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41.逃走



「………………ユキ、ちゃん?」






 轟音鳴り響くと同時。


 火事の影響によって脆くなった天井が、突然、彼らの頭上から物凄い勢いで落ちてきた。




 落ちた後、一帯には大量の埃やすすが舞い散ると、一瞬にして辺りを灰色の世界へと染め上げていく。




 暫くして。




 舞い上がった埃が一通り床へと落ち始め、徐々に目の前が晴れていけば。


 そこには、落ちた天井の残骸だけが残り、大量の木材によって廊下はぐちゃぐちゃとなっていた。




 更には、落ちた天井の影響で床下は深く陥没し。


 無惨にも、そこに護を庇ったユキの姿はどこにも見当たることはなかった。




「ユキ…………ユキちゃん……」




 目の前に広がる光景に、酷くショックを受ける護。




「おい…………おいっ!!」




 混乱し、一瞬茫然としていたが、すぐに立ち上がると、彼女が最後に立っていたであろう位置まで飛び込み、彼女のことを助ける為、無造作に積まれた木材やがれきを掻き分けようとする。




 だが。




「ユキちゃん……おいどこだよユキちゃんっ!!!!」




 彼が掻き分けていくそれらの先からは、彼女の姿が現れることはなく。




「ユキちゃんっ!! ユキちゃんっ!!!!」




 何度も名前を叫び。


 ガラスや木材の破片によって傷つき、痛みを堪えながら、血でべっとりと赤く染まる両手で、次々と木材たちをどけていくも。




「なんで……なんでだよぉっ!?」




 彼は一向に、彼女を見つけ出すことは出来なかった。




「いっつつ……あぁ? なんだぁ??」




 すると、その時。




「へ、へへへへへっ」




 腕を強襲されて刃物を失い、これまで殴打された手を痛がっていた殺人鬼が。




「あのガキ……勝手に自分から死ににいきやがったぁっ!!」




 瓦落していった天井の跡を見ては、腹を抱えて大きく仰け反り、ユキのことを嘲笑い始める。




「ユキちゃんっ……! ユキちゃんっ……!!」




 そんな殺人鬼のことには目もくれず。




「どこだ……どこだっ!!!!」




 必死に。


 自分を庇って埋もれていってしまった彼女を探し続けていたが。




「……っち。うっせーぞ、ガキ」




「――っ!! ガハッ!?」




 そんな護の背後から、殺人鬼が悪態をつくと、にじり寄り、護の横腹めがけて重い蹴りを入れる。




「ゥッ…………ゲホッ……カハッ!」




 強襲に為す術なく、転び、悶え、苦しむ護。




「よかぁまぁ……手間かけさせやがったな」




 続けてゆっくりと近づく殺人鬼は、手元に刃物がないのならばと、今度は足元に落ちていたレンガを持ち上げ。




 そうして。




「おめぇも、ほかのガキんちょらみてぇに、泣いて、逃げ回って、怖がって。ただただ殺されるのを大人しく待ってくれるだけでよかったのによぉ」




 殺人鬼は、その持ち上げたレンガで。




「はぁ……はぁ……や、やめ……」




 無抵抗に倒れる護を。




「おめぇで、最後だ」




 撲殺しようとした。






 ――――――――――――その時だった。






「――っ!!」




 突然、街中から孤児院に向かって。




「まさか…………」




 大量のサイレン音が、鳴り響いてくる。




 それは、徐々に大きくなれば。




「っ! とうとう来ちまったかっ」




 護を殺す寸前だった殺人鬼は、途端に振り上げていたレンガを乱雑に床へと投げ捨て。




「クソ……楽しみを奪われるわけにはいかねぇんだよ」




 近くの窓へと体当たり、その勢いのまま突き破ると、孤児院の外へと脱出。そのまま、暗闇広がる森の中へと逃走を図ったのだった。






「ガハッ……ケホッ…………」




 大音量のサイレンから逃げる殺人鬼を、見ようとすることなく。




「ヒュー……ヒュー……」




 蚊の鳴くような、か細い呼吸を繰り返す護。




「ユキ……ちゃ、ん……ユキ……ちゃ…………」




 血を吐きながら、朦朧とする意識の中で。再び、がれきの中に埋もれる彼女を助けようと。煤が積もり、黒に染まりきった床の上を、苦しそうに這いずり回る。






 殺人鬼が逃げてから。




 もう、そこには誰もいない。


 彼の目の前には、誰一人として姿を現す者など、どこにもいない。




 それでも彼は、自分を庇い、落ちた天井によって埋もれていってしまった彼女を助けようと。


 燃え盛る炎の中を、その傷だらけになった身体で。




 意識が続く限り、手を伸ばし、助けようと動いた。






 ――――――――だが。






「(あぁ…………もう、目が…………)」




 がれきの山の手前まで来た瞬間。




「(ユキ…………ちゃん……)」




 伸ばした手が、そこへと届く前に。




「(…………ユキ、ちゃ……)」




 とうとう、彼の意識はそこで途絶えてしまった。






* * *






「…………バイパス数値、安定」




「損傷部位の細胞癒着確認。内出血部分の血管結紮けっさつ完了」






 彼は、生きていた。






 意識を失ったのち、崩壊しかける建物の中で倒れていた彼だったが。




 間一髪というところ。


 建物が燃えているとの通報を受け、駆け付けた警察官と消防隊により救助され。




 すぐに最寄りの病院へと搬送された。




 殺人鬼による度重なる攻撃を受けた彼の身体は、骨が数本折られ、内臓も傷付いていたこともあり、搬送時の容態は非常に悪かったのだが。




 搬送後、すぐに緊急手術が行われ、長い時間を経た後、手術は無事に終了。その後は安定し、そのまま入院する運びとなった。




 そして。




 彼が再び目覚めたのは、孤児院での事件から二日後のことだった。



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