マモルちゃんは、いつも優しかった。
みんなのことを、気に掛けてくれて。
困っている子には、すぐに傍へと駆け寄ってくれて。
その暖かい手を、いつも差し伸べてくれた。
そんなマモルちゃんのように、ユキも強く、優しい人になりたいなって。
マモルちゃんに憧れて。
マモルちゃんの後を、背中を。いつでも、どこにいても追いかけていた。
マモルちゃんたちと過ごす日々が。
とっても、楽しかった。
こんな日々が、ずっとずっと。
続いてくれたらいいなって。
そう、思ってた。
でも。
あいつが。
あいつが、全部。
ユキ達の、幸せを。
全部、奪っていった。
* * *
「そんなことが……」
「はい。ですので、暫くは夜間の外出は控えていただいたほうが……」
また、ある日のこと。
「ユキ―ッ! はやくおいでよーっ!」
「はぁーいっ! ……あれ?」
よく晴れた空の下。
その日も、孤児院の子たちが広原へと駆け、元気に遊んでいた時のことだった。
「……ん? どうした?」
「あ、マモルちゃん」
先に外へと駆け出していた友達に呼ばれるユキが、その後を追おうと玄関へ向かっていた際。
「あれ見て。院長さんたちが……」
玄関先にて、目にしたものは。
「犯人の特徴とかは……」
「それが、全く見当もつかず……。証拠もなく、目撃情報も未だない為、手掛かりすら……」
「そう、ですか……」
それは、孤児院の院長と職員が、物々しい雰囲気で複数の警察官と話をしていた様子だった。
「(なにを話しているんだろう……?)」
思わず会話の内容が気になったユキ。
院長たちが何を話しているのかとこっそり近づこうとしたものの。
「(あっ…………)」
「我々も、ここ数日は地域周辺の見回りパトロールを行っていますので、犯人が捕まり次第、すぐにまた、皆さんへお伝えします」
「ありがとうございます」
「どうか、くれぐれも。皆さんも戸締りや、灯りの消し忘れなどないよう、十分に気を付けてください」
「……はい」
彼女が目撃してからそう経たないうち、警察は話を終えてしまえば、不安げな顔を見せる院長らに背を向け、孤児院を後にしてしまう。
「なにかあったのか?」
「さ、さぁ……」
そして、警察が離れたあと、すぐに施設の中へと戻ってゆく院長たちを見つめる護とユキだったが、その時は院長らも彼らに何かを話すことはなく。慌てた様子で各部屋へと出入りし、作業へと取り掛かってゆくのだった。
その夜。
「皆さん、少しお話があります」
講堂に集う子ども達へ、深刻な顔をしながら囁く院長。
この日もいつも通り夕食を済ませ、あとは布団の中へと向かうはずだった子ども達は、突然職員からの集合を受け、講堂へと集められれば。
「せんせぇ~、急にどうしたの~?」
「ぼくもう眠たいよぉ~」
もちろん、その理由に心当たりはなく。
眼を擦り、大きなあくびをしては騒ぎ立てる。
「静かになさい」
だが、そんな子ども達を、院長は厳しい口調で治めると。
「皆さん。本日、警察の方々からお話があり、そのことについてお伝えしなければいけないことがあります」
昼間の出来事について、その内容を打ち明け始める。
「けーさつー?」
「どうしてー?」
はじめは院長からの話に首を傾げる子ども達だったが。
次の瞬間。
「ここ数日の間……この近辺にて、誰かによって人が殺される事件が相次いでいるらしいです」
「「「――っ!」」」
院長の口から出た言葉に。
「…………え?」
「どういう、こと……?」
騒ぎ、落ち着きのなかった子ども達が、その内容に驚くと同時、絶句し、一瞬にして静まり返ってしまう。
「せ、せんせい……誰がそんなこと」
「分かりません。まだ犯人は捕まってはいないそうで、警察の方からは、十分に気をつけなさいと忠告を受けました」
