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37.必ず戻るから


「ユキちゃんっ!!!!」






「――っ!!」






 迫る殺人鬼から。




 逃れ、施設の裏口側へと辿り着いていたユキ。


 けれども、彼女が手を伸ばした扉は他の出入り口と同様に、固く閉ざされて開くことはなく。




 予想外の事態に狼狽した彼女は、すぐに別の出入り口へと向かおうと、来た道を戻ろうとした。






 その時だった。






 後ろを振り返った彼女の腕を掴んだのは。






「よ、よかった……無事だった…………」




 ユキを探し、施設の中を走り回っていた護だった。




「マ、マモル、ちゃん……?」




 腕を掴まれた瞬間。




 とうとう殺人鬼の手に捕まってしまったと思い込んだユキは、護の顔を見ても、それが護だとは分からず、恐怖によってその場で固まってしまったのだが。




「…………マモル、ちゃん」




 それでも。




「……あぁ……マモル、ちゃん……」




 ほんの少し、時間をおけば。




「あぁ……ぁぁぁ…………」




 彼女ははっきりと、彼の姿を認識すると。




「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」




 これまで、胸の内に込められていたものが。




 逃げ続けることで精一杯で、必死で、手一杯だったことで。




「マモルちゃんっ!! ユキ……ユキッ……!!」




 ずっと、誰にも言えなかった、委ねることが出来なかった恐怖心と悲しみが。




 この地獄と化した空間で、ようやく本心から頼れる相手に出会えたことで。




「あぁ。もう、大丈夫だから」




 堰を切ったように、それら全ての感情が、彼女の心から一斉に溢れ出されていく。




「よく、頑張ったな……」




「ひぐっ……うぐっ……」




 泣きじゃくる彼女を優しく抱きしめる護は、彼女の抑えきれなくなった感情をその胸で受け止めては、彼女へ掛けるべき言葉を、心の奥底から絞り出すような声で伝え、そして、背を優しく撫でてゆく。






 暫くして。






「…………落ち着いたか?」




「……うん」




「少し、ここから離れよう。急いで外に」




「――っ! マ、マモルちゃん……それが」




 護の胸の中で泣き続けていたユキ。ようやく吐き出せたことで僅かに涙は止まり、少し呼吸も落ち着いたらば、様子を見ていた護が彼女をここから逃がす為と、すぐ傍にあった裏口扉へと手を伸ばそうとしたのだが。




「…………なんだって?」




 彼女からすぐ、何故か裏口の扉が開かないことを知らされると、護は十数メートル離れた位置に見えていた格子窓へと駆けていく。




 そして。




「…………なんだ、これ」




 彼もまた、押しても引いてもびくともしない窓に困惑し、そうして、目を凝らしてよく観察すれば、窓の外側に巻き付く大量の鎖を目撃してしまう。




「なんで……一体、誰がこんなこと……」




 蹴りを入れても、何度も体当たりをしても開くことのない窓に焦り出す護。




 すると。




「――っ! マ、マモルちゃんっ!!」




 彼のすぐ後ろから、ユキの叫び声が上がってこれば。




 次の瞬間。




「…………へへっ。へへへへへっ」




 悍ましく不気味な笑い声と、死と恐怖を運ぶ足音が、二人のいるほうへ向かって近づこうとしていたのだった。




「な、なんだ……誰だ……」




「マモルちゃんっ! あいつが……あいつがみんなをっ!!」




「――っ!? あいつ、が……?」




 再び忍び寄ろうとする悪魔の手に、ユキは怯えた表情をしながら護の手を引っ張ろうとすれば。




「……ユキちゃんっ! こっちっ!!」




 それを見た護は、黒煙立ち込める中に揺らめく一つの人影を視界に捉えた瞬間。




「――っ!!」




 身を寄せていたユキの手を掴み、追いかけてくる殺人鬼から逃れる為、彼女と共に、長い廊下を走り抜けていく。




「はぁ……はぁ……!」




 次に、誰もいない調理室の中へと駆けこめば。




「ユキちゃん、ここで隠れてろ」




 子ども一人がギリギリ入るサイズの食材棚の中へと、護はユキの身を隠そうとする。




「マ、マモルちゃんは……?」




 護によって無理やり棚の奥へと身体を押し込められるユキ。不安げな顔で護にどこかへ行くのかと尋ねれば。




「オレは……どこか開けられそうな出口を探しに行ってくるから」




「――っ!! そ、それって……」




「見つけたらすぐにここへ戻ってくるから、ユキちゃんはそれまでここで」




「ダメッ! そんなことしたら、マモルちゃんが……あいつに…………」




 返ってきた言葉に、彼女は彼の行動を拒むと、離れようとする彼の腕へしがみつき、どこにもいかないで欲しいと、自身の身体へと強く引き寄せようとする。




「大丈夫……。必ず、ユキちゃんだけでも助けるから」




 そんな彼女へ、護は一度しゃがみ込むと、彼女の目をじっと見つめ始める。




 そして。




「絶対に、戻って来るから。最後まで……オレが守るから」




 心配する彼女を安心させるよう、彼女の手を握り締め、懸命に約束をする。




「…………」




 そんな護に、彼女は一言も返すことはなく。ただじっと。目には涙を浮かべながら、彼の揺るがない眼を見つめ返し、さらに唇を噛み締めて。




 握られた手で。彼女は強くつよく、護の手を固く握り返すのだった。




「それじゃあ……閉めるね」




 そうして、護は彼女を隠す食料棚の戸を、音を立てないよう、静かに。ゆっくりと閉めては、殺人鬼に見つからないよう、そのまま調理場から出ていった。



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