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44.冤罪



【孤児院焼殺事件・死者多数、重傷者一名】






 当時、それは世間を騒然とさせ、過去、日本国内における事件においては類を見ない重大事件として取り沙汰された。




 事件発生後、燃え盛る孤児院には通報を受けた多くの消防隊や警察、救急隊が向かわされ、大規模な消火活動と救助活動が行われたが、この時携わった人々は、後にマスコミによる取材に対して。




 ――とても口外出来る内容ではない


 ――ただただ、地獄のような光景が広がっており、あまりにも生きた心地がしなかった




 などと、みな口を揃えては顔色を悪くし、それ以上語ることをしなかった。




 救急隊により建物内から外へと運ばれた者達は、既に命を絶たれた状態で、懸命な蘇生措置が施されても、全て手遅れとなっていた。


 幾人かは火事によって脆くなった建物の骨組みに押しつぶされてしまい、建物の外にすら運ばれず、消火活動が完全に終えられた後、捜査隊により改めて発見され、その時にはもう、焼死体として回収されることとなった。




 目の前に広がる凄惨な状況に絶望した救助隊。だが、そんな中でも、建物の一階部分、その隅に当たるところで、一人の生存者を救出することとなる。




 建物全体が崩落する直前、その瀬戸際にて救出されたのは一人の少年。


 発見された当初、少年には既に意識はなく、呼吸も浅ければいつ死んでもおかしくない状態だった。それでも、救急隊による応急処置と、搬送先の病院による手術により、辛くも一命を取り留める。




 そして術後、病室で眠る少年であったが。その間にも、事件のあった孤児院では早速、捜査活動が行われた。




 現場に到着した捜査隊。焼け跡となった孤児院に、元の外観の様子はどこにもなく。内部はほとんどが焼け落ち、僅かな外壁が疎らに残っている状態で、捜査員が現場へと足を踏み入れれば、鎮火されたにも関わらず、まだ辺りからは熱気がハッキリと伝わってくるほどのものだった。




 大がかりな人数による捜査が始まれば、焼けて黒ずんだ瓦礫や崩れた木材の下からは、新たに複数人の遺体が見つかるなど。初めは事故と事件の両面で捜査を行っていた警察も、事件発生直後に運ばれた死傷者と、改めて発見された遺体の検死結果をもとに、即座に事件としての捜査へと切り替えれば、遺体から見つかった首元への深い切り傷から推察し、犯行に使われたであろう刃物、もしくはその類となるものを凶器として、犯人特定に向けた捜査を進めていった。






 だが。






 捜査開始から数日が経ってもなお、焼け跡からは凶器として使われたような代物が出てくることは無かった。




 捜査を進めていく上、警察としては今回の事件に対して連続殺人との関連性も視野に入れていたこともあり、再び同じような被害が出る前にと、早期解決へ向けて、唯一生き残った少年へは、犯人についてなにか知っているのではないかと、聞き取り調査を行おうともしていたのだが、少年が入院する病院側からは、術後からの回復がまだだとして、断られてしまい。




 なんとしてでも証拠を取り押さえようと、粘り強く捜査を続けた捜査隊。


 それでもなお、凶器となりうる物や、犯行の手口などを掴むことは出来ず。






 このまま闇雲に捜査を続けても、進展する様子はなく。かと言って、少年の回復を待つだけでは、そうしている間にも、またいつどこかで同じような事件が起きるやもしれないと。




 焦り出す一同をよそに、更に日は経ち。


 いよいよ捜査は難航へと入ってしまうのかと。そう、誰もが思い始めたその時。






 事件は、急展開を迎えることとなる。






 それは偶々、被害者の遺品を集めるためにと、焼け跡に積もる瓦礫の山を撤去していた時のこと。




 捜査員の一人が、建物の隅に当たる部分を整理していた際、目の前に一部だけ、ポッカリと穴が空いた部分を目にすれば、近づき、何か落ちてはいないかと潜ってみると、そこは小さな子ども一人がちょうどすっぽりと入るほどのスペースが広がっていた。




 そう、そこは。




 少女ユキが遺体として発見された場所だった。




 かつて瓦落した天井が瓦礫の山となって積もっていた部分は、ユキが発見されたあと手つかずとなり、彼女が横たわっていた所以外は未だ廃材などで埋め尽くされていたわけだが。