怯える子ども達に対し、変わらず院長は険しい表情を浮かべたまま、目じりに深く彫られた皺を引き伸ばし、鋭い目つきで講堂に集う子ども達の顔を、ゆっくりと見渡していく。
「ですので皆さん。明日から暫くは昼の外遊びは禁止とします。勿論、夕食後も外に出ることはいけません。戸締りはしっかりとし、建物の近くに怪しい人影を見かけたら、すぐに院長か職員さんに知らせるよう」
「えぇーっ! やだよー!!」
「お外で遊びたいよぉーっ!」
「お静かにっ!!」
遊び盛りの年頃にとって、院長からの話はとても耐え難いものだった。
特に、子ども達の中でもわんぱくな性格を持つ子たちからは、院長を話を最後まで聴かずに遮ってまでも文句が噴出するが。
「気持ちは分かりますが、皆さんの身の安全が第一です。我慢させてしまうのはとても心苦しいですが、警察の方々が犯人を捕まえてくださるまでは、当面の間、自粛とします」
それでも院長は、子ども達のためにと心を鬼にして、分かってもらうよう説き伏せると、話を終えたのち、そのまま子ども達を各部屋へと戻させるのだった。
「なんだか怖いね……」
「そうだな……」
部屋への戻り際、院長の話を思い返していたユキと護。
「先生は警察の人が捕まえるからって言っていたけど……本当に大丈夫なのかな」
「こればっかりはオレ達ではどうしようも出来ないからな……いまは院長先生の言う通りにしよう」
「…………うん」
院長の話に不安げになっていたユキは、講堂を出てからも終始落ち着かず、部屋に戻ろうとする足も重々しく、前を向けずに俯けば。
「ねぇ、マモルちゃ……」
絶えず護へと話しかけては、その声を微かに震わせていた。
すると。
「おいっ」
その時だった。
「――っ!」
そんなユキの手を。
咄嗟に、護が握り締める。
「もし、なにかあっても」
常に、周りを気に掛けていた彼は。
「オレが、みんなのこと助けてやるからさ」
この時も。
「もちろん、ユキのことも」
彼女を安心させようと。
「……ありがとう」
優しくそっと、寄り添ってあげようとする。
そして、次第に緊張が解れていく彼女の様子を見守っていた彼は。
「じゃあ、また明日」
「うん……おやすみ」
彼女が自室へと戻るまで、最後まで見送るのだった。
みなが寝静まった頃。
「う、うん……?」
一人、ベッドから起き上がったのはユキ。
「うぅ……おトイレ…………」
目が覚めてしまった彼女は、湧き上がる尿意を堪えることができずに、周りを起こさぬよう、部屋からこっそりと抜け出す。
「……暗いなぁ」
進む先はどこも真っ暗闇。
消灯の時間はとっくに過ぎており、普段はほんの僅か、避難灯の明かりだけは点されていたのだが、この日からは院長が話していたように、防犯に備え、全ての灯りを消していたがため、灯り一つない廊下を、彼女は仕方なく壁伝いに歩いていく。
「……ん?」
暫く歩いた頃。
あと一つ角を曲がれば目的のトイレに辿り着けるといった時だった。
「…………なに?」
ユキが曲がろうとした角の更に向こう側。
「……誰か、いるの?」
そこから、何か重たい物が落とされるような鈍い音が一つ、不気味に鳴り渡る。
その音が鳴った先は。
「せんせい……?」
普段、職員が駐在するための部屋がある所だった。
「なんだろう……?」
怪しげな物音が気になった彼女は、警戒しながらゆっくりと、忍び足で音がした部屋へと向かう。
そして。
「せんせい……? どうしたの?」
恐る恐る、僅かに空いたドアの隙間から室内を覗いた彼女の目に映ったのは。
「――っ!!」
床に溢れた大量の血と。
「あぁ? なんだ、お前?」
切断された院長の首を持つ、一人の男の姿だった。