あの夜のことは、いまでもずっと覚えている。
目が覚めた途端、部屋の外から悲鳴が聞こえてきて。
思わず飛び起きて、急いで廊下に出てみたら。
そこにはもう、地獄みてぇな光景が広がっていたんだ。
先生も、孤児院のみんなも。
血を流して、倒れていた。
そんなものを見てしまったオレは。
気が動転しそうになって。
恐怖で、思わず叫びそうになった。
自分の身体から、汗が気持ち悪く噴き出してきて。
血の気が一気に引いていく感覚が。生々しく襲ってきた。
夢であってくれと、そう願った。
なんて胸糞悪い夢を、見せてくれたんだって。
こんなの、早く醒めろよ。
冗談なんだろって。
そんなして、オレを揶揄っているだけなんだろ? って。
そうであってくれと、心から願った。
だけど。
何度、名前を呼んでみても。
何度、その冷たくなった身体をゆすっても。
みんな、誰一人として。
起き上がることも。
目を、覚ますこともなかった。
なんでだよ、って。
誰が、どうしてこんな酷いことをやったんだよ、って。
オレはすぐに、施設の中を駆け回った。
誰か、生きている奴はいるか。
逃げ遅れて、困っている奴はいるか。
必死に、探し回った。
助けなきゃ。
助けなきゃ。
一人でも多く。
安全な所へ、逃がさなきゃって。
走っている途中で。
どこからか、叫び声が。
助けを求める声が、聞こえてきた。
そのたびに、声の下へと急ごうとしたけど。
どれも、辿り着く前には消えてしまった。
やめてくれ。
これ以上、オレの大切な人たちを、奪おうとしないでくれよ、って。
もう、オレは。混乱するばっかりだった。
ようやくだった。
施設の中を探し始めてからやっと。
一人、無事だった子を見つけたんだ。
その子は廊下の隅で蹲っていて。
すぐに、大丈夫かって。傍まで駆け寄ったけど。
返事が来ることはなくて。
その子はずっと頭を抱えて、泣きじゃくってばかりで。嗚咽でむせていて、それどころじゃなかった。
落ち着くまで待とうかとも思った。
だけど、みんなを殺した奴が近くにいるかもしれないと思って。
すぐにオレは、その子を抱きかかえて、一番近くにあった部屋のベッドの下に、奥へ奥へと隠れさせた。
あぁ、そうだ。
移動している間もずっと、その子の身体は震えていて。
怯えた顔をしていたんだ。
もう大丈夫だよって。何度も何度も、背中を擦ってあげたけど。
その子が泣き止むことは、なかった。
隠れさせる為に、床へ降ろそうとした時も。
その小さい手で、オレの両肩を必死に掴んで離そうとはしなかった。
こんなに小さい子を、一人になんてさせたくなかった。
だけど、まだ他にもどこかで隠れている子がいるかもしれないから。
行かないでと言い続けるその子に、ごめんなって謝って。
オレはまた部屋を出て、次の救出へと向かっていったんだ。
閉まるドアの向こう側から聴こえてくる、押し殺したような泣き声が。
ずっと、耳に残り続けた。
それでもオレは、走り続けた。
まだ助けられる子がいるはずだ。
どうか、どうか間に合ってくれと。
はやく。もう、これ以上の被害が出る前に、って……。
…………ユキ、ちゃん。
* * *
「ユキちゃん……ユキちゃん……!」
上がった火の手が広がれば、多くの煙が立ち込める中を。
ただならない様相で、護は走り抜けていく。
「どこだ、どこにいるんだっ!?」
建物のあちこちを。いくつもある部屋の、隅から隅まで。
「いねぇ……いねぇっ!」
彼女のことを、探し回る。
廊下を走る度に、階段を上り下りするたびに。
血を流し、床へと倒れる孤児達の姿が彼の目に映れば。
「くそっ…………くそぉっ!」
走る護の心は、感情は大きく傷付き揺さぶられ、込み上がる怒りと悲しみが、彼の呼吸を浅くし、負のイメージが思考を蝕んでいく。
浮かび上がる最悪の事態を、頭を大きく左右に振って祓おうとする彼は。
「頼むから、生きててくれっ!」
探す中、彼女の無事を祈り続ける。
そうして。
「――っ!!」
長い廊下を渡りきった、その突き当り。
角を曲がった先にて。
目にしたものは。
「…………ユキちゃんっ!!!」