 その更に奥側。捜査員が落ちた廃材を一つ一つ丁寧に整理していけば。




 なんと、そこから一本の刃物が掘り起こされたのだった。




 捜査員が見つけた刃物には、一部火事によって燻んでいたものの、血痕がこびりついており、それを見た捜査員は慌てて拾い上げると、すぐに鑑識へと回した。


 そして、鑑識による結果、刃物についていた血痕から割り出されたDNAは被害者たちのものと一致。




 さらには。




 刃物の柄の部分からは、少年の指紋が検出されたのだった。




 結果を受けた当初、捜査隊には大きな衝撃が走った。誰しもが、本当にあの少年がやった事なのかと、目を疑った。




 だが、他に別の者がやったという証拠がこれ以外に出てくることもなく。よって、今回の事件は救助された少年による犯行として舵を大きく展開させることとなり。






 --------そして






「岩上護。君を、放火及び、大量殺人の重要参考人として同行してもらう」




 複数人の警察官が、物々しい様子で病室へと押し入る。




 彼らが見つめるは、病室のベッドの上で無気力に座り込む少年で。ブラウンスーツの男が罪状を言いつければ、後ろに控える警察官が、ぶら下げた手錠に手を伸ばす。




「さ、参考人っ!? 同行っ!?」




 突然の事態に、カウンセリングを行なっていた職員がその場で混乱していると。




「危ないですのでっ! ここから急いで離れてください!」




「あっ! えっ!? ちょっと!!」




 1番近くに居た警官によって、無理やり室外へと遠ざけられてしまう。




 一同が警戒する中。




「………………」




 ただ一人、その状況を静観し続ける少年。




「(なん、だ…………?)」




 ぼぅっとした意識の中、目の前に現れた男が、己に向かって何か話をしていると気になれば。




「(なんの、用だ…………?)」




 ゆっくりと、顔を上げた瞬間。




「これを見ろ」




 目の前に、ある物を突きつけられる。




「………………。ーーっ!!!!!!」




 男が手に持っていた袋の中に入っていた物は。




「そ……それ、は…………っ」




 孤児院を襲った、あの殺人鬼が持っていた刃物。




 血痕がこびり付く刃を見せられた少年は、その瞬間、あの時の記憶を掘り起こされると、拒絶するように慌ててベッドの上から飛び降り、思わず病室の奥隅へと逃げてしまう。




「待てっ!!!!」




 だがそこへ、少年を逃すまいと、待機していた警察官らが一斉に包囲し始める。




「(なんだ……なんだこいつら……っ!?)」




 あまりにも騒々しい様子に、少年が驚いていると。




「岩上、護」




 再び男が少年に向け、押収された刃物を見せつけて。




「事件現場から発見されたものだ。鑑識の結果、この凶器から君の指紋が検出された。よって我々は、君を本事件の重要参考人として同行してもらうこととした」




 病室へ入ってきた時と同様に、少年に事件の疑いがかかっていることを伝える。




 しかし。




「(なに……言っているんだ、こいつら……?)」




 男が話す内容に。




「(オレが…………疑い? なんで……なんでだ……?)」




 思わず聞き違えか何かなのではないかと、少年は愕然し、目を白黒とさせる。




「ちがっ!! オレじゃ!」




「詳しくは署で聞き出すっ! さぁ、とにかく大人しくこっちへ来るんだっ!」




 すぐに容疑を否認しようとした少年だが、誰も聞く耳を持たず。


 そのまま男が、暴れようとする少年を取り押さえようと腕を伸ばした。




 次の瞬間。




「違うっ!!!! オレじゃねぇっ!!!!!!」




「ーーっ!! 待てっ!!!!」




 少年は叫び、男と警察官らの隙間を縫うように走り抜けると、病室の外へと逃げ出したのだった。




「追えっ! 追うんだっ!!」




 すぐに男が警察官らに命令を下せば、逃げる少年の背後からは複数人の足音が追いかける。




「はぁ……はぁ……!!」




 病院の出口を目指し、必死に逃げる少年は。




「(どうして……どうしてオレなんだっ!)」




 自分自身に疑いがかけられたことに。




「オレじゃねぇっ!! オレじゃねぇっ!!!!」




 訳が分からず、困惑し続けた。




「(なんで……なんでっ!!)」




 何故、あの殺人鬼ではなく自分に疑いがかけられたのかと。




 みんなを助ける為、ユキを守る為に、命懸けで立ち向かった自分が。


 何故、みんなを殺した犯人だと言われなければならないのだと。




 走る最中、あの時の様子を思い出す少年は。


 頭のどこかで引っ掛かるものを、記憶からひも解こうとして。




 何度も何度も、顧みた。




 そして。




「………………っ!!」




 とうとう少年が、あ・る・こ・と・に気が付いてしまった、その瞬間。




 同時に、少年の目の前に出口が現れる。




「(とにかく……今は逃げるしかっ……!)」






 彼女を、守るためだった。






 その行動は、大事なものを奪われないために。


 後先のことなんて、考えきれるわけもなかった。




 だが、その行動が。




 偶然にも、この不条理を招く要因の欠片となってしまったがために。






 ただ、守りたかっただけなのに。






 話せば分かって貰えるような様子など、どこにもない。


 あの殺人鬼が捕まるまで、恐らく自分だけが犯人として扱われてしまうのだろうかと。




 ならばいっそ、この疑いが晴れるまで。


 隠れてでも、追手から逃げ続けるしかないと。




 そう、心に決め。




 出口へと、手を伸ばした。






 その時だった。






「--っ!!!!!?? ぐ、ぁぁぁぁあああっ!?」




 少年の身体中に、電流が走るような強烈な痛みが襲い掛かる。




「(なん……だっ!? い、息、が……!?)」




 走る力を失い、その場に勢いよく倒れた少年は、身体中に駆け巡る痛みに悶え苦しみながら背後を振り返れば。




「命中っ! 確保せよっ!!」




 そこには、拳銃を構えた警察官と、少年を捕えようと駆ける者達が数名いた。




「(くそっ……身体が…………動かね、ぇ…………)」




 もうあと少しというところで。


 少年が撃たれたのは、極悪犯人用に使用される特注品のテーザー銃だった。




「(そん……な…………)」




 急襲を受けた少年は、二度起き上がることはなく。




「(ユキ……ちゃ…………ん)」




 薄れゆく意識の中、彼女の名前を呼び続け。




 そのまま、為す術なく連行されてしまうのだった。



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