マモルちゃんが、泣いていた。
あんなに強くて、頼れる存在だったマモルちゃんが。
小さい子どものように、大声を上げて。
ずっと、ずっと。泣いていた。
周りの大人達が、マモルちゃんをどこかへ連れ去ろうとしても。
マモルちゃんは、箱の中で冷たくなったユキの身体にしがみついて。
どんなに引っ張られても、絶対にそこから離れようとはしなかった。
――ねぇ、マモルちゃん。
――ユキ、ここにいるよ?
そう、泣いている護ちゃんの傍から声を掛けても。
マモルちゃんが、ユキのほうを向いてくれることは無かった。
捕まえようとする大人達の手を振り払おうと暴れるごとに、マモルちゃんは怪我をして。その度に、床にはマモルちゃんの血が飛び散っていった。
――もう、泣かないで。
――もう、そんなに暴れようとしないで。
――もう……自分を傷つけようとしないで。
何度、マモルちゃんを止めようと。
身体に触れようとしても、声を掛け続けても。
どれも、マモルちゃんに伝わることは無かった。
――どうして、何も聞こえないの?
――どうして、触ることも、掴むことも出来ないの?
周りの大人達も、そうだった。
ユキが、マモルちゃんを引っ張らないでと言っても、誰も聞いてくれることはなくて。
引っ張られて、痛がるマモルちゃんを見て。
――お願い、放して。乱暴しないで。
そう、訴えかけても。
誰も、その手を離そうとしないで、ユキにも見向きすらしてくれなかった。
そうやって、何も出来ないまま。
同じことを繰り返していくうちに。
急に大人しくなったマモルちゃんが、大人達の手によって、どこかへと運ばれていってしまった。
マモルちゃんも、大人達も。
誰もいなくなった部屋には。
破かれた包帯と、血の跡だけが残って。
また、冷たさと、無力感が。
ユキを、襲った。
あの後、また治療を受けたマモルちゃんは、病室で目が覚めてからは、もう泣くことはなかった。
けれど、病室のベッドで横たわるマモルちゃんの顔は、到底生きているなんて表情をしていなくて。
ずっと、どこを見ているかも分からないような、ぼうっとした、死んだような目をしていた。
たまに、色んな大人の人がマモルちゃんに会いに、病室の中へと入ってきたけど。
マモルちゃんは、顔を見せることも、話をすることもなかった。
笑うことも、怒ることもなくて。
ただ、ただ。
そこにいるだけで。窓に映る景色だけを、ぼんやりと、眺めているだけだった。
助けてあげたかった。
元気づけてあげたかった。
マモルちゃんの傍に、寄り添ってあげたかった。
なのに、どうして。
いま、マモルちゃんの目の前にいるのに。
マモルちゃんに、ユキは何もしてあげられなくて。
悔しくて。哀しくて。
無気力に、時間だけが過ぎ去っていった。
あの日、あの夜。
全てを奪われてしまった、あの出来事が。
マモルちゃんの全てを、変えてしまった。
あんなに優しくて、強くて。
憧れだったマモルちゃんを。
こんなにも、傷つけて、ボロボロにしてしまった。
みんなを殺していったあいつはもう、ここにはいないのに。
夜中になった途端、マモルちゃんは急にうなされて。
みんなの名前と、先生たちのことを呼び続けて。
ベッドの上で、誰もいない空間に向かって、腕や足を振り回しながら。
悪夢の中で、マモルちゃんだけが、まだ闘い続けようとしていた。
――誰か、だれか……
お願いだから。
マモルちゃんを、助けてあげて。
だけど。
そんなマモルちゃんに。
もっと酷いことが、襲い掛かってきた。
* * *
「……おはよう、ボク」
「…………」
「身体の調子は、どう? 今日は、朝ごはん。食べられたかな?」
「………………」
彼が入院してから数日が経った頃。
「今日は、少しお話できそうかな?」
治療による回復を見計らった病院側は、職員によるカウンセリングを彼に施そうとしていた。
「今日も天気がいいね。どう? もしよかったら、外に出てみるのも……」
「……………………」
彼の様子を窺いながら、慎重に言葉を掛けていく職員。
だが、彼から返事が返ってくることはなく。
表情を崩すことも、目に生気を宿すこともない。
彼はベッドの上で俯いて、自分の手を眺めるだけで。
どんなに職員が話をしようとも、彼の心は決して開かないままで。深く傷ついてしまったその心は、分厚い扉によって固く閉ざされていた。
孤児院で穏やかな暮らしを送っていた。
ただ、それだけなのに。
たった一人による残虐な行いによって。
それらは全て、理不尽に奪われてしまった。
居場所も、友人も、夢も希望も。
彼が見つめる手の平には、何も残されてはいなかった。
もう、生きる気力さえもないと。
絶望に、身の心も投げ出そうとした。
そんな彼に。
さらなる不条理が、覆い被さろうとする。
「…………はい?」
それは、カウンセリングが行われている最中の出来事。
「どちら様でしょうか?」
突然、職員と彼しかしない病室に、何者かが訪れる。
扉のノック音が聴こえた途端、椅子から立ち上がった職員が、ゆっくりと部屋の扉を開けたらば。
「あ、あなたは……?」
そこには。
「……失礼いたします」
ブラウンスーツを着た男と。
複数人の警察が物々しい様子で待機をしていた。
「あ、あの……」
予想外の来訪者に、たちまち驚いてしまう職員。
「……あっ、すみません」
あまりの様子に、一瞬何事かと思ったが、ブラウンスーツの男の後ろに控える警察官らの姿を目にし、咄嗟に事件についての聞き込みか調査なのだろうかと察すれば。
「今はカウンセリング中でして……」
どうしても今は都合が悪いと、すぐに断りを入れようとするも。
「お取込み中、すみません。こちらも急いでいまして」
「あっ、ちょっとっ!?」
その瞬間、ブラウンスーツの男が、制止しようとする職員の手を払いのけ、強引に病室内へと入り込む。
そして。
「…………岩上、護」
ベッドの上に座る彼の目の前に立ちはだかるや。
「君を」
その男は。
「放火及び、大量殺人の重要参考人として、同行してもらう」
彼にとって、衝撃的なことを告げたのだった。