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36.助けなきゃ


 あの夜のことは、いまでもずっと覚えている。






 目が覚めた途端、部屋の外から悲鳴が聞こえてきて。






 思わず飛び起きて、急いで廊下に出てみたら。






 そこにはもう、地獄みてぇな光景が広がっていたんだ。






 先生も、孤児院のみんなも。






 血を流して、倒れていた。






 そんなものを見てしまったオレは。






 気が動転しそうになって。


 恐怖で、思わず叫びそうになった。






 自分の身体から、汗が気持ち悪く噴き出してきて。


 血の気が一気に引いていく感覚が。生々しく襲ってきた。






 夢であってくれと、そう願った。






 なんて胸糞悪い夢を、見せてくれたんだって。






 こんなの、早く醒めろよ。






 冗談なんだろって。


 そんなして、オレを揶揄っているだけなんだろ? って。






 そうであってくれと、心から願った。






 だけど。






 何度、名前を呼んでみても。


 何度、その冷たくなった身体をゆすっても。






 みんな、誰一人として。






 起き上がることも。


 目を、覚ますこともなかった。






 なんでだよ、って。






 誰が、どうしてこんな酷いことをやったんだよ、って。






 オレはすぐに、施設の中を駆け回った。






 誰か、生きている奴はいるか。


 逃げ遅れて、困っている奴はいるか。






 必死に、探し回った。






 助けなきゃ。






 助けなきゃ。






 一人でも多く。






 安全な所へ、逃がさなきゃって。






 走っている途中で。






 どこからか、叫び声が。






 助けを求める声が、聞こえてきた。






 そのたびに、声の下へと急ごうとしたけど。


 どれも、辿り着く前には消えてしまった。






 やめてくれ。


 これ以上、オレの大切な人たちを、奪おうとしないでくれよ、って。






 もう、オレは。混乱するばっかりだった。






 ようやくだった。






 施設の中を探し始めてからやっと。


 一人、無事だった子を見つけたんだ。






 その子は廊下の隅で蹲っていて。


 すぐに、大丈夫かって。傍まで駆け寄ったけど。






 返事が来ることはなくて。


 その子はずっと頭を抱えて、泣きじゃくってばかりで。嗚咽でむせていて、それどころじゃなかった。






 落ち着くまで待とうかとも思った。


 だけど、みんなを殺した奴が近くにいるかもしれないと思って。






 すぐにオレは、その子を抱きかかえて、一番近くにあった部屋のベッドの下に、奥へ奥へと隠れさせた。






 あぁ、そうだ。






 移動している間もずっと、その子の身体は震えていて。


 怯えた顔をしていたんだ。






 もう大丈夫だよって。何度も何度も、背中を擦ってあげたけど。


 その子が泣き止むことは、なかった。






 隠れさせる為に、床へ降ろそうとした時も。


 その小さい手で、オレの両肩を必死に掴んで離そうとはしなかった。






 こんなに小さい子を、一人になんてさせたくなかった。






 だけど、まだ他にもどこかで隠れている子がいるかもしれないから。






 行かないでと言い続けるその子に、ごめんなって謝って。






 オレはまた部屋を出て、次の救出へと向かっていったんだ。






 閉まるドアの向こう側から聴こえてくる、押し殺したような泣き声が。






 ずっと、耳に残り続けた。






 それでもオレは、走り続けた。






 まだ助けられる子がいるはずだ。






 どうか、どうか間に合ってくれと。






 はやく。もう、これ以上の被害が出る前に、って……。






 …………ユキ、ちゃん。






* * *






「ユキちゃん……ユキちゃん……!」




 上がった火の手が広がれば、多くの煙が立ち込める中を。


 ただならない様相で、護は走り抜けていく。




「どこだ、どこにいるんだっ!?」




 建物のあちこちを。いくつもある部屋の、隅から隅まで。




「いねぇ……いねぇっ!」




 彼女のことを、探し回る。






 廊下を走る度に、階段を上り下りするたびに。




 血を流し、床へと倒れる孤児達の姿が彼の目に映れば。




「くそっ…………くそぉっ!」




 走る護の心は、感情は大きく傷付き揺さぶられ、込み上がる怒りと悲しみが、彼の呼吸を浅くし、負のイメージが思考を蝕んでいく。




 浮かび上がる最悪の事態を、頭を大きく左右に振って祓おうとする彼は。




「頼むから、生きててくれっ!」




 探す中、彼女の無事を祈り続ける。






 そうして。






「――っ!!」




 長い廊下を渡りきった、その突き当り。




 角を曲がった先にて。




 目にしたものは。






「…………ユキちゃんっ!!!」 



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