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43.届かない



 マモルちゃんが、泣いていた。






 あんなに強くて、頼れる存在だったマモルちゃんが。


 小さい子どものように、大声を上げて。






 ずっと、ずっと。泣いていた。






 周りの大人達が、マモルちゃんをどこかへ連れ去ろうとしても。


 マモルちゃんは、箱の中で冷たくなったユキの身体にしがみついて。




 どんなに引っ張られても、絶対にそこから離れようとはしなかった。






 ――ねぇ、マモルちゃん。


 ――ユキ、ここにいるよ?






 そう、泣いている護ちゃんの傍から声を掛けても。


 マモルちゃんが、ユキのほうを向いてくれることは無かった。




 捕まえようとする大人達の手を振り払おうと暴れるごとに、マモルちゃんは怪我をして。その度に、床にはマモルちゃんの血が飛び散っていった。






 ――もう、泣かないで。


 ――もう、そんなに暴れようとしないで。




 ――もう……自分を傷つけようとしないで。






 何度、マモルちゃんを止めようと。


 身体に触れようとしても、声を掛け続けても。




 どれも、マモルちゃんに伝わることは無かった。




 ――どうして、何も聞こえないの?


 ――どうして、触ることも、掴むことも出来ないの?




 周りの大人達も、そうだった。




 ユキが、マモルちゃんを引っ張らないでと言っても、誰も聞いてくれることはなくて。




 引っ張られて、痛がるマモルちゃんを見て。






 ――お願い、放して。乱暴しないで。






 そう、訴えかけても。


 誰も、その手を離そうとしないで、ユキにも見向きすらしてくれなかった。




 そうやって、何も出来ないまま。


 同じことを繰り返していくうちに。




 急に大人しくなったマモルちゃんが、大人達の手によって、どこかへと運ばれていってしまった。




 マモルちゃんも、大人達も。


 誰もいなくなった部屋には。




 破かれた包帯と、血の跡だけが残って。




 また、冷たさと、無力感が。




 ユキを、襲った。








 あの後、また治療を受けたマモルちゃんは、病室で目が覚めてからは、もう泣くことはなかった。




 けれど、病室のベッドで横たわるマモルちゃんの顔は、到底生きているなんて表情をしていなくて。


 ずっと、どこを見ているかも分からないような、ぼうっとした、死んだような目をしていた。




 たまに、色んな大人の人がマモルちゃんに会いに、病室の中へと入ってきたけど。


 マモルちゃんは、顔を見せることも、話をすることもなかった。




 笑うことも、怒ることもなくて。




 ただ、ただ。


 そこにいるだけで。窓に映る景色だけを、ぼんやりと、眺めているだけだった。






 助けてあげたかった。


 元気づけてあげたかった。


 マモルちゃんの傍に、寄り添ってあげたかった。




 なのに、どうして。


 いま、マモルちゃんの目の前にいるのに。




 マモルちゃんに、ユキは何もしてあげられなくて。




 悔しくて。哀しくて。


 無気力に、時間だけが過ぎ去っていった。








 あの日、あの夜。


 全てを奪われてしまった、あの出来事が。




 マモルちゃんの全てを、変えてしまった。




 あんなに優しくて、強くて。


 憧れだったマモルちゃんを。




 こんなにも、傷つけて、ボロボロにしてしまった。




 みんなを殺していったあいつはもう、ここにはいないのに。


 夜中になった途端、マモルちゃんは急にうなされて。




 みんなの名前と、先生たちのことを呼び続けて。


 ベッドの上で、誰もいない空間に向かって、腕や足を振り回しながら。




 悪夢の中で、マモルちゃんだけが、まだ闘い続けようとしていた。






 ――誰か、だれか……






 お願いだから。


 マモルちゃんを、助けてあげて。




 だけど。




 そんなマモルちゃんに。


 もっと酷いことが、襲い掛かってきた。






* * *






「……おはよう、ボク」




「…………」




「身体の調子は、どう? 今日は、朝ごはん。食べられたかな?」




「………………」




 彼が入院してから数日が経った頃。




「今日は、少しお話できそうかな?」




 治療による回復を見計らった病院側は、職員によるカウンセリングを彼に施そうとしていた。




「今日も天気がいいね。どう? もしよかったら、外に出てみるのも……」




「……………………」




 彼の様子を窺いながら、慎重に言葉を掛けていく職員。


 だが、彼から返事が返ってくることはなく。




 表情を崩すことも、目に生気を宿すこともない。


 彼はベッドの上で俯いて、自分の手を眺めるだけで。




 どんなに職員が話をしようとも、彼の心は決して開かないままで。深く傷ついてしまったその心は、分厚い扉によって固く閉ざされていた。






 孤児院で穏やかな暮らしを送っていた。




 ただ、それだけなのに。


 たった一人による残虐な行いによって。




 それらは全て、理不尽に奪われてしまった。




 居場所も、友人も、夢も希望も。


 彼が見つめる手の平には、何も残されてはいなかった。




 もう、生きる気力さえもないと。


 絶望に、身の心も投げ出そうとした。




 そんな彼に。




 さらなる不条理が、覆い被さろうとする。








「…………はい?」




 それは、カウンセリングが行われている最中の出来事。




「どちら様でしょうか?」




 突然、職員と彼しかしない病室に、何者かが訪れる。




 扉のノック音が聴こえた途端、椅子から立ち上がった職員が、ゆっくりと部屋の扉を開けたらば。




「あ、あなたは……?」




 そこには。




「……失礼いたします」




 ブラウンスーツを着た男と。


 複数人の警察が物々しい様子で待機をしていた。




「あ、あの……」




 予想外の来訪者に、たちまち驚いてしまう職員。




「……あっ、すみません」




 あまりの様子に、一瞬何事かと思ったが、ブラウンスーツの男の後ろに控える警察官らの姿を目にし、咄嗟に事件についての聞き込みか調査なのだろうかと察すれば。




「今はカウンセリング中でして……」




 どうしても今は都合が悪いと、すぐに断りを入れようとするも。




「お取込み中、すみません。こちらも急いでいまして」




「あっ、ちょっとっ!?」




 その瞬間、ブラウンスーツの男が、制止しようとする職員の手を払いのけ、強引に病室内へと入り込む。




 そして。




「…………岩上、護」




 ベッドの上に座る彼の目の前に立ちはだかるや。




「君を」




 その男は。




「放火及び、大量殺人の重要参考人として、同行してもらう」






 彼にとって、衝撃的なことを告げたのだった。

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