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38.もし、あの時に



 マモルちゃんが、扉を閉めてから。


 ずっと、ユキは待っていた。






 また、マモルちゃんが帰ってくることを信じて。


 ずっと、ずっと。戸棚の中で待っていた。






 どれだけの時間が経ったのかも、分からない。






 耳に入ってくるのは、自分の息遣いだけで。


 それ以外の物音なんて、何一つ聴こえないほど静かな部屋の中で。






 自分がいま、目を開けているのか、閉じているかなんて分からなくなってくるほど、真っ暗闇な中で。






 あいつに見つからないよう、気付かれないように。息を押し殺し続けて。






 ずっと。マモルちゃんが帰って来るのを、待っていた。






 けれど。






 マモルちゃんが帰ってくることは、なかった。






 もし、あの時。






 あそこで隠れていないで、ユキもマモルちゃんと一緒に出口を探しに行っていたら。






 マモルちゃんと、ユキ。


 二人で一緒に逃げ切れたんじゃないかって。






 もし、あの時に。






 部屋の外へ出ようとしたマモルちゃんを、ユキが無理やりにでも止めて、あいつが孤児院からいなくなるまで一緒に隠れてさえいれば。






 二人とも、助かっていたんじゃないかって。






 そして。






 マモルちゃんが、あんな人生を送ることも。みんなから酷い扱いを受けることもなかったんじゃないかって。






 ずっと…………ずっと。






* * *




「あいつは……いない、か」




 ユキを調理室の食料棚の中へと隠し、一人施設を歩き回っていた護。


 調理室を出て以降、行く先行く先で見つけた扉や窓の一つ一つを確認しては、どこか外へと出られそうな所はないかと探し続けていたのだが。




「……くそっ! ここもダメかっ!」




 触れる窓や扉のどれを押しても、外へと開くことはなく。


 これまでに見てきた、建物の隅から隅までの出入り口のほとんどが、外からの大量の鎖によって頑丈に固定されていた。




「どこか、どこかないのかっ……!」




 それでも、諦めずに。




 血眼になって必死に外へと出られそうな場所を探し続ける護だったが。




「……ごめん、ごめんよ…………」




 そんな彼を、更なる地獄が待ち受ける。




 見つけた扉の前には、既に冷たくなり床へと転がっていた孤児院の子ども達で。


 その姿を見るたびに、大きな悲しみが。彼らを助けきれなかった罪悪感が、護の心を蝕もうとする。




 それでも。




「……必ず、見つけるから」




 残された者の為に。自分と関わり、唯一生き残っている者の為にと、込み上がる涙を拭い、再び施設の中を歩き始める。




 そうして。




「あとはもう……ここだけ」




 暫くした後。




 殺人鬼に見つからないよう、施設の大半を見て回った護は、とうとう最後の部屋へとたどり着いてしまう。




「……頼む」




 周りを見渡し、残された部屋の中へと慎重に入れば。そこは無人の状態で、死体も、何者かが荒らした形跡や争った跡などもなかった。




「(どこか……外に出られそうな何か…………)」




  物音を立てないようにゆっくりと、部屋の中を詮索する護。




 すると、その時。




「――っ!」




 部屋の入口から見て左奥のほう。積まれた椅子と机の上に、人ひとりが出入りできる大きさの窓を見つける。




 さらに、その窓へと近づけば。




「(これって……!)」




 その窓だけは他とは違い、なんと鎖が外側にではなく、内側へと掛けられていたのだった。




「これならっ!!」




 鎖は複雑に絡まっていたものの、掛けられた所が内側だけともあれば、外すことは出来ると。


 それを見た護は、急いで詰まれた椅子と机の上へと登り、窓を縛る鎖へと手を伸ばそうとする。




 そして。




「(……急げっ! これを外せば、ユキも。あの子も逃がすことがっ!)」




 一刻も早く、みなを外へと逃がそうと鎖を外し始めた。






 その時だった。






「………………おい」






「――っ!!」






「…………なにやってんだ、てめぇ?」










「はぁ……はぁ……!」




 燃え盛る建物の中を、一心不乱に駆ける少女。




「(お願い……どうかっ!)」




 これまでじっと、食料棚の中で隠れていた彼女は、出口を探しに調理室を出ていった彼が戻ってこないことに嫌な予感を覚え、とうとう約束を破ってまでも、調理室から出てきてしまっていた。




「どこに……どこにいるのっ!?」




 廊下を走り、窓や出口がありそうな場所を手当たり次第に急いで見ていく彼女は。




「マモルちゃん……マモルちゃんっ!」




 彼の身を心配し、その名前を、声が枯れるまで叫び続ける。




 どこを探しても見つからない。


 何度も名前を呼んでも、返事が返ってくることはない。




 どうか無事であって欲しいと、そう願う時間が長くなれば長くなるほどに。彼女の胸の中のざわつきが大きくなっていく。




 そして、遂に。




「…………マモル、ちゃん」




 施設の端っこまで辿り着いてしまった彼女。




 だが。




 あと一つ角を曲がれば行き止まりといった所で。


 どうしてか、彼女は思わず足を止めてしまう。




 そこにいるのが、もしあの殺人鬼だとしたら。


 もし、彼の身に何かあっとしたら。




 そんな不安が、恐怖が彼女の心へと襲いかかる。




 それでも、意を決した彼女は。


 彼がそこにいると信じ、思いきってその先を振り向くと。






 そこには。






「…………っ! マモルちゃんっ!!」




 刃物を持った殺人鬼に見下ろされ、頭から血を流し壁際に倒れかける彼の姿があった。

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