをかけるように。






 別の日にて。




「……失礼します」


「入れっ!」




 その日も同じように取調べが行われていた中。




「頼まれていた物、持ってきましたっ!」




 突然、若い警官が部屋へと入れば、取調官に対して、一つの茶封筒を渡す。


 それを開けてみたらば、中からは、複数枚の写真と一枚の図面が出てきて。




「…………ふむ」




 その資料をじっくりと見ていた取調官は。




「やはりそうか」




 一つ大きな頷きを見せると、すぐに視線を手元から向こう側に座る少年へと移し。




「これを見ろ」




 少年へ向けて、持っていた写真を広げて見せつける。




「こ、これって……」




 取調官が少年へ見せた写真。


 それは、孤児院の焼け跡の様子が撮られたもので、中身はどれも、焼け残った壁面や、窓の格子、扉を模った鉄格子が写し出されていた。






 ――どうしていま、こんなものを




 そう、少年が目の前に座る取調官へ向け、訝しげな表情を浮かべると。




「その写真に写っていた箇所に、全て同じような鎖が落ちていてね。それも、かなり大きなもので……ここには無いが、別の場所に焼け残っていた窓の外側にかけて、その鎖が括り付けられていたんだよ。それも、内側からは開けられないように……しっかりとした結び方で」




 そんな少年の反応を見た取調官が、ゆっくりと立ち上がっては、おもむろに口を開く。




 そして。




「心当たりは……ないかな?」




 唐突に発せられた、背筋を撫でるような声色に。




「――っ!」




 少年は、思わず心臓がギュッと握られるような感触に襲われた。




 次の瞬間。




「これも、君がやったことでは……ないのかな?」




 睨む取調官の鋭い両眼が。


 動揺し、大きく見開く少年の、揺れる瞳孔を覗かせる。




「ちがっ!? それもっ!」




「その鎖がどうしても気がかりとなってね……。我々は、この孤児院が立てられた経緯を調べることにした。そこで、この図面を入手したわけなんだが……分かるかい? これは、当初あの孤児院が建てられた際に使用された設計図だ」




 騒ぐ少年のことなど気にもせず。取調官は、ただただ手に持つ図面を広げては。




「鎖が見つかった箇所は全てチェックを付けていてね。そしたら……どうだい? 赤く丸が付けられた場所。これらほとんどが。この施設の出入り口となっていた場所と綺麗に重なっているんだよ」




 淡々と、目の前の少年を追い詰めようとする。




「違う……ちがう……。それも、全部、あいつが……」




「君みたいな少年が。たった一人であれだけの人数を手にかけるなんて……大人も数名いた中、誰一人として外へと出られずに……そんなことが出来るとは到底思い難い」




「だから……それは……あいつがっ!」




「だが、どうだろう……。初めから。被害者たちが寝静まった後、一人、この施設に詳しい者が外から鎖を巻き付け……皆を外から出られないようにしたと考えたら……それも可能となるのでは?」




「そんな……そんなことを……」




 少年は耳を疑った。


 こんなにも大人たちが、次々とあらぬ事を言いつけて、自分に向けてどんどん疑いを掛けていこうとすることが。




 言葉が出ないほどに、とても、信じられないことだった。






 長い沈黙が流れる中、暫くして。




「……前にも言ったけど」




 ひとしきり喋り終えた取調官が、少年から離れると。




「いずれ分かってしまうことなんだ」




 天井を見上げながら、部屋の出入り口へと移動する。




「また、次の時間に……」




 そうして、一言告げたらば。


 取調官は、少年の顔を見ずに、そっと手元のドアノブを回し、部屋の外へと出ていくのだった。




「(それでも……オレは……)」




 誰もいなくなった部屋で。


 一人、静かに俯く少年。




「オレは、やってない……」




 ずっと、大切にし続けて。


 懸命に、守ろうとした者達を。




 お前が殺したんだと言われて。




 両膝の上で握り締める拳から、血が流れ出すほどに。


 それが、悔しくて。憎たらしくて。




 それでも。




「大丈夫……大丈夫、だから」




 喉元まで溢れる感情を、必死に押さえつけ。




 すぐに、あの殺人鬼が捕まると。


 そう、信じ続けて。




 彼は、耐えて耐えて。


 耐え続けた。






 ーーーーーーーーそれでも








「岩上、護」




 状況は一変することなく。




「君を、本事件の被疑者として身柄を送還する」




 彼の身の潔白が、証明されることはなく。




「岩上、護」




 後に、法廷の場へと立たされて。




「本被告を、特別施設への強制送還とする」




 彼は、何の救いもなく。


 その身を罪人として、堕とされてしまうのだった。

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